第15話 年下に振り回される
「う、うーん……即死コンボしちゃ……らめぇ……」
美織は格闘ゲーム初心者の僕に容赦なく、即死コンボを食らわせてきた。
みるみると減っていく、僕が操作するキャラクターの体力ゲージ。
モンスターをプレイヤー同士で協力して討伐するゲームでは、美織は優しく手助けしてくれるのに、対人ゲームになったら血も涙もない。
「美織……たすけて……お慈悲を──ハッ!?」
僕は目が覚め、汗まみれで起き上がった。
美織にゲームでボコられる悪夢からの帰還だった。
いや、実際に就寝前に、美織にゲームでボコられてたんだけど……
「酷い悪夢だな……」
もう二度と、美織とゲームをしない方がいいのかもしれない。
いつの日か、トラウマになりそうだ。
スマホで時刻を確認すると、まだ夜の11時だった。
今日は随分早めの就寝だったので、こんな時間に目が覚めた。
「ん? 怜奈からメッセージが届いてる……」
怜奈とは昨日、連絡先を交換していた。
そういえば、怜奈は莉愛と何か一悶着あっただろうか。
怜奈の性格を詳しく熟知しているわけじゃないけど、莉愛と顔を合わせれば、何かしらのアクションを起こす可能性はあった。
だからと言って、まさか、いきなり僕抜きで莉愛と話し合いをしたりはしないと踏んでいるけど……
「えーっと、何々……? 今日、椎名さんとお話したわ。私たちの関係性をね。そしてまず、椎名さんには、不用意に新世と接触しないようにするという約束をした。私が立ち会いの元、椎名さんが新世と話す機会を後日設けるという約束もね」
僕の予想を裏切って、怜奈は僕抜きで莉愛と話し合っていた。
どういう経緯で話し合いになったのか知らないけど、僕に莉愛が接触してこないようにしてくれたのは、素直にありがたい。
はっきり言って、今は莉愛と顔も合わせたくないぐらいだ。
莉愛に話しかけられたら、ストレスが半端ではないだろう。
「後日……ってことは、僕が日時を決めてもいいのかな」
莉愛とは、今回のことをちゃんと話し合わなければならない。
それは避けて通れないことだ。
明日、全てを終わらせたい気持ちもある。
でも、莉愛の口から告げられる事実が怖い。
僕が恐れているのは、莉愛がいつから浮気していたかということだ。
楽しかったある日の思い出も、その時には莉愛はすでに浮気していたとかだったら、辛すぎる。
「でも、いつまでも避けては通れないことだよな……」
世の中、時間が解決してくれることもある。
逆に、時間が解決してくれないこともある。
僕と莉愛の間にできた確執は、いつまでも放っておくわけにはいかない。
僕は莉愛との間にあった事実から、目を背け続けることはできない。
「……明日、莉愛と話すか……」
覚悟を決めて、僕は怜奈に『明日の放課後に莉愛と話す』とメッセージを送った。
数秒後、怜奈から『わかったわ』と返信が来た。
「……寝よ……」
今夜は寝つきが悪かった。
夕方寝たせいで眠たくないのか、それとも明日のことが気がかりで眠れないのか。
どちらにせよ、明日は授業中に居眠りをすることは目に見えている。
眠れない夜が明け、窓から朝日が差し込んでくる。
「もう朝か……」
僕はベッドから転げ落ちるように出ると、気怠い体を無理やり起こした。
そのまま、自室を出て、キッチンへ向かう。
毎朝、早起きをして、兄妹二人分の朝食と弁当を作る。
サッカー部の朝練が平日は7時からあるので、学校までの移動時間を考えると、かなり早めの時間に起きて料理を作らないといけない。
もう慣れたものだけど、大変なものは大変だ。
食材や日用品を買いに行くのも僕の仕事だし、洗濯や掃除だって僕の仕事。
家事全般を僕が担当していて、美織は全くやろうとしない。
朝ご飯と弁当を作り終わると、僕は一人で朝食を食べて、美織の分にはラップをかけた。
美織が、朝7時より前に起きてくることはない。
僕が家を出た頃に、美織はやっと起きてくる。
僕は自室に戻り、ジャージに着替えた。
制服と弁当、それに翔から借りていた服を部活用のバッグの中に入れ、家を出た。
学校までの道中、莉愛が住む家を横切る。
つい先日まで、毎朝莉愛の家の前で待ち合わせて、一緒に登校していた。
莉愛は部活にも何かしらの委員会にも入っていないので、朝早くに登校する必要はなかったけど、莉愛は僕が朝練している姿を見ていたいとのことだった。
聞けば、莉愛は僕と付き合う前から、サッカー部の朝練風景を隠れて見ていたそうだった。
そんな習慣も、もうなくなったんだよな。
莉愛の家をぼんやり眺める。
莉愛の部屋は、電気がついていなかった。
僕の分の弁当を作る必要も無くなったし、朝早く起きる必要もなくなったもんな。
「行くか……」
僕は莉愛の家の前を通り過ぎた。
⭐︎
……僕はすっかり忘れていたことがある。
それは、学校では、僕が双葉怜奈をお持ち帰りした男になっているということだ。
どういうことかというと、こういうことだ。
「おい、旭岡……お前、双葉をお持ち帰りしたって本当か?」
「とりあえず、死刑だな。お前は」
合コンでの出来事の話は、見事に部活内で広がっていた。
嫉妬で怒り狂っている彼らに、ありのまま起こった事実を言えば、僕はサッカー部で孤立しそうだ。
翔に借りていた服を返す際、目も合わせてくれなかったからな。
それにしても、僕と莉愛の間で何があったのかを聞いてこないのは、彼らなりの優しさなのかな。
とはいえ、チームメイトと一緒にいると、根掘り葉掘り聞かれそうだったので、僕は一人でアップすることにした。
まずは、ストレッチ。
座って両脚を扇型に広げ、前に体を伸ばす。
「旭岡先輩、柔軟手伝ってあげましょうか?」
一人で体をほぐしていたところを、マネージャーの小鳥遊そらに声をかけられた。
つい先日、僕にピンク色のパンツを買ってきてくれた後輩だ。
翔の妹でもある。
「助かるよ」
「じゃあ、背中押しますねー」
「ああ、ありがとう……って、え!?」
そらは、僕の背中にピタリとくっつき、自身の大きな胸を押しつけながら、後ろから背中を押してきた。
柔らかな感触が背中を覆い、僕の頭は軽く混乱する。
「そ、そら?」
「どうしたんですか?」
「いや、その……」
「もうっ、旭岡先輩、ちゃんと集中しないとダメですよ〜。怪我しちゃいますから」
柔軟の手伝いは、背中を手で押してくれるだけでいい。
そらは、明らかにわざとやっている。
「胸が当たってるんだけど……」
当たってるなんてもんしゃない。押し付けられている。
「……私、双葉先輩より胸が大きいんですよ?」
「っ!?」
そらは、耳元で甘い吐息と共に囁いてきた。
「私の体……旭岡先輩になら……」
「揶揄うなって!」
こんなところを、翔に見られたら、どうなるかわかったもんじゃない。
ただでさえ、翔が好きな怜奈が僕の彼女になっているのに、妹にまで手をかけたなんて思われたら……
というか、もし怜奈に見られたら、僕は多分殺される。
そらを離したいところだけど、体を後ろから押さえられているので、身動きが取れない。下手に体を捻って抜け出そうとすれば、それこそ怪我をしてしまう。
「揶揄ってなんかいないですよ? 私は本気です」
そらは、僕の股間に左手を伸ばし、ゆっくりと摩り始めた。
僕は他のチームメイトと離れた場所にいて、角度的にも他のチームメイト達から死角なので、僕とそらが何をしているか気づかれることはない。
最悪な状況だった。
「頼むから、解放してくれ」
「私の質問に答えてくれたら、解放してあげます」
「質問……?」
「ズバリ、双葉先輩のどこが好きになったんですか? 旭岡先輩と双葉先輩って、今まで接点はなかったですよね? 本当に好きなんですか?」
怜奈のことが好きかどうかで聞かれれば、まだよくわからないというのが本音だ。
怜奈と付き合うという選択をした時、僕の心は揺れ動き続けていた。
莉愛に浮気されたその日に、関わりのなかった怜奈に告白された。
あまりにも突然のことで、夢でも見ているようだった。
怜奈は、僕が彼女のことを好きかどうかわからなくても、周りに先を越されたくないから付き合ってほしいと、そうお願いしてきた。
そのお願いに、僕は悩みながらも、怜奈と付き合うことを決めた。
付き合い始めてから、怜奈の魅力を見つけるのも悪くないと考えた。
怜奈の美貌は以前から目を引くほど綺麗だったし、頭の良さは尊敬に値した。
そんな怜奈の魅力が、以前は恋愛感情に発展することはなかったけど、彼女の莉愛がいなければ、恋愛感情になっていたという可能性がないとは言い切れない。
そして、行き場を失った誰かへの愛情が、今は怜奈に向いていることは確かだ。
でも、この恋愛感情が、自分の中で急に出来上がったような気がして、僕にはよくわからない。
自分の心境の変化に戸惑っていると言った方がいいのかもしれない。
莉愛と付き合っていた時は、莉愛の全てが愛おしく感じたし、髪の毛を金髪に染めたりしたのだって、彼女の新しい側面を見れた気がして嬉しかった。
怜奈と過ごした時間は、まだあまりにも少ない。
でも、僕は怜奈と一夜を共に過ごすことによって、僕が知らなかった怜奈の側面を知り、思わず抱きしめたくなるほどに愛おしいと感じた。
だけど、まだ気持ちの整理がついていないというのが現状だ。
そもそも、莉愛との関係を、まだちゃんと清算できていない。
莉愛との関係を清算できれば、晴れて怜奈と向き合うことができるのかもしれない。
「好きだよ、そりゃ」
「具体的には、どこが好きなんですか?」
「綺麗だし、頭がいいし、意外と家庭的だし」
「ふーん……」
そらは懐疑的な声を出しながらも、僕から離れた。
「まあ、なんとなくわかりました。旭岡先輩が、その場の勢いに流されて、双葉先輩と付き合うことにしたっていうのは」
否定するべき場面だけど、そう言われても仕方ない。
「これってつまり、私にもチャンスがあるってことですよね」
そらは、僕の顔を覗き込んでくる。
「……は? チャンスって?」
「だって、旭岡先輩は双葉先輩のことが大して好きでもないのに、双葉先輩に関係を迫られて付き合うことになったんですよね? お兄ちゃんは、旭岡先輩が双葉先輩をお持ち帰りしたとか言っていましたけど、私はむしろ逆だったんじゃないかなと思ってますし」
「どうして、そう思うんだ?」
その通りだけど、わかった理由が知りたい。
「だって先輩って、鈍感で恋愛に疎いし……」
思ったより、心外な理由だった。
「鈍感で悪かったね」
「そういうところも、私は好きですけどね」
「……」
僕は言葉に詰まった。
そう言われても、複雑な心境だ。
「じゃあ、旭岡先輩、これからは覚悟してくださいね」
「覚悟って……? 何の?」
「……さあ? 何の覚悟でしょうかね」
そう言って、そらは悪戯っぽく微笑んだ。
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