食堂のおばちゃん

武州人也

七不思議

 俺たちの通う大目白おおめじろ高校には、七不思議がある。小学校、中学校ともにそういうのとは無縁の学校だったから、高校進学後に弓道部の先輩から聞かされたときは少し驚いた。


 その七不思議なのだが、こういったものがある。


・校庭にある初代校長の胸像は、毎月一日ついたちの午前ゼロ時きっかりになると目が赤く光る。それを見ると早死にする。

・深夜三時三十三分に三階廊下突き当たりの大鏡を見ると「三時ババア」なる妖怪が鏡の中から現れる。「三時ババア」につかまると、鏡の世界に連れていかれる。

・二階女子トイレの洗面器に水を張り、午前ゼロ時きっかりにのぞき込むと、二十年後の自分の顔が映る。

・北校舎東の三階から屋上に続く階段は、夜十時から十一時の間に上ると一段増えている。その増えた一段を上ってしまうと、異界に連れられて帰れなくなる。

・満月の夜、南校舎の窓から校庭を見ると、首のない武士たちが校庭で合戦をしていることがある。それを見てしまうと、三日以内に大けがをする。

・夜に体育館屋上のプールに入ると、何者かが足を引っ張って溺れさせようとしてくる。


 以上の六つは正直言ってどれもオリジナリティに欠けるというか、どこかで聞いたことがあるようなものばっかりだ。ここまでくると怖さなんて感じない。むしろ牧歌的だなぁと思うのだけれど、最後の七つ目が妙だ。


・食堂でたくあんを残すと、食堂のおばちゃんによってひどい目に遭わされる。


 これだけが、何かひっかかる。他の怪談はすべて夜のできごとだから、真夜中の学校にいなければ何もない。でもこれだけは真昼間に起こりうるのだ。それに、他の怪談は「二十年後の自分の顔が映る」「三日以内に大けがをする」などどれも災いが具体的なのだけれど、それらに対して「ひどい目に遭わされる」というのがどうにもボヤっとしている。

 しかも「食堂のおばちゃんによって」というのが変だ。食堂のおばちゃんというのは、カフェテリアの古田料理長のことだろう。かなり長いこと勤めているらしく、同じ高校に通っていた父親は「あの人まだいるんだ」と驚いていた。

 幽霊や妖怪、祟りならまだしも、「食堂のおばちゃん」こと古田さんは生きた人間である。よしんば古田さんが「お残しは許しまへんでぇ!」なんていって怒鳴り散らしたり暴力を振るうのだとしても、それはあくまで人災だ。七不思議に加えるものじゃない。


箕作みつくりさぁ、七不思議の七つ目どう思う?」


 四時間目の数学Aが終わって、俺と永山はカフェテリアに向かっていた。その途中、永山が話を振ってきた。


「永山ほんとそういうの好きだよな」

「だってぇ……怖い話ってさ、どうにも気になるんだよねぇ」

「ホラー映画の見すぎっしょ」


 俺がよくつるんでいる永山は、ホラーやオカルトが大好きだ。朝読書には大体、ホラー小説や実話怪談本を読んでいる。インドア趣味人な上に色白で線が細く、中性的な見た目をしているもんだから、よく文芸部員と誤解されるらしい。実際には俺と同じ弓道部員なんだが。


「てかさぁ、そもそもたくあん出たことあったっけ?」

「言われてみれば」


 永山の言う通りだ。俺もカフェテリアはよく利用するが、たくあんを見た記憶がない。別に好きではないからどうでもいいのだが。


「日替わりメニューの何かにたくあんがついてくるって話は聞いたんだけど、どれなんだろうね? それが気になって毎日日替わりメニュー食ってるんだけど」

「え、あのナマズ姿煮定食も食ったのか?」

「意外とおいしかったんだよあれ。次に日替わりメニュー来たら食うことをおすすめするよ」

「はえ~」


 カフェテリアには日替わりメニューがある。何が出るかは、その日にならないとわからない。しょうが焼き定食やシャケ定食みたいなオーソドックスな料理のこともあるし、海外の知らない料理だったりすることもある。この間のナマズ姿煮みたいなよそではなかなか見かけない料理もお出しされることがあるから、このカフェテリアのちょっとした名物だ。

 やがて俺たち二人はカフェテリアの券売機前に着いた。今日の日替わりメニューは「ぶり大根定食」だ。


「俺は今日も日替わりメニューにするかな。来いたくあん」

「マジかよ……俺はこっちにするわ」


 俺はグリーンカレーを頼み、永山はぶり大根定食を頼んだ。俺たちは長テーブルにトレーを運んで、並んで座った。


「これこれ! たくあんだよたくあん! とうとう来た!」


 永山は小皿に盛られたたくあんを見て、はちゃめちゃに興奮していた。これがオカルト好きのテンションというやつか。正直、俺もカフェテリアの料理でたくあんを見たのは初めてだったから、「本当にあったのか」という驚きはある。


「おいおい、夏ならともかくこんな寒い日にホラー展開はやめろよな」

「いやーせっかくたくあん来たんだし、試さなきゃオカルトマニアの矜持きょうじがすたるってもんよ」


 白い頬を赤くしている永山をよそに、俺は厨房の古田さんを見た。腕も腹回りも太い、肝っ玉母ちゃんレベル999みたいな人物だ。そんな古田さんは、俺たちに背を向けて鍋をかき回している。


「ごちそうさまでした」


 ぼんやり厨房を眺めていると、いつの間にか永山が食事を終えていた。永山のトレーをこっそりのぞき込むと、やはりたくあんは残されていた。


「お前本当に試すのか?」

「当たり前でしょ」

「……やっぱりやめなよ。第一食べ物で遊んでるのとおんなじだって」

「や、俺はもう止まらねぇからよ……」


 アニメキャラの真似みたいな喋り方で答えた永山は、結局俺の忠告を無視してトレーを返却台に乗せた。その間、俺はずっと厨房の古田さんを見ていたけれど、何も反応はしていない。やがて若い調理スタッフが返却台からトレーを回収して皿洗いを始めたが、やっぱり古田さんは無反応だ。


「結局何もなかったな。つまんね」

「いや、もしかしたら捨てられたたくあんの怨霊が今夜永山の枕元に……」

「そういう陳腐なホラー展開はNG」


 何も起こらなかった。七不思議など、しょせんこんなものだ……俺は永山と一緒に、1年C組の教室に戻った。

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