願い事なんて適当でいいだろ

しどろ

第1話

〔ご当選おめでとうございます!貴方さまの短冊が今年の『ザ・ベスト・オブ・タンザク』に選ばれましたので通知いたします〕

「はぁ???」

大学生の田村は、一枚のハガキを手に持ちながら、アパートの郵便受けの前で首を傾げた。

さっきまで彼女と海辺デートをしていて良い気分だったのに、こんな気色悪いハガキで気分を乱されるとは。

〔したがいまして、是非とも貴方さまには今夜中に、貴方さまの飾られた短冊のもとまで来ていただきたいのです。日付が変わる前に、このハガキを持ってお越しください。我々は貴方の願いを必ず叶えます。 天女会一同〕

フリー素材みたいな七夕のイラストに、白いペンで書かれた文字。

ハガキを裏返してみる。白紙だ。切手すら貼ってない。

つまり、このハガキの送り主は、直接この郵便受けにこいつを投函したわけだ。

「いや絶対詐欺だろ……趣味わりい」

田村はハガキを他のチラシと一緒にゴミ箱に突っ込んだ。が、何か少しひっかかるような。

ゴミ箱からハガキを取り出してもう一度読んでみる。

〔我々は貴方の願いを必ず叶えます。〕

「ほう!」

そういえば、なんか2枚くらい短冊を書いたなぁ。大学の帰りの駅で。確か内容は……そうだ。〔カネくれ!〕

チラッと時計を見る。23時49分。

行ける、行ける、大丈夫だ。ここから俺の短冊が飾ってある東南台駅まで、徒歩で20分。走っても間に合わない。だが──


「ちょっと!あんちゃん他の自転車なぎ倒してるわよ!」

隣人が叫ぶ。

「うっせークソババア!気づいたやつが直せよ!」

田村はそう言い返すと、駐輪場の他の自転車も蹴っ飛ばした。いい気味だ。彼女はいつも共用部をうろついているのだ。全力でペダルを踏み込むと、彼女の叫び声は徐々に遠のいていった。

「詐欺でもいい、カネのチャンスは逃さない……!」

ブツブツ言いながら田村は全力で自転車を漕ぐ。確か、天女会とか書いてあったよなぁ。女の子がいっぱい……?いや、詐欺師なら男だろうなぁ。誰もいない可能性もあり得るか。


着いた着いた。あと3分。中々の余裕。駐輪場から駅の構内に入り、短冊エリアに目を凝らす。誰もいない……?

「ちっ」

騙された。カネがもらえる話の9割はこんな感じだ。ま、残りの1割がある限り俺は手間を惜しまないのだがね。

「……あれ?」

短冊に背を向けて、初めて駅構内に誰もいないことに気づいた。終電までまだ時間はあるはずだが、客も駅員も、どこへ──


「ほぉ?お主、来てくれたのだな」

突然冷たい手が首筋を掴んだ。

「わっ」

田村は慌ててその手を払いのける。

「ななななんだお前」

田村の背後に立っていたのは、天女みたいな服を着た背の高い女性だった。えっと、最近の天女コスって空中に浮けるんだっけ?

「ふふ、驚いておるな。村田」

「なぜ俺の名を……って田村!俺田村!」

「はは、すまない。私はミサゴ。天女会に所属しておる」

「はぁ。つーことは、本物の天女なんすか」

「いかにも。ところで、お主をここへ呼んだのにはワケがあってだな」

「カネくれるって話っすよね!」

「ん?まぁ順序があるから聞け」

「はぁ」

田村が頷くと、天女は近くのベンチに腰を下ろした。

「お主、『神無月』は知っておるな」

「え?ああまぁ……6月のことっすよね」

「違うわ!それは水無月だな。神無月は、10月のこと。この時期に、全国の神様は一斉に出雲大社に向かうもんでな、地方では神々が居なくなる。では、神々を支えていた者たちはどうなると思う?」

「それはそりゃあ……暇になる」

「さっすが!分かっておるな!だから奴らは暇を持て余して悪さをしたりするんだが、ま、それは置いといてだな。これで分かったろう、なぜ私らが『ザ・ ベスト・オブ・ タンザク』なんてやってるのかが」

「つまり、天女も神無月と同じことが……」

田村は少し考えてから答えた。

「まさか、織姫と彦星がイチャついてるから、天女の皆さんは暇でしょうがないと?」

「そう!まさしく!彼らが会う前後2週間は仕事が無くなるものでな、暇だからこうやって暇つぶしイベントを開いておるのだ!お主分かっておるな〜〜。今年は820回目くらいだったと思うが」

天女は正確な回数を思い出そうとしているようだった。

「ええい、まぁいい。それでだ、『ザ・ベスト・オブ・ タンザク』とは何かについてだな。これはだな。全国の短冊を私らが見て、一番面白そうなやつを1つ選んで、その願いを叶えてやる!と」

「ほほう!?」

「ははは、だから田村、お前の願いが選ばれたのでな。お前の願いを『天女パワー』でな、叶えてやるぞ。楽しみにしておれよ。それが今夜の報告だ。」

「ありがとうございます!やったー!」

田村はよほど嬉しかったのか、両手を上げてぐるぐるとその場を回った。

「報告は以上。それじゃあ実行するからの、楽しみにしておれ」

天女は笹の葉を1つ千切ると、それを2つに引き裂いた。その隙間からは宇宙空間のようなものが広がり、みるみるうちに大きくなって、ワープゲートのようになった。

「あっそうだ!天女さん待って!その、カネは!振り込みっすか?現金?金額は?」

天女はワープゲートに突っ込んだ片足を戻し、振り返った。

「はぁ?お主さっきからカネカネって、何を言っておるのだ」

「え?」

「お主の書いた願いは、これじゃないか」

そう言って、天女は1枚の短冊を手に取り、田村のほうに向けた。

〔こいつらの願いがぜんぶように〕


「ちょちょちょ待てよ!おい!カネは!?つーかなんだよこれ!」

「お主が望んだ願いだろうが。まさか2枚とも叶うわけなかろうに。選ばれたのはこっち。ここに飾ってある短冊の願いが全部叶わないようにするのよ、天女パワーでね。カネのほうはつまんないから選ばれなかったの」

「おい……やめろよ、無しだ、取り消せ」

「今さら何を。あんなに喜んでたじゃないか」

「ここには!ここにはなぁ!俺の彼女の短冊もあるんだよ!!」

田村は天女に掴みかかった。が、天女はすり抜けて触れることができなかった。

「おい!おい!逃げんな!おい!」

「言っただろう。『我々は貴方の願いを叶えます』、とな。それに、私ら天女の暇つぶしだから、人間の意思などどうでもいい」

言い残すと、天女はワープゲートに入り、消えてしまった。

「畜生!畜生!畜生が!」

田村は地面を何回か叩きつけて、泣き出した。

いつの間にか、駅にはいつも通りまばらに客が歩いていて、駅員もいた。笹の葉には、何百枚もの短冊が、各々の願いとともに、重くぶら下がっていた。


〔田村くんと一緒に幸せに生きていけますように〕

それが、彼女の短冊だった。

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