第2話 前世の記憶


 目が覚めると、わたくしはおばあさまの屋敷で介抱されていた。

 なんと熱を出して、3日も眠っていたようだ。

 おかげで前世の記憶を思い出していた。


 前世のわたくしは18歳で、母子家庭の女子高生だった。

 父親はギャンブルした挙句、お母さんがわたくしを妊娠中に他の女を作って孕ませてしまった。

 サイテーな男だと思う。


 それで離婚して女手一つで育ててくれた。

 裕福ではなかったけど楽しく暮らしていたし、無料のスマホゲームぐらいは出来て、この乙女ゲームもその1つだ。


 あの娼婦のような女はヒロインであるジュリアで、ピエールと兄クライスは攻略対象だったことも思い出した。

 確かR18ではなかったけど、ちょっぴり過激なイラストが人気の乙女ゲームだった。


 わたくしはゲームには登場すらしていなかった攻略対象の妹として転生していたのだ。

 


 そんな前世のお母さんの口癖がコレだ。

「浮気とギャンブルは一生治らない」

 至極当然な言葉だ。


 それは異世界でも変わらないと思う。


 それともう1つ。

「クズとさっさと離婚してよかった。

 あのままだったら、ものすごく面倒なことになっていたからね」



 愛人と結婚した前世の父は勝手に借金をして、そのお金を持って蒸発してしまった。

 愛人はいつのまにか連帯保証人にされていて、1人で出産するしかなかった。

 それで金を返せず自己破産したという。


 お母さんは離婚した時に、その愛人に慰謝料を請求していた。

 それで自己破産のせいで払えなくなったと詫びに来たそうだ。

 慰謝料は借金ではないので、自己破産では支払い義務はなくならない。


 しかも彼女は離婚もできず、子どももいるから慰謝料の免除と逆にお金を貸してほしいと言ったそうだ。

 自己破産するとちゃんとしたところで、お金を借りられないからだ。



 お母さんは慰謝料を免除しなかった。

 乳飲み子がいるからというのは言い訳にならない。

 なぜならお母さんは乳飲み子のわたくしを抱えて、なんとかやってきたからだ。


「アイツと別れた時にアンタ、あたしのことを女らしくないから捨てられるんだってバカにしたよね。

 あたしは絶対、慰謝料請求は取り下げない」


 当然借金の申し込みも断ったという。

 


 その女は慰謝料を少額だが払ってきた。

 初めは逃げようとしたのだが、自己破産後やっと見つけた職場に弁護士を送るとお母さんが伝えたから、払わない訳に行かなかったのだ。


 だけど度々その女は腹違いの弟を預けに来た。

 おかげで弟は、わたくしたち親子に懐いていた。


「保育園に預けることを考えたら、あたしたちの方が安上がりだもんね」


 そのうちその女も、弟を残して男と逃げた。

 お母さんは血のつながりはなかったけど、わたくしの弟だからと引き取って育ててくれた。

 


 弟は中学生になったらマサ*ムネって名前で、無料ゲームを無課金だけでどこまでプレイできるかを配信してそれなりに人気があった。

 ゲーム映像を出すと権利関係がややこしいから、画面を出さずにプレイしながら事細かに実況したのだ。

 顔だけはよかった父親に似て、弟がかなりのイケメンだったのもあるんだろう。


 弟はお母さんとわたくしにその収益でごちそうしてくれて、

「俺と姉ちゃんの高校のお金は、俺が稼ぐから心配いらない」


「バカ言うんじゃないよ。

 私立は無理でも、公立なら二人ともあたしが行かせるからね。

 子どもがそんな心配するんじゃないよ」

 

 愛情深いすばらしいお母さんだった。


 わたくしはどうして死んでしまったのだろう?

 お母さんを楽にさせてあげたいとずっと思っていたのに。

 でもいくら考えても思い出せなかった。




 現実も厳しかった。


 わたくしが寝込んでいる間に、貴族学校の卒業記念パーティーが行われていた。

 その席で王太子がいじめを受けたジュリアを庇って、婚約者であるカミラ=ブリューゲル公爵令嬢に対して婚約破棄を叩きつけたのだ。


 その際にカミラ様の身を拘束するように命令された兄は、怒りにまかせて反抗した彼女の腕を折り、ひざまずかせたという。

 それも大勢の人前でだ。

 ゲームでもそこまでやっていなかったと思う。


 高潔な騎士を目指していた兄が、ひ弱な女性に対してことをするなんて!

 でも剣を捧げる姫にジュリアを選んだのであれば、ありえないことでもない。



 だがジュリアはピエールのルートも、王太子のルートも攻略していた。

 つまりハーレムルートの可能性が高い。


 ただ王太子妃の座を狙っていたのなら、王太子だけに絞るのが得策のはず。

 それでもハーレムルートにしたのは、男にちやほやされたいから?

 でもそれなら口は拭かないはずだ。



 ジュリアは口を拭きたいぐらい好きでも無いピエールとキスをした。

 あの感じだと、たぶん体の関係もある。


 きっと兄ともそうだろう。

 ゲームでもそんな感じだった。

 いくらなんでも愛を誓っていない女のために、そこまで尽くさないと思う。

 

 王太子はわからない。

 生真面目な性格だから、五分五分かな。

 王太子ルートならば、確実に許していると思う。



 もしかしたら隠しキャラ狙いなのかもしれない。

 あの女もまた転生者なのだろう。

 このゲームの隠しキャラは隣国の王子、エセルバートだ。


 多くの未開の地の開拓を成功させ、前世の拳銃似た魔法銃や形が変化する魔剣などを作っている天才魔法士と呼ばれるお方だ。

 作っているものの感じが、なんか転生者っぽい。


 なんでも魔力というものは生命力だという説を唱えておられて、魔法が使えなくても魔道具は使えるのだという。

 周辺国の中でも最も資産家で、大変な美男子だと評判だ。



 彼に会うには王太子の婚約者として、わたくしが社交界デビューする予定だった王宮での舞踏会に出る必要がある。

 そのときに紹介されることで恋が始まり、彼女はこの国を捨てて隣国へ嫁いでいく。


 だけどそんなことは許せない。

 ここはゲームではない、現実だ。

 いろんな男を手玉に取るジュリアにそんな資格はない。



 この3日間で何もかもすべてが変わってしまった。


 カミラ様はジュリアに苦言は呈していたものの、苛めを行っていなかった。

 つまり王太子の早とちりのせいで、婚約破棄され暴行を受けたのだ。

 ひとり息子で代わりのいない王太子は間違いを認め、謝罪と婚約破棄の賠償金を払うだけで済んだ。


 だが兄は過剰に暴力を加えたからと、騎士の称号をはく奪された。

 実際には骨を折っていなかったが、手首を捻ったのだそうだ


 尊い王家の血筋を引く家柄なのに、ミューゼル伯爵家の名誉は失墜した。

 ブリューゲル公爵家に莫大な慰謝料を払ったためとても貧乏になったが、国王の姪である母がいるため爵位だけはそのまま保っていた。


 兄は貴族籍を除籍され、ただの平民兵士として治安の悪い辺境に送られることになった。

 わたくしがこの伯爵家を継ぐことになったのだ。


 当然わたくしの社交界デビューも見送られた。

 ピエールとの婚約もなくなるだろう。

 これは望むところだけど。

 いや、もしかしたら……、念には念を入れた方がいい。



 前世のお母さんには孝行が出来なかった。

 だからせめて今の父母には尽くしたい。


 お母さんの言う通り、浮気者のクズに更生の余地はない。

 さっさと関係を切るべきだ。

 だからわたくしは、おばあさまとカミラ様に手紙を書いた。



 どうか、この手紙がわたくしの未来を繋いでくれますように!


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地の分が「ですます調」から「である調」に変わっていますが、ヘンリエッタが前世の記憶を取り戻したからです。

それ以上変えるとわかりにくくなるので、わたくしと呼ぶのはそのままにしました。


お母さんが前世の、母は今世の母親です。

わかりにくいですが、よろしくお願いいたします。


前世パートはモデルはいません。

この作品はフィクションです。

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