あるべきところに収まっただけです

さよ吉(詩森さよ)

第1話 目撃


「まぁ、やっぱり王都はとても賑わっていますわね

 見るものすべてが新鮮ですわ」


 馬車の窓から見える王都は、領都とは段違いの人出と華やかさがございます。


「うふふ、ヘンリエッタにとって初めての王都ですものね」


 わたくしはヘンリエッタ=ミューゼル、13歳の伯爵家の娘です。

 ずっと領地で暮らしていたのですが、この度社交界デビューをしてから貴族学校に入学するために王都へ出てきました。



 兄と婚約者が出席する貴族学校の卒業記念パーティーを予行演習として見学してから、王宮で行われる舞踏会に出る予定です。

 その舞踏会はとても大きなもので、周辺国の要人も招かれます。

 そんな時にデビューが許されたのは、わたくしの血筋が特別だからですの。


 今ご一緒しているわたくしのおばあさまは、降嫁されましたが元王女のレスター公爵夫人です。

 つまりおばあさまは、国王陛下の叔母にあたるんですの。


 母はレスター公爵家の三女でかなり自由に育てられました。

 そして貴族学校で知り合った父と大恋愛の末、結婚。

 父は大貴族ではなかったけれど、母を愛する気持ちは本物ですの。

 兄とわたくしですら目をそらすほどの仲良しぶりで、弟妹が出来ないのが不思議なぐらいです。


 わたくしたちは貴族としてはまれなほど、良好な家族関係を営んでおりますの。



 5歳上の兄クライスは騎士を目指して、貴族学校に入学いたしました。

 もちろん嫡男ですからいずれは伯爵位を継ぐのですが、自分の愛する女性に剣を捧げたいという夢がございますの。

 実は父が母にそうしたんですのよ。

 ですから夢想家のように思われるかもしれませんけれど、わたくしたちは兄を応援しておりますの。



 そしてわたくしは、おばあさまの甥にあたるドレナー侯爵のご子息ピエール様と10歳の時に婚約いたしました。


 国王陛下と母とドレナー侯爵閣下はいとこ同士、つまり王太子殿下と、兄とわたくしと、ピエール様は、に当たります。

 ピエール様は兄の親友でわたくしとは5歳離れていますが、とても美しくやさしいお方ですの。

 幼いころよく遊んでいただき、わたくしがとても懐いたので決まりました。


 ピエール様も嫡男でいらっしゃるので、わたくしが輿こし入れいたします。

 身分の問題もなく、ピエール様もドレナー侯爵家の皆様もとても喜んでくださったので、幸せな結婚になると思っていました。



 領地から出たばかりのわたくしは、王都に慣れるためにおばあさまにいろいろな所へ連れて行っていただきました。

 おばあさまのお茶会に同席させていただいたり、招待を受けた夕食会に同伴していただいたりもしました。

 美術館や図書館などの、領地では見ることのできない知の殿堂にも連れて行っていただきましたわ。



 その中に、この季節にとても美しく咲くと言われるバラ園がございました。

 特に朝露に濡れる時間帯は、花の香りが最高に素晴らしいとのことでした。

 ただ貴族は夜会を中心に活動しているので、みな朝が苦手なのです。


 ですがわたくしは領地育ちで社交はほとんどしておりませんから、朝早く起きることは苦ではございません。

 おばあさまも最近は朝早く目が覚めるとのことで、数人の侍女を連れてそのバラ園へ向かったのです。



「それにしてもクライスは毎朝早起きしているのに、誘っても来なかったわね。

 後は卒業式とパーティーだけというのに、何がそれほど忙しいのかしら?」

 兄は卒業後、王太子殿下付きの近衛騎士になることが決まっています。


「仕方ございませんわ、おばあさま。

 騎士とは日々の訓練にありと、お兄さまはいつもおっしゃってますもの」


「それにしてもヘンリエッタがやっと王都に出てきたのですよ。

 夕食ぐらい一緒にとってもいいはずだわ。

 ピエールもですよ」


 そうなのです。

 王都に来て10日ほど経ちますが、未だ婚約者のピエール様にお目に掛かれないのです。

 社交界デビューの時のエスコートをお願いしているのに、その返事もはっきりいただいていません。

 お忙しいとはいえ、衣装を合わせる必要もありますのに……。


 

 バラ園は評判通り、素晴らしいところでした。

 最初は色とりどりのバラとその香りを楽しみましたわ。

 おばあさまと帰りにバラのポプリやお菓子をお土産に買って帰りましょうと相談していたくらいです。



 そのバラ園でピエール様をお見かけしました。

 学業が忙しいからとここ1年ほど会っていませんでしたが、見間違えるはずがございません。


「おばあさま、あちらにいらっしゃるのはピエール様ではなくて?」


「あら、確かにそのようね。

 ティナ、この後にいただく朝食を一緒にできないか、聞いてきなさい」


 おばあさまは、ティナと呼ばれた侍女に指図しました。

 彼女はお声がけするべくピエール様に近寄っていき、あわててすぐに戻ってまいりました。



「どうしたの?

 人違いだったのかしら?」


「いえ、奥さま。

 あの……お耳をお借りできますでしょうか?」


 侍女はおばあさまにだけ、耳打ちをしました。


「何ですって⁉

 お前ではらちがあきません。

 わたくしが直々に確認するわ。

 ヘンリエッタはここにいてね」


 おばあさまがそちらの植え込みを見て息を飲み、ふらりと倒れそうになりました。

 それで後ろに控えていたわたくしが支えに行き、そこで何が行われていたのか見てしまいました。



 わたくしの婚約者であるピエール様がドレス姿の女の胸を揉み、激しい口づけをしながら抱き合っている姿でした。


 見た瞬間に感じたのは、「これスチルだ」ということでした。

 それはいったい何?


 相手はきっと娼婦でしょう。

 若いけれど慎みある貴族女性ならばこんな明るい時間の、人がいるかもしれないところでするような行為ではございませんもの。


 しかもその女はピエール様の胸に甘えるようにしなだれかかりつつ、見えないように口を拭いたのです。

 わたくしは声を上げることもできませんでした。



 ピエール様はわたくしが王都に着いたとご連絡しても、忙しいのでと会いに来てくれませんでした。

 そういえばここ1年、手紙のやり取りも滞りがちでした。


 それで卒業式が終わるまではと思っていたのです。

 それなのに娼婦との密会は出来たのです。

 これほどの裏切りは他にはありません。


 でもそれ以上に、わたくしの混乱は収まりませんでした。

 スチルって?

 乙女ゲーム?


 そのまま気を失ってしまったのです。


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前国王とおばあさまとドレナー侯爵の母親が、兄妹ってことです。

つまりピエールから見て、おばあさまは大伯母にあたります。


設定としては前国王時代に、国内の有力貴族であるレスター公爵とドレナー侯爵の元に妹(王女)たちを嫁がせて、王家の威光を盤石にしたんです。

その娘たちは仲が良く、孫世代を結び付けようとした婚約でした。

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