第40話 多視点


アネッタは考えた。

愛しい竜帝に近づくには、どうしたらいいのかを。

ずっと考えて考えて、眠気も空腹も一向に訪れない。


「番」なのに何も感じないなんて、絶対嘘だわ。

こんなに求めて感じて、早く一つになりたくてしょうがないというのに・・・・

あぁ・・・彼はどんな風に私を抱くのかしら?

口づけは情熱的?紡がれる愛の言葉は?私を見つめる眼差しは?

我慢できないわ!!

それにしても、普通「番」になれば互いにわかるはずなんだけど・・・・

もしかして・・・竜帝に好きな人か恋人がいる?

でも、これだけ気配を感じるんだから「竜芯」は交換していないはずよね。

・・・・ならば、時間がないわね。

竜帝に本当に誰か好きな人がいて、これを機に「竜芯」を交換されたらたまらないわ!


そこまで考えるも、いい案が浮かばない。

城に忍び込まなくてはいけないが、今の所何の手段もないのだ。

家が宿屋とはいえ、高位貴族が止まるような高級宿でもない為、コネすら使えない。

うーんうーん唸りながら色んな可能性を考えた時、ある事を思い出した。

昨日まで付き合っていた子爵令息が言っていた事を。


「確かチラシもあったはず」


自分には関係ないと屑籠に投げ入れたそれを拾い上げ、皺を伸ばす。

そこには「帝城使用人募集」の文字が。

しかも、試験は明日・・・・いや、もう日付が変わっているから今日だ。


「あぁ・・・まるですべてが私に味方してくれているみたいじゃない」

明日の朝はきっと「番」の腕の中で目覚めるはずよ。


全ては自分の思い通りになる事を、疑いもしないアネッタだった。





今日は、最悪だった・・・


レインベリィは執務室で今日起きた事を、苛立たし気に思い出していた。

昨日帝国に戻り、事件のあらましや今後の事の話し合いに時間がかかり、エリと一緒に居られなかったために、今日一日は何とか休みを確保したというのに。


俺の「番」だって?全く何も感じないが、こうもタイミングよく現れるものなのだろうか・・・


嘘偽りなく「番」の兆候はない。

だが、あまりのタイミングの良さに不安がある事は確かだ。

だから、何らかの陰謀事件も考えて、アネッタの身辺調査をさせたのだが・・・

「本当に番の兆候がなくて良かった・・・こんな欲に塗れた女を竜妃にはできない」

この短時間で、良くここまで調べられたなと言う位、彼女の過去現在の事が事細かに報告書には書かれていた。

「付き合っている男を捨てて、城に来たというのか・・・・恐ろしい女だ」

本当にこれが「番」なのだとして、彼女はそれに抗おうとはしなかったのか?


まぁ、彼女が「番」に憧れていて誰とも本気ではなかったのだと、報告書に書いてはあったが。

昨日まで付き合っていた男は、子爵令息らしいが・・・人柄もよい好青年と人気のある人物じゃないか。

もったいない事をするもんだな・・・


「番」騒動でせっかくのエリとの休日が潰れてしまい、機嫌が最悪なほどに落ち込んでいるレインベリィは、胸の内に燻ぶる不安を打ち消したくてエリに会いたくてしょうがない。

取り敢えず風呂に入ってからと思い、シャツを脱ぎ始めるも苛立たしさと不安からか、全てに対しぞんざいな手付きとなり、エリから貰ったペンダントの鎖がボタンに絡まってしまった。

「くそっ・・・」

いつになく乱暴な言葉を吐き、鎖を引きちぎってしまおうかと思うも、エリが渡してくれた信頼の証を傷つけたくなくて、丁寧な手つきでネックレスを首から外しボタンが絡まったままのシャツを脱いだ。

そしてその手からネックレスを離した瞬間、それはやってきた。


まるで何かが自分を包み込み、身体の奥底から甘く苦しく、そして渇望という名の感情が溢れ出してきたのだ。

その思いが向かう先は、城外だという事がはっきりとわかる。

頭の中がまるで麻痺したようになり、これまでの想いなど塗り替えられていく勢いで、全てが別の誰かへの想に替えられていくのが分かった。

甘美で淫靡で、それが欲しくて欲しくてたまらない。

全てを投げ打ってでも、手に入れたくて。今すぐ、飛び出していきたくて。


突然の事に、その本能に引っ張られそうになり、その感情から逃れたくてうずくまる。


―――エリっ!!


心の中で叫べば、その愛しい姿が脳裏に映し出されるが、すぐにまるで虫食いの様にその姿が消えようとしていた。

そして、別の者への感情がそこへ紙か何かで補修するかのようにペタペタと貼り付けられていく。


嘘だろ!やめてくれ!!


助けを求める様に手を伸ばし、指先に当たったペンダントを縋る様に咄嗟に握ったその瞬間、スッと身体が軽くなった。

「え?・・・・一体、何が・・・」

重苦しかった空気と身体を駆け巡る渇望は、まるで溶けるかのように消え失せて、楽になる呼吸。

静かな部屋には自分の荒い呼吸の音だけが妙に響き、ギュっとペンダントを胸に抱きしめた。


あれが・・・「番」・・・・

何も感じなかったのは、エリのこのペンダントのおかげ?


アレに抗うのは自分でも難しい・・・と、レインベリィは未だ激しく踊るような心臓にペンダントを押し付ける。

一瞬でもエリを忘れそうになった。まだ顔も見た事のない、最悪だと思った女を求めようとした。

本能と理性との狭間。それは地獄だろうと、これを体験し易く想像できる。

脳裏にエリを思い浮かべ、彼女に対する想いを再確認する。


あぁ・・・・エリ、エリ・・・エリエリエリエリ・・・・


こんなにも狂おしい気持ちが一瞬で塗り替えられそうになった・・・

その恐怖に震え、どこか後ろめたい気持ちにエリに会いたいけれど会えなくて、一人冷たいベッドの上で膝を抱え夜を明かすのだった。

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