第37話

「「番」はね、本当に強制的なのよ。どんなに抗おうとしても、難しいみたいね。それこそ、心と身体が別々になったみたいになるらしいわ。

私はね、レイにもエリにもそんな思いはして欲しくないの」

まだ「番」が現れるかは分からない。

竜人族はこの人と添い遂げたいと心に決めた瞬間に「竜芯」を交換する。だから、多分「番」が現れても気づかないのだろうと。

ただ、ずっと不思議に思っていた。

「どうして、大切な人ができてから「番」が現れるんでしょう・・・・」

「そうなのよね。それは本当に不思議だし迷惑。恋人も誰もいない時に現れるのなら大歓迎なのに」

「因みになんですけど、その好きになった相手が悪人でも気持ちは変わらないってい言ってましたけど、本当に悪人だった場合どうなるんですか?」

どうでもいいような、素朴な疑問。

でも気になるのよ。

「そうね・・・・その人がどんな罪を犯してきたかにもよるけど、愚かだとわかっていても相手に尽くすのよ」

罰を受けるのであれば半分を自分にと懇願し、極刑であれば後を追うように・・・と。どこまでも愚かになるのだそうだ。

それが「番」であれば、もう手が付けられないほどなのだという。

「レイに万が一「番」が現れたら、正直な所その人柄がとても気になるわね。だから、彼が心惹かれ添い遂げたいと思ったのが、エリでほっとしたのよ」

「・・・・そんな風に言ってもらえて嬉しいですけど、私なんかでいいのかって考えてしまうんです」

お母様の言っていた通り、何かにつけて理由を探し二の足を踏む。

無駄な事をしていると、自分でも思うけどどうしても考えてしまうのだ。

「エリはレイの事、どう思っているの?」

「その・・・好き、です」

「「竜芯」を交換するのをためらう理由は?」

「「竜芯」はとても大切なものなんでしょ?私と交換して後悔しないかって・・・私の思いがレイと釣り合っていなくて失敗したらって・・・」

「じゃあ、もし今レイに「番」が現れたらどう思う?」

「・・・今、現れたら・・・・」

正直、考えた事がなかった。いや、軽くは考えてた。

でも自分の立場に置き換えてなんて、考えた事がない。


数分前まで私を熱く見つめていた眼差しが、いきなり別の人へと向けられるという事・・・

私を抱きしめてくれた温かな腕も、頬を撫でる大きな手も、愛おしそうに口づけてくれたその唇も、一瞬にして別の人のモノになる・・・


「・・・・すごく、いや・・・

嫌なんてものじゃなくて、相手をレイを憎んでしまいそう・・・

大好きだって、愛してるって言ってたその口で、他の人を口説くなんて・・・」


考えただけで胸が潰されそうで、涙が出そうになってくる。

瞬きほどの一瞬で、全てがひっくり返されるのだから。理不尽にも程がある。

そこまで深く真剣に考えた事がなかった私は、その恐怖に身体が震えた。

「だからね「竜芯」を交換するのよ。エリのその気持ちがあれば「竜芯」はちゃんと交換できるわ」

お母様は私の手を握り、安心させるように微笑んだ。


そして、翌朝。

レイの「番」だと名乗る女性が城にやってきたと報告を受けたのは、レイの膝の上に抱き上げられ餌付けされている最中の事だった。


昨晩は結局、私が起きている間にレイは帰ってこなくて、朝起きた時いつもの様にレイの抱き枕にされている事に驚いて目を覚ましたのだ。

今日は一日一緒に居れるからと、抱きしめて離さないレイ。だから、今日はちゃんと話し合えるチャンスだと思っていたのに・・・・


「「番」だって?・・・・・俺は何も感じないが」

昨日の今日の話で「番」という言葉に嫌な感じに心臓が跳ねる。

「その者は平民でアレッタと名乗っております」

「そうか・・・自称「番」ではないのか?そんな馬鹿な事を言うやつは、もういないと思っていたのだが」

「いかがいたしますか?」

「そうだな、俺が何も感じないんだ。追い返してくれ。それと、一応その女の身辺も洗ってくれ。何らかの犯罪に関与している可能性もあるからな」

「承知しました」

だまってやり取りを聞いていた私は、全身が心臓になったのではないかと思う位、脈打っている。

神妙な顔で黙り込む私に、レイは焦ったように説明した。

「エリ、「番」には予兆があるんだ。前にも話しただろう?俺には一切そう言うのがない。それに、近くまで来ているのに何も感じないんだ・・・・」

「うん・・・・ねぇ、「番」って誰が自分の相手だって、離れててもわかるものなの?」

「ある程度傍に来ればわかるらしい」

「でも、そのアレッタって子は、レイの「番」だって言い切っているのよね?」

「俺もよくはわからないが、どんなに遠くに居ても「番」の居場所だけはわかるようなんだ」

「そうなんだ・・・」

「俺には何も感じないから、それが本当なのかはわからないが」

「そこまで言い切るんなら、本当に「番」なのでは?」

「いや、それは無いだろう。本物なら、俺はこうしてはいられないくらい苦しんでいると思う。俺はエリだけを愛しているんだから」

そう言いながら、抱きしめるレイの腕はいつもと違って強張っていて、それがますます私の不安を煽るようだった。

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