第14話 多視点

竜人族には、呪いと呼ばれているものがある。

それが『番』という習性だ。


『番』とは、本人が抗いようのない強制的に本能が相手を求める呪いの様なもの。と竜人族には受け取られていた。

本来は運命の相手として、番を見つけられた竜人には尊敬と憧れがむけられていたのに、今ではすっかり悪者扱いである。

だが、すべての竜人に『番』が現れるわけではない。

いるかいないかもわからない『番』を探すよりも、心から愛する人と家庭を築く事を自然と選んでいったのは当然の事なのだろう。

本来であれば同じ種族同士の結婚が好ましいが、竜人はもともと妊娠しづらく、長命とはいえ数が減っていく事が目にみえていた。

そのような事情を抱えながら、他国との交易も盛んになり始めると、異種族婚が流行り始めたのだ。

竜人と獣人では竜人族と同じ確率でしか子は望めなかった。だが、人族とは何人もの子を成すことができた。

そして混血として生まれた子は、竜人の血を多く受け継ぎ、純血の竜人と比べても何ら遜色ない力を発揮する事が分かったのだ。

竜人族にとっては嬉しい事実ではあるが、懸念しなければならない事も多くあった。

それは人身売買。

もともと人族は貴賤差別がひどく男尊女卑がまかり通る国。

立場の弱い平民や女性が、金銭目的で売買される事が目に見えていたのだ。

そして、寿命問題。

人族の寿命は精々、五十年から長くて七十年。それに対し竜人族は長ければ千年の時を過ごす。

情が深い竜人族。愛する人を見送る事が辛く悲しく、自然と異種族婚もすたれていった。

そして、悲惨な戦が起こり戦後処理の混乱時期、他国との国交もままならない期間が長く、竜人族の中で異種族婚自体があった事すら忘れられてしまったのだ。


世界情勢が落ち着き、それぞれの国が戦前の様に交流が始まる中、戦後に建国された他種族が集まる獣人国キューオン王国に移住する者が思いのほか多かった事に他国は衝撃を受けていた。

獣人国キューオン王国とは、竜人、銀狼、人族以外の種族が集まりできた国。

戦争が起きる前は、それぞれの種族の小さな国や村が沢山存在していた。だがそれらは巨大な力を前に、簡単に滅んでしまった。

そこで、この戦争をきっかけに他種族の集まる国を作ろうと声を上げた者がいた。それがキューオン王国初代国王なのである。


自分達がこの世で最強なのだと、プライドだけは異常に高い銀狼族。

貴族という地位にしがみ付き平民はごみ同然の扱いの人族。

寿命自体が違うため他種族とは必要最低限の交流しか持たない竜人族。


竜人族や銀狼族、人族からも当然キューオン王国に移住する者もいる。特に、人族からの移住がことのほか多かった。

何故なら、このキューオン王国に貴族は存在せず、国王は世襲制ではなく国民から選ばれるという、江里の世界にかなり近い仕組みとなっていたからだ。

アクアリス王国では平民や女性は貴族に泣かされ、何をしても弱い立場から抜け出すことができない。

そんな地獄の様な世界から抜け出すことができる。身分などない、人権を尊重してくれる国。

女だから、平民だからと理不尽な扱いを受けることがない、立場の弱い人族にとっては楽園の様な国。

それがキューオン王国なのだ。

そして他にも、自国の環境に合わない者達が、すべてのしがらみを捨て避難するように集まってきた。

存在する四大国の中で、一番人気があるのが獣人の国キューオン王国なのだ。


ある日、キューオン王国に一人の商人がやってきた。

彼は魔力が多く、完璧な人間の姿をとることができる竜人だった。だから自己申告しない限り、竜人である事に誰も気づかなかったのだ。

そして彼は、一人の人族の女性と恋に落る。

男は自分が竜人族だという事を隠し、女性と結婚。一人の子を成した。

子供も生まれ幸せの絶頂の最中のある日、それは訪れた。


―――男の『番』が現れたのだ。


ひと月前から何やら男の態度がそわそわとして、落ち着きがなくなっていた。

どうしたのか尋ねても、本人にも原因がわからないという。

男にも原因のわからない異変が起きて一か月後、目の前に一人の女性が現れた。

一瞬にして男は知らない女に、全てを奪われてしまう。

妻と子供を思う気持ちを置き去りにするように、目の前の女性が、彼女だけが欲しいのだと抗えぬ本能が騒ぎ立てるのだ。

心は・・・愛しているのは妻と子供である事は間違いない。

だが、抗えない本能は目の前の見知らぬ女を欲する。

気が狂いそうなほどの葛藤の末、彼は本能に負け、その場で実は自分は竜人族である事、彼女が自分の『番』であるこ事を告げ、別れの言葉もなくいなくなってしまった。


それは沢山の人々が行きかう広場で起き、竜人族に対する偏見と忌避が生まれた瞬間でもあった。

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