第13話 多視点
レインベリィはすぐ傍で寄り添うように眠る江里を、じっと見つめた。
数分前までは、泥に沈むかのように深い眠りに落ちていた。
だが、体中をぺたぺた触られ始め、ゆっくりと引き上げられるかのように目が覚めたのだ。
身体を撫でまわす、彼女の手が気になって。
この身が人型でない事に、少し残念に感じる。
この身体で誰かに触れるというのは、とても気を使ってしまうからだ。
身体の大きさもそうだが、力加減が難しい。
それでも、何故だか江里に無性に触れたくて、鼻先をそっと近づけた。
よく自分に近寄ってくる令嬢とは違い、けばけばしい化粧や、臭いとしか感じられない香水の匂いもしない。
どちらかと言えば仄かな花の様な香りがして、とても好ましい。
一切飾り気のない、少年の様にスラックスを履き、背中の中ほどまである黒髪を後ろで結び、今は閉じているが瞼の奥の瞳は黒目がちで、レインベリィを見る眼差しは意外にも穏やかだ。
顔立ちは愛らしいのに、時折ハッとさせられるような美しさを見せ、このわずかな時間の中で何度見入ってしまったことか。
十代後半くらいかと思っていたが、二十四才だと聞いた時には驚き、表情が読み取りにくい竜の姿であったことに感謝したくらいだ。
意識朦朧としてはいたが、彼女が自分を治療し世話をしくれていた事だけはわかっていた。
不思議な事に、彼女が自分に触れる度に、根拠のない安堵感に満たされたからだ。
ルリやスイからは江里の素性は探るなと言われているが、この状況下において正体をほぼ晒しているという事に気づいているのだろうか。
見たこともないような道具がそこかしこに設置され、それを慣れたように使いこなす彼女。
だがよくよく話を聞いていればこの世界に疎く、それをフォローし守護している最強の姉妹。
そして、ここはこの世で最も安全な、世界樹の森。
――――神の愛し子か・・・・
恐らく、神に愛されし子がいるなど、わが国以外では知る者もいないだろうな。
竜人族は長命なゆえ王族は史実を把握している。千年以上前に起きた悲惨な戦を、もう二度と起こさないために。
この世界ができた時から、この森はこの大陸の中心にある。よって、どこの国からも小高い丘から森をみれば、世界樹の先端が見えるのだ。
だが、誰もそこには辿り着くことはできない。
翼を持つ種族が空から行こうとすると、世界樹が視界から消えてしまうという、不思議の森。
あの悲惨な出来事以降、誰一人としてこの森に入ることが許されていないのだ。
それでも遠い昔は神に気に入られた者のみ、この世界樹のもとに招かれることがあった。
だからこそ、伝説と言われている『生命の実』や世界樹の存在を信じ、創造の神セルティスの事を人々は敬い信仰している。
俺は本当に運がいい。
世界樹という、どこよりも安全な場所で養生できるのだから・・・・
まだ思ったように身体が動かない中で、魔力で手紙を書いた為に正直、身体を起こすことも苦痛だ。
それでも顔を江里に近づけその鼻先で、頬に触れる。
あぁ・・・温かい・・・
触れた鼻先だけではない。胸の奥にぽっと柔らかな何かが灯ったかのように、ほわほわする。
決して嫌なものではなく、ずっと浸っていたいような甘やかなもの。
そして、レインベリィは愛おしそうに江里の髪に鼻先を埋めた。
これは・・・この気持ちは、呪いではない・・・
―――よかった・・・・
レインベリィはこの気持ちが強制的なものではなく、自分自身が求め感じているものなのだと、ホッと胸を撫でおろしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます