Shallf - シャルフ -

鯛飯好

第一部 ルイバ領編

001 - 仕事は普通の『騎士』でいたい01




 難しくない、そこまで危険ではない任務のはずだった。


「…そんな、まさか…こんな…」


 班長である騎士1人と一般兵2人の3人1組み3班で分かれての山狩り…。

 人里に降りてきた魔物が村を襲い、村人が連れ去られてしまったのを救出に向かったんだ。


 討伐対象の魔物の中ではそんなに強くないけれど一般の兵だって何人かで掛からないと倒せないだろう。だが、俺は騎士として一般兵よりも力がある…特別騎士(シャルフ)としての特殊な能力もある。魔物1体ならば俺だけでもその特殊な能力が無くても何とかなるはずだ。


 しかし魔物とエンカウントしたのは俺の班じゃなく違う班だった。勿論力はあるはずだが俺とは違って普通の騎士の為上手く立ち回らないとやられてしまうだろう。


 俺達が駆けつけた時にはもう1班も到着していたみたいで6人がそこにいた。が…


「なっ…こんなことって…」

「魔法使いの子の手伝い行って」

「は、はい!」


 その場の状況を見て咄嗟の判断で俺の班にいる治療薬を持った班員の方を向き指示を出すと彼はカバンを抱え魔法詠唱を行っている魔法使いの方に駆けて行く。少し離れたところに倒れている兵がいるがピクリとも動かず…近付いて呼吸の確認をするが手遅れだったみたいだ。治療を受けているのは兵1人と騎士1人、その騎士も危なそうだ。


 魔物の前にはもう1班の騎士が1人と更に無傷の兵が1人。魔物の攻撃を避けながら反撃の隙を伺っているのだろう。加勢に向かうと無傷で剣を構えている兵の装備を見て勝手に指示を出す。


「魔法使いの子と代わってくれ」

「ですが、向こうも治療が…」

「…ああ、分かっているよ。そうだな…魔法使いの子の判断に任せると伝えて」

「わかりました」


 俺よりも背が高い精悍な顔立ちの騎士の隣に立つと剣を構える。そして俺の後方に一緒に着いて来たのは俺の班の弓兵。弓術士である彼も戦闘態勢をとる。


 連れ去られた人間だろうか、魔物の後ろに人影が見える。


「状況は…」

「捕まった人は生きている、早く治療をしないといけない」

「わかった、急ごう!主力そっち、俺の班はサポートだ」


 熊の様な魔物との戦闘を開始し、彼の戦闘スタイルを見て瞬時にサポートに回る。彼が戦いやすいよう魔物の攻撃を弾いたり、魔法の機動をそらしたり。弓兵への合図を送りつつじわじわと魔物を追い詰めていくが、なかなか決定打が打てない。


 魔法使いの子がようやく俺の元へと来た。騎士はきっともう手遅れだったんだ…先ほど唱えていた魔法は治療魔法の類では無かった。苦しまず逝けるように痛みを緩和させる魔法だ。


「状況判断力それに装備を見るに、ガルだよな?」

「え、ええ…一応学校は出ています、実戦も少々」

「能力向上魔法頂戴、力上げて、脚力上げて…防御魔法に火属性付与ってとこかな」

「え、あ…」

「俺なら大丈夫、ちゃんと訓練受けてるよ」

「で、では…」


 魔法使いが俺に魔法をかけてくれる。能力向上魔法が終わると今度は魔物に煙幕魔法を放ってもらう。


「次は俺が主力、3人は捕まった人達を保護しに行って」

「だが、1人じゃ…!!」

「大丈夫、俺はシャルフだからへーき!あ、煙幕から出てきた!行って!!」


 3人が散開すると森の中に入って行ったので、俺は魔物を挑発するように剣で何回か斬り込んでその場から少しずつ離れる。1対1での戦いは実は初めてだが、結構削ったことだし余裕だろうと思ったのだが…思いのほか苦戦している。

 強がらないで手伝ってもらえば良かった…そもそも1人で戦う事自体初めてで凄い震えてるんだよな。


「くそ…シャルフ初実戦で死ぬなんて嫌だ…!」


 魔物から距離を取る為に強めに地面を蹴って後方に飛び退く。着地すると片手で自分の頬を張ると大きく息を吸って吐き出す。


「俺なら出来る、大丈夫、落ち着け…落ち着け…!」


 四足歩行となった魔物がこちらに突進を仕掛けてきた。タイミングを見て飛び上がると上から核目掛けて魔物に剣を突き立てる。

 何度か攻撃を受けたけれど、魔法のお陰で俺はピンピンしてるし、無事に魔物を倒すことに成功した。


 魔物が黒い霧となって消えたのを確認し、剣を納めて皆のところに向かおうとした所にさっきの騎士が走ってくるのが見えたので拳を上に挙げ叫ぶ。


「倒した!」

「よ、よかった…捕まった人は何とか回復したが、騎士と兵の2人は…」

「…そうか…俺達がもっと早く駆けつけられていれば…」

「いや、お陰で俺達は生きている、捕まった人だって」

「…全員救いたいなんて無理なんだけどな、やっぱ悔しい…」


 落ち込みながらも村へと帰還し、保護した人を待機していた救護班と村在中の兵に任せ、この村より少し離れた街にある領主の館へと向かう。

 俺ともう一人の騎士の2人でその館の隣にある建物。詰所内にあるこの領地の兵を統括する騎士である団長の部屋へと入る。部屋の主である団長が立ち上がると俺たちの元へと寄ってきた。


「ただいま帰還致しました」

「無事の帰還なによりだ…して…?」

「救護者は全員村の救護班に託しました、村の被害報告は救護班から後ほど。討伐班はバルシャイン班3名が死亡、他2班全員生存」

「そうか…怪我の程度は?」

「俺がかすり傷程度です」


 もう一人の騎士がそう答えたが、かすり傷だったか?村にいた救護班の魔法使いが治療してくれていたけれど。

 そこで詳しい討伐内容などを話、俺たちは部屋を出た。食堂で待機している班の人達がお茶を飲みながら話していた。


「班長、お疲れ様です」

「お疲れ…」

「お茶入れますね」

「ああ、ありがとう」


 もう一人の騎士が受け答えしてくれているので俺は席に座ると全力で椅子に身体を預け天井を見上げる。あの時俺たちがエンカウントしていればきっと3人は死なずに済んだのに…。


「班長、お茶」

「ん、ああ、ありがとう…ユキナリもロンも怪我しなかった?」

「俺たちはほとんど戦っていなかったから大丈夫ですよ」

「あー、そっちの班は?」

「こっちは少しな…それより、凄かったな。流石シャルフだ!あ、俺はリ・ラフェル・ジャンだ」

「俺はリュシアン・グランツ、一応シャルフの学校は出ている」

「ラフェルでいいぞ、えっとリュシアン!よろしくな!」

「ああ。よろしくね」


 戦場では精悍な顔立ちだと思ったが騎士がニカっと笑って名乗るその顔は爽やかといった方があいそうだ。リ族なのか…武闘派で戦闘力の高い部族だったはずだ、どうりで戦闘慣れしてなさそうな身なりだったのに動けていたわけだ。まだ隊服とか新品っぽい。

 よく見れば古傷だろうか、小さく薄けれど痕が沢山見える褐色の肌に映える銀髪に緑の目。確かに話に聞くリ族の特徴そのものだ。俺の赤毛と違って綺麗だな、そして166cmしかない俺…いや、正直髪を立てているから盛ってるだけで162cmしかないんだが…そんな俺より20以上は高い…かっこいいな…。


「俺はリーンハルト・バルデシオン」

「バルデシオン…って領主様の?」

「甥にあたります…騎士団長目指して入団したばかりです」


 ラフェルと一緒に魔物と対峙していた人だ。凛々しい顔に、俺の八重歯の目立つ歯とは違い綺麗な白い歯。程よく筋肉がついていそうな厚みのある身体をしているけれど、確かに動きに気品が感じられる。そんなに位の高い人だったのに俺勝手に指示出してしまって…いや、俺班長だったし。いや、別の班だったけれど。


「わ、私はエ・モルシャ・リア…ガルとして実績積みたかったから、少しでもシャルフ様のお手伝いが出来て嬉しいわ」


 エ族の子か…あそこの部族はガルになって活躍している人が多い。

 ぷっくりとした頬にくりっとした緑の目、紫かかったグレーはエ族の特徴だ。ポニーテールにされている髪が揺れるたびツヤツヤと光って綺麗だなと目を奪われた。

 くりっとした目に力強い感じの眉…俺の三白眼にダイヤ型の眉と違って意思が強そうな感じだな。


「あ…様なんて…俺は一般の騎士だから…」

「そうだよ、なんで普通の騎士なんかしてんの?シャルフで働いたほうが色々待遇いいただろ?」


 リ族の人の言うとおり、特別騎士シャルフになれば給料も待遇もグゥーンと上がる。何故それなのに俺がここで一般兵しているかというと…


「いや、単に怖いだろシャルフとか…俺じゃ務まらないと思ったからだよ」

「俺がシャルフの資格あれば絶対に中央でバリバリ働くのにな…」

「流石のリ族って感じだな…今度手合わせしてよ、色々学べそうだ」

「それはいいな、是非ともやろう!」


 沢山喋った、喋っていないときっと落ち込んでしまうから。多分皆もそうだったんだと思う。お茶をお代わりするくらいにはそこにいたからね。


 落ち込んでばかりもいられなかったのはそれから2日後。また魔物の討伐の仕事だ。


「今回の魔物は家畜を狙ってくるだけだが。いつ人を襲うかもわからないので早急に処理を頼む」


 今回俺の他に呼ばれているのはリ族のラフェルだけだ。3人2班での討伐ということになるのだろうか?


「今回は4人で向かってもらう…他にも討伐が重なり人員不足だ…俺もこれから出ないといけないから食堂に事務のラナちゃんいるから詳しくはそっちで聞いてくれ」

「え、あ、はい!」


 そう言って俺たちと一緒に武装した団長も部屋を出てくると片手を軽く上げて行ってしまった。

 3人亡くなったばかりだもんな…人手不足もあるし、怖がって何人か辞めたみたいだもんな。俺の班のユキナリも辞めていってしまった。


 食堂に入ると事務員の他にエ族のガルと弓術士のロンがいた。


「エ族の子が一緒ってことは、俺の能力使えと言いたいのかな………なぁんて…ないよね…」


 チラッと事務のラナさんの方を見ると二パッと可愛らしい満面の笑み。俺には悪魔の微笑みにしか見えないけれどね。


「少数だからね、今回もよろしくお願いしますね、グランツシャルフ」

「シャルフなんてやめてください…俺は普通の騎士でいたいんです」

「はいはい、いつもそう言うわね」


 ため息混じりにそういうラナさん。俺をシャルフと知っていつもガルつけて騎乗しろって言ってくる。まぁ人員不足だからわかるけれど、怖いからやりたくない。


「俺、登録上ではノーマル騎士ですよね?しかもここ3ヶ月前に騎士に昇格したばかりの!」

「ええ、登録上では…ね…でも、シャルフ学校卒業しているからシャルフはシャルフよね?」

「称号剥奪してほしい…」

「それは私じゃなくシャルフ管理局の方に」


 作戦は相変わらず状況を見て判断しろと俺達に委ねられる。今回教えてもらえたのは魔物は火を吐いてくるのと爪に麻痺毒があるという情報。こんな少しの情報でもとても役立つんだ。


 表に馬が用意されているから皆でそれで移動しろと言われて出たけれど…俺の馬やっぱりそうだよね…。


「訓練も一緒にしたことない馬とガルとじゃ上手く出来るわけないじゃん」

「おお、シャルフ用の馬はやはりデカいなぁ」

「半魔物だからな…っていうか、俺はノーマル騎士だからぁ!ラナさぁぁん!!」

「五月蝿いさっさといけ、人員足りてないんだ、少しくらい仕事に貢献しろシャルフ」

「えええ」


 って事はあれです?今回4人じゃ到底無理な仕事って事なのですか?と聞こうとしたのに既にラナさんは建物内に入って行ってしまった。

 まぁ…仕方ない…特別騎士シャルフとしての実戦慣れしていない俺の実力でもあてにしないと駄目な状況って事なのだろう。しかもやらないと皆を危険な目に遭わせてしまうかもしれないと。


 俺の後ろにガルを乗せて早速出発する。皆と大まかな打ち合わせをした後にガルとしての魔力や使える魔法などの話し合いをしている間に着いた村の中心では大人が集まり話をしていた。


「あれ、騎士、様?」

「魔物の討伐に来ました」

「助かります」

「昨日は家の牛が…」

「家も」


 被害状況は結構ひどそうだな。ここの一番の収入源であろう乳牛が半数やられたと聞く。これは早々に対処しないといけないな。

 村の人達から話を聞いていると俺の乗ってきた馬が騒ぎ出した。それから次にガルが意識を集中させ呪文を唱え始めた。


「皆、念のため家畜を小屋に移動して」

「え」

「魔物くるよ」

「網を張りました」

「わかった」

「え、俺わかんない」


 ラフェルが焦っているので落ち着かせつつ村の人たちにもわかるようにガルが説明を始める。


「今、村の外まで魔物が通ったらわかるように魔法を展開しました、これでどちらからどのくらいの数が来るかわかります」

「なるほど、その網」

「早速…2、3…4体ですね、小型の魔物正面の山からきます!騎士様でも対処可能な下級の魔物です」

「そんな少数じゃない…もっといる!何体も走ってくるのを見たことがあるんだ!!」

「落ち着いてください、網は他の方面にも展開させています」

「とりあえず、その4体は俺が対処できそうだな、ロン援護頼む」

「はい」


 ラフェルとロンが馬に跨りそちらの対処に向かう間に俺は自分の乗ってきた馬へとまたがる。特別騎士シャルフとしての実戦経験0に近い俺で何とかなるんだろうか…。


「ジャン騎士が向かった方、そこから左の山から10体以上」

「俺たちはそちらに向かう」

「はい」


 10以上…か…俺に務まるのだろうか…?実戦経験のない特別騎士シャルフにそんな大役務まるはずがない。でもやらないといけない状況。

 馬を小走りに走らせガルの方へと向かう。


「リア、手!」

「はい!」


 伸ばされた腕を掴み一気に馬の上へと引き上げ後ろに乗せると魔物の群れへと向かって馬を走らせる。不安しかない…。



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