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 子どもの頃の夏休み──夏合宿で彼らは出会った。

 森の中で、一緒に暮らして笑って──そしてもう会えない仲間がいる。


「はじめまして──」

 ひとりの少女がはにかみながらもあいさつをする。ふわふわした桜色のワンピースに、肩を過ぎるぐらいのさらさらの髪。丸く大きな目がわいらしい印象を与えた。

 彼女の名はもりさきあかと言った。

 その後から「よろしく」と、少しだけぶっきらぼうな挨拶をする──一見、少年のようにも見える──ボーイッシュな少女。キリっと整った顔に似合う、とても強いひとみをしていた。

 彼女の名はかさ

 彼女たちともうひとりの少年、それが透をリーダーとした「チーム」だ。他に四人で計八人の「組」になる。

 もうひとりの少年……透に比べたらもちろん、女子たちと比べても細くがらだ。人見知りなのか、聞こえないような声で「こんにちは」と挨拶をした後はうつむいていた。

「俺は藤家透、よろしく。残りの四人もしようかいするよ。みんなで仲良くしような!」

 俯いている少年──夕月空の手を取って、透は「組」の時の他四人にも紹介した。

 ちょっと自己中心的だけど、根は単純なかまたつ、達也にいつもついて回っているかず、可愛いけれど気が強くてワガママなまつれい、その麗にひっぱりまわされている大人しいみやはす

 最初からみんなが仲良くできたワケじゃない。

 だけど遊びでも勉強でも野外活動でも色んなことを一緒にやって、だんだんおたがいがわかってきていた。とても、昔の話──だけど、まるで昨日のことのように思い出せた。

 透はみんなから「リーダー」と呼ばれていた──。


**********


 ようこそ、フォレストへ!


 フォレストしんかく《カンズ》参加者の皆さまへ

 ※掲示板、並びにチャットルームはご自由にお使い下さい。

 管理者・夕月 空


 二十一時。

 夕食後、透は再びパソコンの前に向かっていた。

 パソコンは大学の入学祝に買ってもらって以来、大事に使い続けている。これからの時代、パソコンの基本的な使い方ができた方がどんな仕事でも役に立つという理由からだ。

 ネットのえつらんやメールはスマホで十分だったが、実際に情報処理の授業などでパソコンがあると無しとでは理解するスピードが違う。またレポートの類も手書きではなく、ワープロソフトを使用した方がれいに見えるし、書き損じも簡単に修正できて楽であった。

 ただパソコン自体にれることは多くても、元々あまりTVゲームの類は興味がなかった透は、今さらになって空がそんな道に進んでいたことを知った。

 掲示板には参加者へのお知らせがリアルタイムで更新され、チャットルームには何人か集まっているようだった。会話をしているのが五人、透ともう一人がROM(会話に参加せず、読むだけのこと)で見学。少なくともこの掲示板やチャットルームには透の他にもROMがいて、合わせて七人いる。

 この招待状が送られてきたのがあの時の子ども夏合宿仲間だとしたら、いんそつの保護者を含めたら全員で三十人ほどいるはず。透と空がいた「班」だけなら八人だ。

(もしかして『彼女』もこのチャットに参加しているのか?)

 透はまずROMで様子を見ながら、参加者の様子をうかがうことにした。

 あの子ども夏合宿の仲間なら半分ぐらいの名前と顔ぐらいはおぼろげながら覚えているし、もし一致しなければあの頃の写真でも持ち出せば……。

(写真は──ダメだ……)

 透は自分の思考を停止させる。あの頃を思い出したくないから、写真を捨てようとして──でも結局は捨てられなくて、物置のおくそこ深くにしまったことを思い出した。

 全て忘れてしまいたかった。楽しかったことも、幸せだったこともたくさんあったけれど、それ以上に二度と記憶の扉が開かないように願っている。

 あの夏の日全てをふういんした。夏が来るたびに思い出しては、こうかいかなしみが胸をすから忘れようとしていた。大人たちは何度も『だいじようだ、あなたは何も悪くない』と透に言い聞かせてくれた。透自身もそうだと思い込もうとしている。

 けれど完全に思い込むことができず、結局とうすることで忘れようとした……空からの手紙が届くまでは。

(今になってどうして──)

 もう一度あの夏に向き合うことができるのか?

 不安になる。込み上げてくる息苦しさと、不安が冷たい水のように身体を冷やしていく。

 あの時から人ときよを置いてきたから、こんなことを話せる友人もいない。

 どうすることもできず、またげ出したい気持ちになる。だがこれはずっと長年後悔し続けてきたおもいをあがなえるチャンスなのではないか。

(また逃げ出すのか……? また何も言わずに消えるのか?)

 いやだ、と心の中でさけぶ。

 心臓のどうが速くなり、マウスを握る手に汗がにじんだ。それでもこれがチャンスなのだと自分に言い聞かせ、透はチャット入室のボタンをクリックする。

 開かれたウィンドウはまるで森をイメージしたようなやさしいグリーンのグラデーションがいろどる背景になっていて、その上にメッセージボードが広がっている。

 現在会話に参加しているメンバーの名前が表示されていた。

《REI》《るる》《DR》《お馬さん@ナイトBバロン装備中》《bleu》の五名。他、ROMは透を含めて先に来ていた一名と合わせて二名になった。

 パスワードが設定されたSNSであるのに、本名ではなく、全員がハンドルネームで書き込みをしている。誰が誰だか、特定できるのだろうか?

 もしかして、と思う名前があって少しだけログをさかのぼって、名前のヒントがないか見てみる。すると……。


 REI『やだ、アタシだけ簡単な名前にしちゃったじゃない。あの時のメンバーだけなんだから、ややこしい名前とかしなくてもいいじゃん』

 るる『後でTwitterにせてもOKなネタがあったらいいなって思ったから、Twitterの名前と同じにしただけだよ。もしかしてREIって、麗ちゃん?』

 REI『そうだよ。他のみんなも名乗ってよ。アタシだけバレるの嫌じゃない』

 DR『いいじゃん、当日までこのまんまの方が。おもしろいと思うけど』

 お馬さん@ナイトBバロン装備中『カードについてしゃべっちゃダメなんだよね? とりあえずオレは馬場だよ。覚えている? オレもわかりやすい名前だと思ったけど。あ、このハンドルネームはMMOの『ブラック&ホワイト創世記』のアバターから。もしプレイしている人がいたら友だちリクエストで招待するからヨロ! オレはブラックじんえいでかなり高レベルになっているから、ちょっとした有名人だよ』

 DR『お前は馬場一樹かよ。でもって松井か。さっきからずっとROMっているやつもいるし。どうせゲームに参加するなら、見ていないで会話に入ればいいじゃん。あ、でもおれは名乗らないけど』

 るる『そういう言い方するのって、達也くんじゃないの? →DR』

 DR『どうだろねw』

 bleu『みんなはゲームに参加するの?』

 DR『だってこんなチャンス、ないと思うけど。本当は今年じいちゃんのさんかい田舎いなかに行かなきゃいけないんだけど、賞金かせいできたら家族にいトコロでごそうするって言ったら、しぶしぶだけど行って来いって言われたし』

 REI『そうだね、参加するだけで十万でしょ? 滞在費、交通費全部持ってくれるし。何か凄くない?』

 お馬さん@ナイトBバロン装備中『今ちょっと話題の会社みたいだから、スポンサー力はんないよね。でもさ、あの十年前の夏合宿のメンバーが選ばれたのって、今回の会場があの森だからかな?』

 DR『そうだろ? だってそれ以外に夕月と連絡取っていた奴いる? 少なくともオレは十年ぶりに連絡来てびっくりしたもん。でも覚えていてくれてうれしかったけど』


 ──嬉しかった──


 その言葉を見たたん、透はとつにページを閉じてしまった。短時間ROMだけして消えた人物を、チャットしているメンバーは不快に思ったかもしれない。

(バカだ……)

 今さらながら、透は急に退席したことを後悔した。だけど、あの夏の時のことを覚えていることがなおに〝嬉しい〟とは思えない自分がいて、どうしようもなかった。

 また逃げ出している。

 PCのモニターには、相変わらず森のようなグリーンが広がっていた。空が自分たちを集めてゲームをしたい、そう思っているのは懐かしさからだけなのか。

 あの時のことをまた話したいと思っているのか……。

《REI》、《るる》、《DR》……チャットにいたメンバーの名前をはんすうする。《REI》は松井麗だろう。それを当てたのは野々宮蓮実か。馬場と名乗った──馬場一樹、そして《DR》は達也……鎌ヶ谷達也だろう。その中で参加はしていたけれど、あまり言葉は多くなかったメンバーがいた。

 ハンドルネームは《bleu》。

(あれ……《bleu》って、ブルー……青? 空じゃなくて青だとしたら──)

 どことなくかんを覚えたが──その名前が「青」で間違いなければ、昔の想いのままなのかもしれない。そうだとすれば、きっと自分にとって一番の力になってくれる……。

 あの時から透と彼女は距離を置いてしまったけれど、自分と同じようにあの夏のことをなやみ、苦しんで、誰かに打ち明けたいと思っているのだろうか。

 都合の良い話かもしれないが、彼女が《ブルー》という名にまだ大切な想いを持っていてくれるのではないか。

 今日、透が見かけた彼女は桜色のワンピース姿だった。外見は昔とはずいぶん違っていても、彼女があの時のままの〝ブルー〟ならば、きっとこの会に対して自分と同じぐらいこんわくし、どうようしているかもしれない。だから彼女から皆に対して「参加するのか」という質問が出たと考えるのは、穿うがち過ぎだろうか。

(明日、彼女と話をしてみよう)

 実際に会って話をすればもっと冷静でいられるのではないか。

 入学当初から同じ大学だったのは驚いたけれど、学部が同じだから、かぶっている講義も少なくない。声をかけようと思えばいつでもかけることができた。

 透はそれを自らきよした。今まで交流しようとしなかっただけで、そのままお互いに社会に出て、二度と同じ道を歩くことはないと思っていた。こんなことがなければ、そのまま苦い後悔をいだいたままだっただろう。

 大きくびをして、パソコンデスクの前から立ち上がる。

 その時、ふととあるモノが目に入った。

 PCの近くに置いてあったプリンター用の青インクには「BLUE」という文字が書かれていた。そこであのハンドルネームにあった違和感に気づく。

《blue》ではなく《bleu》。

つづり、間違っているんだ」

 ハンドルネームを見た時の違和感の正体を知って、何となく透は気がけた。

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