あまねく願いを叶える神よ

夏目一馬

プロローグ

 強くなりたい、と、歯を食いしばったことがある。強くなることができれば、不都合や不安、恐れといったものは一切なく、己の好きなように、自分一人だけで完結し、泰然と生きることができるはずだ。ならば先だって成したことも強くなるための道の一つで、今成そうとしていることもその道の一つだと考えればいいのかもしれない。強くなりたいといっても、地位に興味があるわけではなかった。ただ内面の強さを言っているだけであった。しかし、得られたものは有効活用した方がいい。うまくやっていけるだろうか。

 ゴシック様式の広々とした間に、ステンドグラス越しに寂しさと重厚感を併せ持った光が差す。少し高い段になった玉座から見下ろすと、教皇が冠を両手に大事そうに持ちながら、アゼルの方へゆっくりと歩んでいた。上流の貴族たちが教皇のために真ん中に道を作って、すし詰めになって立っている。玉座の付近に各大臣たち、宰相、参謀総長、執事、アゼルの後方には、近衛兵二名がライフルに装備した銃剣の切っ先を上に向けて気をつけをしている。

 これで物事が好転したらいいと思った。うまくやれるかはわからなかった。皆、張り詰めた無表情の中に、確かに期待の色を隠していることは、人の表情に過敏なアゼルにはよくわかった。しかし、中には好ましくない感情をアゼルに向ける者もいる。彼は弱冠十九だ。それが理由なのだろうか。いや、表情を見ただけではそれはわからない。最善を尽くさなければならない。そう決意した。

 気がつけば教皇は壇上に上がっていた。アゼルは一度目をつむる。教皇は手に持った冠を掲げ、玉座に座るアゼルの赤みがかった白い髪の上に慎重に載せた。そのまま立ち去る気配。しばらく静かな時間が流れ、一度、大きく長く息を吐きだした。

 目を開く。

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