1-7


 そうして、今日もまた朝を迎える。ただ、一つ気になることがあった。

「今日は、いつ……?」

 私が眠りに落ちた昨日は四月十二日だった。なので、普通であれば今日は四月十三日であるはずだ。けれど……。

(新の日記に書かれていたのは四月十五日、月曜日の出来事だった)

 であれば、今日は……。

 ベッドのわきに置いてあった携帯電話を取る。パカッと開けてみると……ディスプレイにはと、表示されていた。

「やっぱり……」

 こちらの世界は過去であり……新の日記の中。だから、新の日記の通りに日付が動いていく。

「──なら、もしも……」

 怖いことを思いついてしまった私は……その考えを振り払うように、ベッドから起き上がった。

(もし、過去を変えて新が日記を書くのをやめてしまったら……どうなるの?)

 そんなこと考えても仕方ない。

「今はとにかく、あの時と同じ未来を作らないようにしなくちゃ……」

 小さく呟くと、私はパジャマをいで中学校の制服を纏った。


「……っ、竹中さん!」

 校門をとおけようとした時、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

(この声……!)

 何度も聞いた、大好きな大切な人の声……。

 振り向くとそこには──学生服に身を包んだ新の姿があった。

「す、ずきくん!」

「おはよ! この間はありがとう」

「おはよう! もう身体大丈夫なの?」

「うん! もうすっかり元気! 迷惑かけてごめんね」

 申し訳なさそうに新は言うけれど、思いがけず新に会ってドキドキしている。だって……。

(日記の中では、今日はまだ休みだったはず……)

 ──過去が、また変わった。

「だ、大丈夫だよー! 陽菜とか……あとじまさんが手伝ってくれたから」

「深雪?」

 突然出た深雪の名前に、不思議そうに首をかしげる新。それもそのはずだ。新が知ってる私たちには何の接点もなかったから。──けれど、その接点を、新が休むことで作ってくれた。

「うん、金曜の放課後にね。助かっちゃった」

「そっか、悪いことしちゃったなー。でも、今日からは俺も頑張るからね!」

「ありがとう」

 ニッコリと笑う新の顔は、昔よく見た私の大好きだった彼の笑顔そのものだった。


「あー新と、竹中さんだー!」

 ばこまで行くと深雪の声が聞こえた。おはよう、と声をかけると笑顔で駆け寄ってきてくれる。

「おはよっ! っていうか、新はもう大丈夫なの?」

「ん、ごめんなー。俺の分の仕事やってくれたってさっき聞いてさー」

「あー……」

 深雪はチラッと私の方を見ると……ちょっと照れくさそうに言った。

「その、竹中さんが一人でやるんだったら、私も一緒にやろうかなーと思っただけよ……」

「どういう……」

「だから……」

「深雪はね、竹中さんと話すキッカケを探してたんだよ」

 深雪の後ろから、からかうような口調の声が聞こえてきた。

 この声は──。

「……堂浦君」

「おはよー竹中さん。新も深雪もおはよー」

「奏多!!」

 堂浦君の言葉に、深雪が怒ったような声を出す。

「──堂浦君。さっきの、どういう意味……?」

「なんか思春期の男の子みたいにモジモジしてたよ? いつ話しかけたら変じゃないかな!? って」

「奏多っっ!!! ち、違うからね竹中さん!! 別に私……!!」

「っ…ふふふ」

 いつもの深雪からは考えられない、真っ赤になって動揺する姿が可愛らしくて……思わず笑ってしまう。

「ちょっと、何笑って……!」

「ははは」

「新まで!!」

「はっはっはっはっは」

「奏多うるさいわよ!!」

 こんなふうに深雪が思ってくれてたなんて、この時の私は全く知らなかった。

 なんだか……嬉しい。

 ゆるむ口元を抑えながら深雪の方を見ると、何かを決意したように──うん、と呟いて深雪は私に言った。

「あの、ね。私も旭って呼んでいいかしら……? 私のことも、深雪って呼んでいいから」

「いいよっ」

「ありがとう、旭」

 名前を呼びながら、まだ少し恥ずかしそうに深雪は微笑む。

「あっ……、じゃあ俺も!」

「俺も俺もー」

 便乗する二人にもいいよと笑いかけると、一瞬──新が嬉しそうな顔を見せた気がした。

「俺のことも新でいいから!」

「俺は奏多ね」

「あはは、三人ともこれからよろしくね」

 微笑む私に新たちは、懐かしい笑顔で笑った。


 ざわつく教室に深雪たちと入ると、なぜか驚いた顔をした陽菜と目が合った。

(……?)

 とりあえず深雪たちと別れ、自分の席へと向かう。

「おはよー陽菜ーどうしたの?」

「……おはよ。どうもしないけど……旭こそどうしたの? 小嶋さんや鈴木君──それに堂浦君とやけに楽しそうだったじゃん」

「そうかな? ……そうかもしれない」

 過去だとしても、もう一度新と話ができるのが嬉しい。嬉しくてしょうがない。──そう思いながら返事をすると、どこかげんそうな陽菜の姿があった。

「陽菜……?」

「別にー」

 そう言うと陽菜は机の中からプリントを取り出して、私の方を見ずに問題を解き始めた。

(……陽菜?)

 どうしたらいいのかわからないまま……教室にはチャイムが鳴り響いた。


「じゃあ、悪いがこれ頼んだぞ」

 悪いなと言いながら、全く悪いと思っていない表情で田畑先生は言う。

 ──あの後、陽菜はいつも通り話しかけてくれたが、どこかよそよそしい雰囲気のままだった。放課後こそきちんと話を! と思っていた私の前には、今日も今日とて大量のプリントが山積みになっていた。

「はー…い」

(しょうがない……話はまた明日にでもしよう……)

 気持ちを切り替えてプリントの山と戦うかくを決める。

「なんすか、これ」

「今日は鈴木もいるからな! たっぷりこき使ってやれ!」

「はい!」

「え、なんか楽しそうに言ってない!? どういうこと!?」

 焦る新を見て笑うと、新も頭を搔きながら笑った。

「今日も私……」

「はい、深雪は俺と帰ろうねー」

「ちょ、奏多! なんで!!」

「邪魔しちゃダメだよー」

 新の後ろから顔を出した深雪を……まるで飼い主か何かのように堂浦君──もとい奏多が連れ去っていく。

「ごめんなー、あいつらなんか騒がしくって」

「ううん、大丈夫だよ。でも、別に二人がいたって邪魔なんかじゃなかったのにね」

 奏多の言った一言が気になった私は笑いながら新に言うと……新は表情を隠すかのように、口元を学ランのつめえりで隠した。

「新……?」

「──俺にとっては、邪魔……かな」

「え……?」

「竹中さ……旭と、喋ってみたかったのは……深雪だけじゃないんだよ…」

 恥ずかしそうに眼をそらすと……新は小さな声で何かを呟いた。けれど、その声は小さすぎて私には聞き取ることができなかった。

「今、なんて……?」

「……なんでもない! さっさとやっつけちゃおうか!」

 新の顔がなんだか赤らんでいるような気がしたのは……もしかしたら、私の気のせいではないのかもしれない──。

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