4:転生と想いのかたち

 ――紅葉。紅葉、起きなさい。そんなところで寝ていると、風邪を引くよ。

 ――だめよ、この子、どこでも寝込んでしまうのだもの。産まれた時から、いつもそう。紅葉、紅葉。

 優しい両親の声は聞こえていた。

 それでも、わたし、霧生紅葉はわざと狸寝入りをする。

『しょうがない子だな』と今は亡き父親が抱き上げてくれるから。

 父に抱き上げられると、とたんにわたしの瞼の向こうはまぶしくなった。それは朝陽の神々しい黄金であったり、午前中の優しいさわやかな陽光だったり、午後の終わりに向かう最後の輝きだったり、夜の黄泉の輝きだったりした。

 ――夜は、嫌い。わたしはまた、闇の岩室に閉じ込められるから。

 伊邪那岐が生まれると、わたしは岩室から出される。今度の伊邪那岐はどこだろう――

***


「こんなところに丸まっているから、還れないんだ」

 声がして、わたしはすやすや眠っていたのに、木の洞の根元から抱き上げられて、運ばれた。ふわりと撫でられたが、爪がちくんと刺さる。

 ――この、爪……痛かったやつだわ。

 わたしはがばりと飛び起きた。透けた制服に驚きつつも、自分の手が透けているを確認する。さっき、紗冥の首に憑いたはずなのに。

 ずっと一緒にいたいから、もうこの魂は紗冥ちゃんにあげようと決めて。熊野の呪術も振り切って……「霧生の名において、火神、招聘!」 たった一つしか覚えていない呪符を振りかざして龍仙をやっつけたのだった。

 紗冥ちゃんは一緒に行こうとして。わたしは止めた気がする。優しいからなあ、紗冥ちゃんは。


「龍仙……どうしてここに」


 龍仙は目を細める。

「起こしてやったんだ。紗冥と、慧介様がおまえが戻ることをあきらめていないからだ。いいや、鬼無里の人間は誰一人と、鬼女紅葉がまた還って来ることを念じ、祈りに来ている。おまえがまだ境界樹から出ていなかったことが、証明だろう」

 境界樹。

 言われてわたしは歪曲に伸びた樹々を見上げた。小さな魂がいくつもぶら下がり、死すと境界樹の洞の瘤になる。

「みなが、おまえの転生を邪魔しているとも言える」

 ――転生。転じて生きる。わたしはしっくりと来ない言葉に首をひねった。お気に入りのリボンがほどけていたので、結び直す。ニーハイをぎゅっと上げて、ローファーを掃き直した。立ち上がると、そこは黄泉とよく似た大気だった。霊力だけの世界。ここを通過して、みな、魂を生まれ変わらせて、また違う世界へと旅立つのかな。

「……紗冥が、泣いているぞ。なのに、こんなところで、何をやってるんだ、霧生紅葉」

 わたしはまた、子供のように背中をよじって、龍仙に人指し指を突き付けた。

「あんたが、ぶすりとやったからでしょ!……ここは、どこ?」

「高天原の手前。黄泉は消滅して、倭国は本来の神を迎えた。天命とは、新しい神の息吹だということを、何故に伝えられなかったのだろうな」

 ずっと、こいつ、紗冥ちゃんと内緒ごとしていた。余計な感情にさいなまれつつも、わたしは龍仙の隣に腰を下ろす。

「本来の神? 天照さま?」

「そもそも、倭国の神は、龍ではないんだ。龍は倭国では魏。鬼に委ねられる。倭は人間に委ねる。朱鷺だ。俺が消えた龍穴に、朱鷺が産まれたらしい」

「朱鷺?」

「本来の、倭国の産土神だ。まだチビ神だから、色々面倒も起こす。名前は瀬織津姫」

「なんか、可愛いね。紗冥ちゃんが喜ぶよ」

「おまえ似だ。元々の伊邪那美の神魂が転生したのかもな?」

 龍仙の言葉は不思議が多い、しかし、こうやって紗冥と会話していたのかと思うと、前とは違うじわじわがわたしに近づいてくるようだった。

 イザナイではない、違う気持ち。憧れ、と言えばいいだろうか。

「元々の神魂? わたしはここにいるけど」

「――喋り過ぎた。探しに行くとするか」

 わたしは言葉少ない龍仙に聞き返す。すると「おまえがこの世界を離れない証拠」と来た。

「まだ、戻るなら今のうちだ。そのうち、高天原へたどり着く。伊邪那美の魂を無くした以上、どこに飛ぶか、もう伊邪那岐には逢えない」

 わたしは目を閉じた。とてもとても永い夢を見ていた気分だ。いつでも一緒な魂が、引き裂かれて不運凶事の果てに、目覚める。

 ――鬼無里の巫女として、どうして産まれたのだろう。


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