◇剣

 冷たい床張りに、大きな欄間。鴨居は低く、わたしたちは潜って一部屋に辿りついた。

 ひやりとした空気に、ガラス張りの立方体が置かれている。思った以上に狭いが、中の造りは立派な和室だった。最奥の床框とこかまちには漆喰しっくいが塗られた神坐しんざがある。紅葉がポケットに手を突っ込んで、翡翠ひすい勾玉まがたまを取り出した。

「それ、持ち歩いていたの?」

「なんとなくね、ずっと持ってたよ?」

 ――やだ、これは紗冥ちゃんとの想い出にするの! 

 江ノ島の台詞が甦って来て、わたしは洟を詰まらせそうになった。もしかしたら、この勾玉が、紅葉本来の魂を護ったのではないだろうか。魂の形をしている翡翠には、未知数の力があるのかも知れない。

 紅葉は大切そうに勾玉を握りしめ、首を傾げた。

「なんか、騒いでるんだけど、この子」

「石が?」

「うん、落ち着きがない」

 会話の途中で、兄と母は静かに硝子ケースを開けて、大きな螺鈿らでんの箱の蓋を開けたところだった。

「これが、うちのご神体だったの?」

「同じだろう?」と兄はわたしが手にしている緑青の剣と、眠っていた剣を交互に見比べる。

「なんで、うちにが」

「源平合戦で消えた剣が一本あったろう。本当は、鬼女紅葉を殺した後、東海の熱田神宮から伊勢を通じ、こうして戸隠で眠っていたんだ。名を変えて――」

 兄は最後通牒のように、ゆっくりと告げた。

「この剣こそが、鬼女紅葉を殺めた剣そのものだ。呪いが蔓延したとされる、誰も見たことのない剣だ。と言い伝えがあった。龍仙にも深く関わるが、この剣の持ち主はかつて、妹、きみなんだよ」

***

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る