2:しらすのソフトクリーム

 ――江ノ島の神々へ和暦478。江ノ島禁止区域にて。


「だから、食べすぎだって、紅葉!」

 江ノ島禁止区域の太陽はいつしか高度を上げて、わたしたちを照りつけている。紫外線も強い六水月。わたしたちは二人で江ノ島界隈まで足を伸ばしてやって来た。

天命の凪てんめいのなぎ」と呼ばれる時代を過ぎ、かつての争乱の国名を捨て、今は倭国と呼ぶ。貨幣文明と神道社会に分岐した大きな世界変革より時は過ぎ、和暦478。

 概ね、貨幣地区と神道地区に与し、貨幣地区とは文字通り、貨幣の流通を中心にしている、平野や府中の未来先進区で、京の呼び名が遺っている。一方で、昔を顧みる産土郷土神から見直しの始まった神社・神道を貴ぶ地域を神道特別区と呼ぶ。倭国は先進国ではありながらも、名だたる神社や八幡天宮もまた多い。わたしたちの世界は少々変わった区画呼びをする。

 わたしと紅葉は神道特別区のうちの、「鬼無里・戸隠きなさ・とがくし神道特区」に生まれ、共に17歳。17歳になると、特別区から外に出られる。巫女を貫く運命のわたしたちは、何よりもそれを楽しみにしていた。

 足を伸ばすと決めたのは江ノ島特区。日本最大と呼ばれる神社や、弁天、それに半世紀前に立ち入り禁止になって、ようやく復興した窟屋いわやがある。わたしたちは戸隠の巫女同士として、見事に復興を果たし、禁止区域を返上した窟屋を見る目的で好奇心に突き動かされて来たわけだが……。


「紅葉、食ってばっかし、ちゃんと観てないな」

「そんなことないもん。だってここの食べ物、美味し過ぎるの! ほら、紗冥ちゃんも」

 ラブコメ宜しく、突き出されたソフトクリームをしぶしぶ口に入れた。途端に潮の香りが口内を満たしたが、あまり有り難くない味にわたしは舌を出して、引っ込めた。乳味に磯の香り。

「しょっぱい、なにこれ」

 紅葉はからからと笑って、涙を指先で拭った。

「しらすのソフトクリームだよ。さ、登ってお詣りしようよ」

「しらすって……あの、? うー、目がいっぱいのやつだし、魚じゃないか!」

「紗冥、魚食べなきゃだめだよぉ?」

「絶対に嫌だね。野菜で生きていくからいい」

 紅葉の揺れるポニーテールを眺めながら、わたしは小さく息を吐く。紅葉とはもう十年以上、一緒に育って、過ごしてきた。大抵、突発的なことを思いつくのは紅葉だ。

 いつだったか、紅葉は胸の膨らみに興味を示し、お互いに見せ合う提案なんかしてきて、ちらりと上着をたくしあげて見せた。羊羹以上のふるんとしたものを初めて見たわたしは、硬直してしまい、紅葉を大層困らせたと記憶している。

 女のコ同士だから、別段問題はないのに、たかを憶えてしまって動けなかった。

 綺麗な肌を恥ずかしそうに見せた紅葉の今にも喘ぎそうな恥じらいの表情は、多分一生忘れないだろう。

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