Sky Expressers ~天空の表現者たち~
刻堂元記
第1話
空を自由に舞える鳥になりたいと思った。誰かと同じじゃない、自分だけの翼を持って。しかし、そんな日が来るわけがない。そう決めつけて、空を飛びたいという夢を心の奥底に封印していた。それなのに――。
「ねえ、聞いてた?」
「天技っていうスポーツを君もやろうよっていう勧誘でしょ?」
「そうだよ。やってくれる?」
「やめとくよ。僕には縁がなさそうだし」
そう返すと、
「急にごめん」
「大丈夫だよ。何か聞きたいことがあるの?」
「うん。良ければ、天技についてもっと詳しく教えてほしいんだ」
「分かった。じゃあ、最初に、天技の歴史から話すね」
天羽魅空はそう言って、よどみない口調で説明を始めた。
「天技の始まりは約20年前。タジール王国の科学者が、ある法則の整合性を証明する目的で行った実験中に、偶然、反重力粒子を発見したのがきっかけなんだ。そうして見つかった反重力粒子をもとに、開発されたのが、アンチグラビティ・ウィングス。通称、グラウィン。ここまでは理解できてる?」
僕が頷いたのを確認して、天羽魅空は、さらに言葉を続けた。
「そして、グラウィンを使った空のスポーツが、天技の始祖と言われているショルツマンによって確立されて、今では複数の島々限定で競技が行われているの」
「島々限定?」
「そう。天技は、空が舞台の競技だから、安全の問題上、障害物が多い都市部や、観光地化したビーチのある沿岸部ではできないんだよ。それでね……」
天羽魅空が話の途中、バッグから何かを取り出す。
「これが、天技で使われるグラウィンなんだけど、景上くんは見たことあるかな?」
「ううん、初めて見た。でも、なんだか本物みたいだね」
「そう思うでしょ。グラウィンはね、技の美しさや、難易度を競う天技に相応しいものにしようっていう理由から、こういうデザインになっているんだ」
グラウィンという名前がよく似合う、洗練された見た目。それでも、翼というからには、背中に装着する必要があるのだろう。しかし、どうやってそれを実現しているのか。その答えについて、天羽魅空が優しく教えてくれた。
「天技を行う競技者には、必ず、アイテムコーディネーターと呼ばれる、アシスタントのような人がつくの。それで、そういった人たちが、各競技者の衣装選定や、グラウィンの装着アシストを担当しているんだ」
「じゃあ、アイテムコーディネーターの人を雇わなければいけないってこと?」
「ううん、そんなことはないよ。アイテムコーディネーターは、普段、別のことをしている人たちが、自主的に手を挙げて成るものだからね」
つまり、天技は、アイテムコーディネーターがいて、初めて成立する競技だということだ。だが、グラウィンがなければ、天技を始めることすらできない。
「ところで、グラウィンはどこで手に入るの?」
「
天羽魅空が喋り終え、腕時計に表示された時刻を確かめる。どうやら、現在の時間は、彼女の予想の遥か先を指し示していたらしい。天羽魅空は慌てたように、グラウィンをバッグにしまいながら、僕に謝罪の言葉を伝えてきた。
「ごめんね、そろそろ時間だから行かなきゃ」
「何か予定があるの?」
「うん、これから天技の練習なんだ。良かったら、景上くんも来る?」
彼女が勢いよく空を飛ぶ瞬間も、楽しそうに空を泳ぐ姿もこの目で見てみたい。だからこそ、僕は、首を縦に振った。
「じゃ、私が練習場所まで案内するから、ついて来て」
天羽魅空はそれだけ言って、急ぎ足で歩き始めた。そのため、遅れまいとなった僕の足も早足になる。そうして僕たち2人は、天技競技者のための練習拠点となっているところまで、徒歩で向かった。
「着いたよ。この海の上の空中が、天技の練習場所。正確には、天技飛行圏っていう風な名前があるんだけど、今は覚えなくてもいいかな」
空を見上げれば、何人もの天技競技者が、本番に向けて練習をしている。彼らもまた、天羽魅空と同様、天技やグラウィンに魅せられた存在なのだろうか。ふと、そんなことを考えながら、天羽魅空がいる方向に顔を向けると、その後ろから、こちらに近づいてくる人物がいることに気が付いた。
「久しぶりね、魅空ちゃん。今日の調子はどう?」
「久しぶり、いつも通り元気だよ!」
「それはよかった。ところで、君は初めて見る顔だね。名前は?」
ワンピースに、麦わら帽子という、夏らしい格好をした女性が尋ねてくる。
「
「景上くんね。私は、
「はい、よろしくお願いします」
軽い自己紹介を終え、清瀬志帆子が、天羽魅空の方に向き直る。そして、彼女からグラウィンを受け取ると、すぐに天羽魅空の背後へと回った。
「魅空ちゃん。グラウィン、つけるからね」
天羽魅空が頷き、その背中に、白くて美しい2つの翼が装着された。
「それじゃ、グラウィンが外れないか確かめるから、ちょっと動いてみて」
清瀬志帆子に指示された天羽魅空が、飛び跳ねたり、走り回ったりして、背中に装着されたグラウィンの安全性を見てもらう。
「うん、しっかり装着されてる。いつでも飛んで大丈夫よ」
「ありがとう、志帆子さん」
感謝の言葉を返した天羽魅空が、視線を上に向ける。その視界は、宙に浮かぶ天技競技者たちではなく、空そのものを捉えているように見えた。そして、次の瞬間。彼女が地面を強く蹴ると同時に、背中につけられた翼が勢いよく広がった。そうして、海面飛行を行ったのち、上手いこと上昇気流を見つけたらしい天羽魅空が、風の力を利用して、徐々にその高度を上げていく。
「景上くん。あれは鳥が飛ぶときに使う技だけど、なんて言うか分かる?」
「ソアリング、ですか?」
「正解。よく知ってるね」
「小さい頃は、野鳥観察が趣味だったので」
「そうなんだ。どんな鳥が観察してて、1番面白かった?」
「そうですね……」
清瀬志帆子からの質問に答えるため、一呼吸おいてから、蒼い空の中を遊泳する天羽魅空の姿を、遠目から観察する。空中での彼女の動きは、かつて僕を虜にした、とある鳥に少なからず似ていた。
「白鳥だと思います。自由に飛翔する白鳥の姿を空の中に見つけた時、その優雅さにとても感動したのを、今でも覚えています」
あの白鳥と同じように、空を飛べたなら。小さい頃に抱いていた空への憧れを再び感じるようになっていた僕は、思わず空に向かって右腕を伸ばしていた。
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