29 メフィー、という名前。

 ヘレス様の許可を得て、呪術や伝承についての資料が集まる場所へ。

 自国では、悪魔に関する情報はほとんど見つかりませんでした。

 悪魔、という名称そのものは存在しましたが……。精霊関係の資料の数が圧倒的でした。

 ミュールはアルティリア王国に根付く精霊信仰まで知っていて、守護精霊を名乗ったのでしょうか。


 国が変われば、文化も変わるもので。

 ミルヴァーナ王国では、悪魔に関する資料をたくさん見つけることができました。


「どこからどこまで本当なのかはわかりませんが……。頻出する内容もありますね」

「悪魔は、元々は人間だった。強い無念を残して死んだ人間が悪魔として転生する、あたりか」

「ええ。それから……弱った人間の心につけこんで、負の感情や壊れた心を食う。こちらはミュールから聞いた通りで、私も実際に見て来ましたから、事実なのでしょうね」


 その他にも、悪魔に取りつかれた人が登場する物語など。

 悪魔を取り扱う文献の数が、自国とは比べ物になりません。

 どうしてここまで差があるのでしょうか。


「メフィー……」


 私がぽつりと呟いたのは、度々登場する悪魔の名前です。

 悪魔の名前が出る際、多くの文献や物語はメフィーという名称を使っています。

 これが少し気になりました。


「このメフィーという悪魔、実在しているのではないでしょうか。ミュールと同じように、取り憑いた相手に自分の名前を教えたのかもしれません」

「そうだな。ミュールだって、守護精霊として名が残るだろうからな。悪魔だと名乗れば、メフィーと似た扱いになったはずだ」


 グラジオ様の言う通りです。

 ミュールは自称守護精霊ですから、そのように書き残されます。

 ですが、悪魔だと名乗っていたら。人の心を食う悪魔のミュールとして、語り継がれていたことでしょう。


 更に資料を探せば、メフィーと会話する人がいたという記録も見つかりました。

 虚ろな瞳で、メフィー、と悪魔の名を呼びながら、語りかけていたと。

 ずいぶん昔の話のようで、ここから伝承が広まり始めたように思えます。


「実在しているなら、おそらく高等悪魔……。ミュールはなにか知りませんか?」

『……』


 珍しく人の姿で顕現していた彼女は、何も答えてくれませんでした。

 資料探しを始めてからの彼女は、妙に静かです。


「暇なようでしたら、離れていてもかまいませんよ。なるべく目立たないようお願いしますが」

『……いや、ここにおるよ。知識のない人間たちを見るのもなかなか愉快じゃからのう』

「あなたがもっと色々教えてくれてもいいのですよ?」

『面倒だから嫌じゃ、自分で探せ』


 そう言って、ミュールはまた静かになりました。

 ふわふわと宙に浮いたまま、私たちを眺めています。

 互いの力が強まったせいなのか、彼女は私から離れることもできるようになりました。

 最初の頃は周囲を飛び回るぐらいしかできなかったのに、今ではルーカハイト家やリーシャン家を勝手に散歩しているぐらいです。

 ちょろちょろしては、ミュールが見える人たちにおやつをもらっています。


 だから今回も、暇しているようなら遊びに行けばいいと思ったのですが……。

 ミュールは、ずっと私たちのそばにいました。

 どういう心境なのでしょう。






 まだまだ調べ物をしたかったのですが、時間切れです。

 私もグラジオ様も、自国での立場がある身。あまり長くあけることはできません。

 ヘレス様から荷物を受け取って、帰路に着きます。

 食べ物にお茶に装飾品に……。結構な量です。これらは全て、フォルビア様への贈り物なのです。

 これでもかなり絞ったのだと、ヘレス様は恥ずかしそうに笑っていました。

 愛情は、贈り物の量や質だけでは計れません。けれど、この品々には。フォルビア様への想いが、たっぷり詰まっているのでしょう。

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