21 彼女に憑くは、高等悪魔。
今日は、正式に婚約をしたフォルビア様が、この辺境に帰ってくる日。
私とグラジオ様は、ユーセチア伯爵家で彼女の帰りを待っています。
フォルビア様の乗る馬車が到着したと聞いて、外へ。
玄関を出て、彼女が乗っているはずの馬車を確認した、瞬間。
「っ……!?」
ぞわっと、今まで感じたことがないほどの悪寒が私を襲います。
これは、悪魔、です。
それも、今まで祓ってきたものとは比べ物にならないほどに強大な。
『わかるか? これが高等悪魔じゃ』
私の中にいるミュールが、そう語りかけてきます。
これが、高等悪魔。
……格が、違う。下等悪魔とは、明らかに違う。
私の心臓が、どっどっど、と嫌な音を立てます。
この気配の発生源は、どこなのでしょう。……いえ、もうわかっています。
いつかこの日が来ると、わかっていました。
フォルビア様が、ゆっくりと馬車から降りてきます。
赤い髪を1つに束ねた彼女の背後では――
「ひっ……!」
とても強大で、おぞましい、黒いモヤがうごめいていました。
ぞわりぞわりと動き、人に似た形にもなります。
人型に近くなったときは、けたけたと笑っているようにも見えました。
わかっていました。わかっていたのです。
彼女に悪魔が憑くと、わかって、いたのです。
けれど、こんなにも強大だなんて。
ミュールなんて、自称高等悪魔なのではと思えてきます。
大きくおぞましい悪魔を背負いながら、フォルビア様が私とグラジオ様の前までやってきました。
「ただいま戻りました。……ヘレス様との婚約も、無事に」
「おかえり、フォルビア。婚約おめでとう」
「ありがとうございます」
フォルビア様は、笑っています。いつもと変わらず、懐っこく、にこにこと。
距離が近くなったことで、悪魔がフォルビア様にぶつぶつと話しかけているのもわかりました。
内容までは聞き取れませんが……。抑揚のない声で、呪文のように、フォルビア様に語りかけ続けています。
「リリィ? どうしたの?」
「っ……! フォルビア様、無事に戻られて何よりです」
私は、笑顔を作れているでしょうか。
なにが「無事に戻られて」だ、と、自分で思ってしまいました。
フォルビア様は、怪我や病気もなく戻ってきました。
ですが、到底無事とは思えません。こんなものを背負ってきたのですから。
大丈夫なはずが、ないのです。
「あ、あの……」
「なあに? リリィ」
「婚約、おめでとうございます」
ちょっと不自然かもしれませんが、私はそう言って、フォルビア様に握手を求めました。
手が震えていないかどうか、心配です。
フォルビア様は、快く応じてくれました。
フォルビア様に直接触れ、悪魔を祓おうと試みたのですが……。
祓うどころか干渉すらできずに弾き出されました。
握手をした手には、チリっとした痛みが走ります。
触れると電流が流れる、分厚い壁があるような感覚。
悔しいですが、今の私では、とても祓えそうにありません。
私たちの結婚まで、あと5年。
逆行前も同じタイミングで、同じ悪魔に憑かれたのだとしたら……。
フォルビア様は、5年ものあいだ、高等悪魔の干渉に耐え続けていたのでしょうか。
こんなもの、憑かれた途端に人格や体を支配されてもおかしくない。
多くの悪魔と、取り憑かれた人々を見てきた私は、そう感じます。
やはりフォルビア様は、とても強く、優しい人なのです。
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