19 私には、盾がある。嫌悪も嘲笑も跳ね返す、盾が。
いつか、フォルビア様が悪魔に憑かれる。
そう確信した私は、どうしたらフォルビア様を守れるのか、ミュールに聞いてみました。
彼女は気分屋ですから、まともな答えがもらえないことも多いのですが……。
お気に入りのお茶とお菓子をたっぷり用意してから質問してみれば、あっさりと話してくれました。
『悪魔を祓えば祓うほど、魔力が蓄積されていく。フォルビアに憑くのが高等悪魔じゃとしても、お前がそれを上回るほど強ければ問題ない。ま、今と同じことを続けていればいいわけじゃな』
「……なるほど。では、このまま祓って祓って祓います」
『おー。ま、ほどほどにな』
というわけですから、領地の皆さんためにも、フォルビア様のためにも、私は人々の相談を受け続けました。
***
「まあ、あのお方が聖女様?」
「子爵家の娘は、ずいぶん暇を持て余しているようで」
くすくすと、笑い声が聞こえます。
今日は、グラジオ様とともに領地を離れ、中央のパーティーに出席していました。
フォルビア様も一緒です。
私が聖女と呼ばれ、人々の話を聞いていることは、この国の王侯貴族たちのあいだでも知られており。
こうして外に出ると、わかりやすく嘲笑されるのです。
ルーカハイト家の領地でしたら、ここまでの扱いは受けません。
グラジオ様の力が及んでいますし、個人間の信頼関係だって築いています。
けれど、辺境と中央では、話が違うのです。
フォルビア様なんて、もうかんかんです。
放っておいたら、私を悪く言う貴族たちに突撃していくでしょう。
嘲笑されている張本人の私がなだめているぐらいです。
グラジオ様ももちろん怒っていますが、次期辺境伯としてぐっとこらえているようでした。
ただ、一言だけ。
「リリィ。我慢できなくなったらすまない」
と低い声で言われました。
私のために怒ってくれるのは、とても嬉しいです。
けれど、二人が大きな声を出したり、人を殴ったりする場面は見たくありません。
「お二人とも、私は大丈夫ですから……」
そんな気持ちからこう言えば、
「俺が」
「私が」
「「大丈夫じゃない!」」
と、お二人が。
「見事に揃いましたね……」
なんだか面白くて、ふふ、と笑いが漏れてしまいます。
「リリィ、君なあ……」
「私たち、本当に怒ってるんだよ!?」
「……そのお気持ちだけで、私は十分です」
これは、嘘でも強がりでもない。心からの言葉です。
大好きな人たちが、こんなにも私のことを思ってくれるのです。
他者の心無い言葉なんて、二人が向けてくれた優しさが跳ね返してくれます。
以前、グラジオ様を通じて相談を受け、とある貴族の屋敷に足を踏み入れたとき。
私は、そこの主人に怒鳴られてしまいました。
「俺がおかしいっていうのか! だからこの女を呼んだんだろう!」
彼は、そう叫んでいました。
私はたくさんの人に感謝されています。けれど、同時に、疎まれてもいるのです。
私が悪魔を祓うと、その人は元の人格に戻ります。
リリィベル・リーシャンに触られると、憑き物が落ちたようになる。そんな風に言われています。
そうなると、私が会いに来たことと、周囲の人におかしいと思われていることが、イコールで結びついてしまったりもするのです。
闇を祓う聖女様がやってきたら、誰かが自分のことを悪く言っていると思うのも、無理はありません。
結局、その貴族の男性に悪魔は憑いていませんでした。
怒鳴りつけられた上に、悪魔はなし。この時は、流石に少しこたえました。
けれど、このときも。同伴していたグラジオ様が、しっかりと私を守ってくれたのです。
大丈夫だと笑う私を、グラジオ様が抱きしめます。
少し手が触れただけで真っ赤になる人なのに、静かに、ぎゅっと、受け止めてくれたのです。
怒鳴られたり、嘲笑されたりするのは、もちろん嫌です。
ですが、私には守ってくれる人がいます。だから、大丈夫なのです。
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