13 ミュール視点 どうしてこうなった。意外と悪くないから困るんじゃ……。

 悪魔という存在は、最初はみな、大した力のない下等悪魔として誕生する。

 弱った人間の中に入り込み、負の感情や壊れた心を食うことで成長するが、高等悪魔と呼べるほどに育つのはほんの一握り。

 その一握りの存在こそが、我、高等悪魔のミュール様じゃ。


 これまで何人もの人間に取り憑いて、そやつの心や人生を食ってきた。

 食った量も質も、下等な悪魔どもとは比べ物にならないはずじゃ。

 大抵の悪魔は、取り憑いた相手の苛立ちや加害衝動を少しばかり増幅させることしかできん。

 人間の身体を乗っ取れる悪魔など、そうそうおらぬ。

 女の身体を使って恋人を殺してやったときなど、愉快で愉快で笑いが止まらなかったものじゃ。


 じゃが、我ほどの悪魔になると、それくらいでは物足りない。

 もっともっと大きなことをして、大量の絶望を生み出し、食らってやることにした。

 我が目をつけたのは、ルーカハイト辺境伯次期当主の婚約者、リリィベル・リーシャン。

 ただのひ弱な女のくせに、白百合の君などと呼ばれて調子に乗っておる。

 婚約者のグラジオは、リリィベルに心底惚れているようで。

 リリィベルを乗っ取ることができれば、グラジオも我の手足となり、領地はもちろん、アルティリア王国の中枢や隣国へも進出できるじゃろう。


 そう思い、フォルビア処刑直前の、弱り切ったリリィベルに取り憑いた。

 より強く縛るために、逆行を伴う契約まで発生させたのじゃ。

 契約の際に行使した力が大きければ大きいほど、悪魔側が有利になる。

 5年も時を遡らせてやったのじゃ。代償に身体と人生を取られるぐらいは当然のことじゃろう。

 まあ、あの状態で乗っ取っても、我としてもあまりうま味がなかったからの。

 時間を戻してから、ゆっくり時間をかけて我の支配を強めていくつもりじゃったのだ。


 そのはず……だったのじゃ……。


「ミュール。美味しいですか?」

『ああ。グラジオの奴が持ってくる菓子は美味いのう!』

「領主様になるお方ですからね。この地のことはよく知っておられるのですよ」

「買いかぶりすぎだ、リリィ」

「本当のことではありませんか」

「……いや、菓子の店までは、俺一人だったら詳しくならなかったさ。その……君が、好きかと思い……」

「グラジオ様……!」

『あー、茶をくれ。砂糖が入ってないやつ』


 我は今、リリィベルとグラジオに菓子を与えられていた。


 どうしてこうなった。


 馴染んでいる我も我じゃ。本当になにをしているんじゃ、高等悪魔。


 顕現したことで、リリィベルとグラジオに我の姿が見えるようになった。

 リリィベルはともかく、グラジオまでとはの。リリィベルの近くにいることが多いからじゃろうか。

 まず、顕現できる機会そのものが非常に限られておる。悪魔にとっても、謎が多い領域なのじゃ。

 この二人のせいで、我は空飛ぶ猫扱いされ、おやつを与えられる生活をしておる。屈辱の極みじゃ……。



 そもそもリリィベル・リーシャン。この女、おかしいのじゃ。

 リリィベルの身体を使うことができたのは、逆行直後のみ。それも、すぐに主導権を奪い返された。

 それだけでもどうかしているのに、この女、他人に憑いた悪魔まで祓いおる。

 なんなのじゃこの暴力娘。屈強すぎる。





 げんなりしていると、リリィベルとグラジオが覗き込んでくる。


「ミュール? どうかしましたか?」

「やはり人間の食べ物はあまりよくないのか? もっと猫っぽいものがいいか?」

『だーっ! どうもせんわ!』


 グラジオに菓子を奪われないよう、必死に抱え込む。

 そんな我を見て、奴らは「可愛い」「猫ちゃん」とにこにこしておる。


『悪魔じゃと言っておるだろうが!』


 そんなことを言っても、「猫ちゃんが怒ってる」と更に喜ばせるだけじゃった。


『もう、本当になんなのじゃ……。意味がわからんのじゃ……』


 我は高等悪魔のミュール様。

 数多の人間を絶望に突き落とし、その感情や人生を食らってきた。

 可愛い猫扱いなんて、おかしいのじゃ……。

 

 おかしいはずなのに……。


「ミュール」


 二人に向けられる笑顔を、悪くないと思う自分が、確かに存在した。


『我は高等悪魔、高等悪魔なのじゃあ……。猫ではない……猫ではないし、嬉しくもない……』

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