トリニティ

クロレ

第1話偽りの王女

 昔、昔とある大国にて齢十四でその国の頂に君臨する可愛らしい王女様がいました。

 彼女は、気に入らないことがあると癇癪を起こしすぐに近くの者を処刑してしまう暴君でした。独裁政治で民たちは苦しみの日々を送っていました。

 絶対的な彼女の大国で、いつも彼女は独りぼっちでした。





      *  *  *





 八柱の女神が八人の人間に加護を与えた。水・火・風・土・音・光・闇の八つの加護。

 彼らはそれぞれ国を創り治めた。八人の王はそれぞれの女神と同じ色属性を持った。 八国は、平等の力を持ち独自の国となるが争うことを禁じた。

 膨大な時間が過ぎた現在、八つの大国の王は今も女神と同じ色、属性を受け継いでいる。最も女神に愛された人として。


 八王の受けた加護は、魔力となり八王以外の人間にも彼らほどではないが力を持つようになった。

 魔力は大小あるが、誰もが持つ者。八つの属性に応じて色も決まる。

 魔力は魔法、魔術を使うために必要なもの。

 魔法は、自身の体内に流れる魔力を使う術。誰でも扱うことができるが自身の持つ力の量によって扱える質の術がある。力を操るものを魔法師とよばれる。

 それに対して魔術は、自然に漂う魔力を扱う術。その為自身に魔力が少なくとも強い術を使うこともできる。しかし、扱うためにはその術を理解し組み立てなくてはいけないため才能がいる。属性は関係ないが、扱える人数が少ないため大国が保護している。魔術を使うものを魔術師と呼ばれている。



 風の大国。

 使用人よりも早く起きてカーテンを開ける。眩し朝日を浴びて水で顔を洗う。

 衣装部屋から自分が一番可愛く見せてくれるドレスを選んでネグリジェから着替える。ドレスは、昨日仕立て上がったばかりのもの。ドレスに合わせてアクセサリ―と靴を選ぶ。宝石のついたアクセサリーは派手過ぎず、貧相にならない程度に。自慢の金色の髪は櫛を通して自然におろしておく。化粧は濃くならないように、また幼くならないように自然に。

 完成したら、鏡の前に立って確認する。

 鏡に映ったのは、齢十四のフィオナ・ヴィント。


 彼女は、八つの大国の一つ風の大国の女王陛下。

 二年前、彼女が当時十二歳の時。王宮が炎に包まれた。魔術師・魔法師の迅速な消火活動も虚しく多くの者が亡くなった。その中にフィオナの唯一の肉親父・前国王もいた。

 こうしてたったの十二歳の少女王が誕生した。

 この不幸な出来事に国民はこの小さな女王を支えていこうと団結した。

 それに応えるようにフィオナも、悲しむ様子は見せず国のために執務や勉強に育んだ。


 しかし、それは次第に裏切られていくこととなる。


 フィオナは、傲慢だった。

 気にいったものは、手に入れないと気が済まない。我慢ができず、嫌いなこと気に入らないことがあれば癇癪を起こす。

 仕舞にはすぐに処刑するように、

 自分さえよければそれでいい。まさに暴君だった。


 突然父王を亡くした悲しみからと誰もが思っていた。王女だった頃の彼女は下の者を大切にする心優しかったから。

 彼女の行いをいさめようた者もいたが、いつか元の優しい彼女に戻ると思っていた。しかし、その思いとは裏腹に彼女の行いは酷くなるばかりだった。

 今では、誰もが彼女の機嫌をとることに必死で殺せれないように怯えている。


 幼い女王を操っているのは、私腹を肥やそうとする一部の大貴族。

 彼らの存在もありフィオナが暴君となることを加速させていた。


 風の女神の緑色の瞳を宿すフィオナを諫める者はいない。



 王宮内の端には多くの墓石がある。ここには、歴代の王、王族たちが眠っている。

 普段は誰も来ることはないが、手入れだけは行き届いている。


 ドレスが汚れるのもお構いなしに地面に少女が一人うずくなっていた。癖のない金髪も波のように地面に広がっている。


「こちらにいらしたんですね。殿下」


 どれくらいうずくまっていただろうか、突然かけられた声に顔を上げる。

 この国で彼女のことを、女王陛下と呼ぶものはいない。フィオナが国王に即位した日彼女は女王と呼ぶことを禁止したのだ。「まだ、未熟者だからその言葉にふさわしくなるまで取っておいて欲しい」と。だから、彼女は未だに王女様と呼ばれている。


 顔を上げて目の前にいたのは、金髪・目をした騎士だった。黒色の騎士服を着ているので王宮の騎士団所属者のだ。


「誰?」


 見覚えのない騎士に冷たく問う。


「王宮騎士団第一部隊所属のオズと申します。侍女が探しておりましたよ、帰りましょう。」


 オズと名乗った彼はそう言うと、フィオナに手を差し伸べた。

 彼は騎士というより、魔術師や魔法師に見えると心の中で思った。


「なぜ?」


 何故彼に命令されなくてはいけない。

 不機嫌さを隠すことせず、フィオナは眉を顰める。


「もう少しでティータイムでしょう、遅れてしまいますよ」


 オズは、フィオナに対して臆することなく言う。普通の者なら、機嫌を損ねまいと顔色を窺うのにそれな一切ない。


「そう、今頃必死に探しているのね。殺されたくないから」


 知っている、陰でどう言われていることくらい。

 それでも気にしない。だって、私がこの国で一番偉いから。私は悪いことなんて何一つしていない。悪いのは全部、あいつら。私を怒らせるから悪いの


「違いますよ。殿下はこのティータイムを楽しみにしていられるでしょう。彼女たちはそれを台無しにしたくないんですよ。殿下のことが大切だから」


 皮肉を言ったつもりなのに、思ってもいないことを言われて驚く。

 にこにこと裏のなさそうな笑顔は、嘘を言っているようには見えない。彼は知らないのだろうか。それとも、知っていて私の懐に入ろうとしているの


「そうか、お前に免じてもう帰ろうかしら。侍女を困らせる主ではないもの」


 不敵に笑って見せる。お前の命令で戻るのではないと、言うように


 オズに差し出された手を取ることなく、フィオナは立ち上がり王宮に向かって歩き出した。



 翌日。フィオナの執務室。

 文官が仕事をする中、フィオナの前にオズが立たされていた。

 何が起こるのかとビクビクする文官に対して、フィオナはご機嫌に笑っていた。


 バンッ


 乱暴に開けられたドアから入って来たのは、焦った様子のイーライ騎士団長だった。


「何か用があるなら、侍女に行って事前に来ることを伝えなさい。礼儀がなっていないんじゃなくて?」


 皮肉交じりにフィオナは、イーライに言った。


「申し訳ありません。私の部下が呼ばれたと聞きましたので、彼が何かしましたか?」


 イーライは深く頭を下げて言った。

 彼は、暴君のフィオナに唯一諫められる人物だった。それは、単に騎士団長という

 この国の軍部の頂点に立つ彼を裁けないだけ。

 フィオナが何かするたびにイーライがそれを止める。その為、彼らは非常に仲が悪かった。


「何か、したな」


 そうフィオナが言った瞬間、この部屋にいた文官たちは今日の犠牲者はあのオズという騎士かと思った。


「こいつは昨日無礼にも私に命令した」


「本当か、オズ」


 イーライは、オズに審議を問う。どうか否定して欲しいと顔に書いて。


「そうかも、しれません」


 オズの言葉にイーライは顔を青くさせ、フィオナは愉快そうに声を上げて笑った。


「オズ、私の護衛騎士になりなさい」


 予想していなかった言葉にこの場にいる者全員驚いた。誰もが、王女の機嫌を損ねたオズが処刑されると思っていたから

 その言葉を言った張本人は、愉快そうに微笑んでいる。


「駄目です」


 答えなのは、イーライだった。


「騎士団長には聞いていない」


「彼は私の部下です。そういうことは、私に通してください。それに、殿下にはもう護衛騎士がいるではありませんか」


「役立たずのな。オズを私にくれないというなら、今の護衛騎士たちは皆処刑だ。罪名は、王女を守れなかった。どうだ?オズ、お前に貴方に来ているの。私の騎士になる?それとも、他の騎士たちと一緒に死ね?」


 生か死か、二択を問う彼女の様子は変わらない。フィオナにとって他人の死に興味ないのだ。


「それは、」


「謹んでお受けいたします」


 イーライの言葉を遮って、オズが答えた。


 この日、この瞬間フィオナの護衛騎士にオズが加わった。


「だ、そうだよ。騎士団長」


 嬉しそうにフィオナが言った。

 年相応に喜ぶフィオナ。それだけ見ると、ただの少女に見えた。

 イーライは、オズに何も言わず苦虫を噛んだかのような顔をして出て行った。


 その日から、オズを終日侍らせるようになった。

 今までの護衛はここまで一緒にいなかったため、オズに対してだけ特別だった。

 フィオナは終始ご機嫌でいるようになった。





   *  *  *




 フィオナ・ヴィント女王に新たな護衛騎士就任した数日後、軍部の最高峰騎士団長、

 イーライ・ホランが自宅の自室にて遺体となって発見された。

 第一発見者は、彼の一人娘。

 彼女は恐れることなく言った。

「父は、フィオナ殿下に殺せれた」

 と。


 家臣、部下さらには多くの国民から慕われていたイーライの死に多くの者が悲しんだ。

 彼の葬式にはフィオナ女王が参加することな無かった。

 それに対して、色々な憶測がたった。一番言われたのは、ずっと目障りだったイーライを新しく入れた護衛騎士に殺させたと言うものだった。

 その真偽はフィオナの否定によって調査されること無く、彼を殺した犯人は謎に包まれることとなった。


 空席となった騎士団団長の席には、副団長が副団長の席には第一部隊隊長が繰り上がって就任することとなった。

 フィオナはその報告を、ただ黙って聞いていた。


 イーライ団長が亡くなってから半年未だ悲しみに包まれる中、予定通りフィオナの誕生祭の日が近づいていた。

 城下では、フィオナの十五歳の誕生日を祝うために屋台などが出てお祭りとなっていた。が、その雰囲気はどこか重く空元気だった。


 フィオナは、庭園に歩いていた目的の人物を見つけると、お気に入りのピンク色のドレスを少し持ち上げてると、その人物に向かって嬉しそうに走り出した。慌てて護衛であるオズも追いかける。


「ザスク兄さまっ!お久しぶりです、会いたかったです」


 突然目の前に現れたフィオナに驚く青年。

 青い髪・瞳で彼が水の属性を意味しているのが一目で分かる。風の属性を意味する金色が多いこの国にとって珍しい色だ。


 ザークシーズ・ヴァンサは、八大国の内の一つ水の大国の王太子である。

 水の大国は海に囲まれた島国である。その属国も島国が多い。現在の王はザークシーズの母親で、女王が治めている大国であった。

 風の大国と水の大国は非常に仲の良い国同士であり昔から深くお互いに助け合ってきた。


 フィオナとザークシーズは、公には公表されていなが婚約者同士である。

 現在ザークシーズはフィオナの誕生祭に出席するために風の大国に訪れていた。


 フィオナは、周りの目を気にする様子もなくザークシーズに抱き着く。

 ザークシーズはそれに困った素振りを見せるが口には出さず、フィオナの頭を優しく撫でてあげる。


「久しぶり、フィー。元気だった?」


「はい!ザスク兄さまお願いがあるのですが、今日のエスコートをお願いできませんか?」


 上目遣いに不安そうに問いかける様子は、普通の女の子だ。

 ザークシーズは当たり前だよと、言うように頷いた。その答えに、フィオナは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。



 日が沈み月の光が暗闇を照らし出し始めた時刻、夜会会場にはフィオナ女王の誕生日を祝うために風の国の貴族、属国である王侯貴族、そして他の大国の使者たちが集まっていた。

 ざわつく会場内にザークシーズ・ヴァンサにエスコートされて登場したのは今夜の主役、フィオナ・ヴィント。


 フィオナは、今夜のために半年前から試行錯誤してきた衣装に身を包んでいた。自身の髪色に合わせた黄色のフリルのあしらわれた最高級の生地を使ったドレス。少女らしさが出された裾のフリルとリボンとは対照的に胸元は大胆に開かれそれは下品にならず、大人っぽさが出ている。

 靴は、ザークシーズの身長に会うようにヒールの高いもの。

 装飾品は風の国の国宝。蒼色の宝石は、彼女の瞳と同じでより一層彼女を引き立てる。

 自信満々の様子は、まさに王者の風格が出ている。


 ざわついていた会場内は、とたん静かになった。誰もが彼女の美貌に圧倒されたのだ。


「今日は私のためにお集まり頂きありがとうございます。どうか楽しんで行ってください」


 フィオナの挨拶が会場全体に響きわたる。それが合図だったかのように音楽が開始される。

 フィオナとザークシーズが会場の中央に出てダンスを始めると誰もが彼女たちに釘付けとなる。

 ザークシーズと踊るのが楽しいと前面に出したフィオナは、誰よりも輝いていて彼女を完璧にエスコートしているザークシーズ。彼女たちのダンスは欠点のない完璧なダンスと言える。


 この夜会誰よりも楽しんでいるのは、主役のフィオナ自身だった。

 楽しくザークシーズといられる日はたったの一日で消え去った。


 フィオナの誕生祭翌日。まだ、誕生祭の余韻が残るフィオナの元に訪れたのは、ザークシーズだった。

 ティータイム中のフィオナはザークシーズの訪問に喜んで応じた。

 しかし、ザークシーズの服装に怪訝そうに眉を顰めた。ザークシーズは風の大国に来た日と同じ正装をして従者と共に現れたのだ。


「ザスク兄さまどうかなさいましたか?」


「フィオナに言わなけれがいけないことがあるんだ」


 そう言うザークシーズの表情は硬く暗い。


「何ですか?まさか兄さまの悪口を言う愚かな奴がいるとか?だとしたら私がその者を処刑」


「フィオナっ!!そんなことしなくていい。」


 フィオナの言葉に被せ声を荒げたザークシーズに驚いて固まるフィオナ


「ごめん、でも何も罪のない人を罰してはいけないよ」


「何故です?王族に対して悪口を言うのは立派な侮辱罪ではないですか」


 ザークシーズの言ったことに意味が分からないと言うように反抗するフィオナ。そんな彼女に対してザークシーズはため息をついた。


「たとえそうだとしても、そんなこと一々気にして罰するのは暴君のすることだ。フィオナ君は賢い女王になるんだろう、もっと寛容にならないと皆フィオナから離れて行ってしまうよ」


「それは嫌よ。私はお父様のような国王になるのだから」


 少し頬を膨らませて言うフィオナにザークシーズは頭を撫でてあげる。


「それで、話とはなんなのですか?」


 フィオナとザークシーズは対面に座り、侍女に入れてもらった新しい紅茶を一口飲んで問いかけた。


「婚約を破棄、して欲しいんだ。母にはもう言った。好きにしていいと言われたよ。幸いこの婚約はフィオナが成人になるまで仮のもので正式のものじゃない。」


「何故ですか?」


 俯いているためフィオナの表情は分からない。声色は硬く何かを耐えていのだろう。


「好きな人がいるんだ。僕はその人と生涯を共にしたい」


 何も言わないフィオナ。


「僕はこれで国に帰るよ。さようなら、フィー」


 一人にした方が良いと思ったザークシーズはそう言って自国に帰っていった。この選択が最悪の状況を引き起こすとはこの時は分からない。


 独りになったフィオナは、ザークシーズに言われた言葉を頭の中で何度も繰り返していた。


 婚約破棄

 好きな人がいる

 生涯を共にしたい


 さようなら


「なんで?

 どうして?

 私がいるのに、どうして他の女を?

 私は、捨てられたの?

 なんで?なんで?ざすくにいさまぁ」


 ぽろぽろと次々に流れてくる涙。わんわんと泣きじゃくる姿は暴君ではなくただの少女。


 悲しくて、寂しくて、どうすればいいのか分からない。

 いかないで、と縋りつきたいけど涙が溢れてそれさえできない。

 皆いなくなって、残ったのは彼だけだったのに彼は私を捨てた。

 これからどうすればいいの?どう生きていけばいいの


「姫様」


 ようやく落ち着き始めたフィオナに話しかけたのは、宰相のベルジュ侯爵だ。

 ふくよかな体系の中年男性で、フィオナ女王を操る一人。


「お可哀想に、ベルジュはいつでも姫様の味方ですぞ。これは小耳に挟んだ話しなのですが、どうやらザークシーズ王太子の想い人は隣国の光の属国の貴族の娘みたいですぞ」


 ニヤニヤと何やら企んでいるような笑みを浮かべてフィオナに悪魔のように囁く。

 泣きはらして空虚の中にいたフィオナがここで初めてベルジェを見て首を傾げる。まるで、どうすればいいのか分かるだろう隣国を潰せと言うようなもの言い。しかし、彼の言葉の裏に隠された本音に気が付かないフィオナはそれをそのまま受け取る。


 兄さまの想い人が隣国にいる

 隣国に

 あぁ、そうだわ。殺してしまえばいいの、そうすれば兄さまは私の元に帰ってくる

 目障りなものは消しれしまえばいい。ベルジュが教えてくれたことじゃない


「殺せ、ザスク兄さまを奪った女を」


 いいえ、そればけじゃ駄目。また、ザスク兄さまを奪われるかもしれないわ。消すのなら徹底的にしないと


「隣国の女全員殺して滅ぼせ」


 この場にいた者の反応は二つ。

 一つは、戦争が始まったと恐怖するもの

 もう一つは、戦争が始まり喜ぶもの


 これで、いいの


 その後、すぐに風の大国と光の小国の戦争が開戦した。

 魔術師・魔法師も駆り出されたこの戦い。圧倒的戦力を持っているはずの風の大国がすぐに勝ち終わると思われていたこの戦争は意外にも長引いていた。禁忌を犯さないためと傍観を決めている光の大国は参戦していない。もちろん他の大国も。にも拘わらず風の大国は苦戦していた。

 戦争が長引くごとに国民の税金が増されていくばかり。

 民の生活は苦しくなり、スラムが増えていった。戦争で家や親を失い孤児が急増。また、死者も増加していく事態となった。


 そんな民の状況を知ってか知らずかフィオナは今日も笑う。

 豪華な食事、高価なドレスに宝石。ティータイムにはパティシエに作ってもらった美味しそうなお菓子やお茶。そして、執務は全て大人の言いなり。

 フィオナの行いを咎められる者などもういない。彼女の周りにはもうその行いを許し、戦争を唆した大人ばかりとなった。

 もし、ここでフィオナの意見にするものがいればその者はすぐさま殺されているだろう。しかし、そんなものはいない。誰もが殺されたくないと思っているから。

 もしかしたら、この場に前騎士団長がいればこんな戦争起きなかっただろうと、誰もが心の中で思っていた。



 * * *

      

    

 真夜中。月明かりに照らされた少女が一人、ベランダに出て座り込み祈る様に胸の前で手を合わせて目を硬く閉じていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 何度も謝る少女。

 そう様子は苦しそうで、今にも泣きだしそうだ。


「もうすぐだから、    」




 * * *



 開戦から二年、漸く終戦に向かいつつあった。そんな中、風の大国ではある噂が流れていた。

 それは、フィオナ女王に対する革命軍を名乗る反乱勢力がいる、というもの。

 フィオナを恨む者は多い。何時反乱が起こってもおかしくはなかった。それが今回の戦争でフィオナの行いに耐えられなくなったのだろう。

 今はまだ噂程度の小さな勢力もいつかは大きくなる。反乱勢力が巨大になるのには時間はかからない


 そんなことは知らず、フィオナは執務室で詰まらなそうに書類に印を押していた。

 そこにベルジュが入って来た。


「光の小国の王が降参してきました。そう言うことではないのです。あいつらは、姫様の大切な」


「なに?まだ戦争をしていたの?あぁ、だから最近お菓子が質素になって来たのね。もうやめて。戦争なんてしたらお菓子も美味しく食べられなくなってしまうわ」


 ベルジュの言葉を遮り、フィオナは言った。

 彼女のせいでこんな戦争が始まったのに、そんなこと忘れたかのように軽く言った。しかも、終戦理由はお菓子のため。自分勝手すぎる言動。しかし、それを窘める者はやはりいない。皆黙って従うのみ。

 ベルジュは苦虫を噛んだような顔で頷いた。彼としてはまだ、戦争でお金を稼ぐために終戦したくない。しかし、たとえ操り人形の小娘だとしても彼女は女王、従う振りくらい見せないと殺される。それだけの権力を彼女は持っているのだから。


 こうして二年も続いた戦争は終わった。

 戦地から帰って来た兵士はボロボロ。戦勝国である風の大国の被害も多大。本来兵士に与えられるはずの報酬はない。光の小国から金品はもらえず、加えてこの戦争で国庫はそこをつき始めたためである。

 そのことはすぐさま国民に広まった。

 そのことが発端だったのか、それとも積もり積もった怒りが抑えられなくなったのか、とうとう反乱勢力が動き出した。

 彼らは自らを革命軍と名乗りフィオナを女王の座から引きずり下ろすことが目的だった。


 革命軍はあっという間に城下へと勢力を広めていった。


 そして、その日は訪れる。


 革命軍が城内へと侵入してきたのだ。

 彼らを止めようとする者は誰もいない。

 それもそうだ。粛清されたくない貴族は逃げ、フィオナを恨み恐れていた城内で働く者たちは彼女を裏切り革命軍に加担したのだから。


 誰もフィオナを助けようとする者は誰もいない。


 その日、フィオナは自室にひとりでいた。女官は下がらせ、護衛騎士は当分戻ってこれないような使いをだした。

 外が騒がしいことにはすぐに気が付いた。

 バタバタと騒がしく走る音。パーティーや重要会議前で騒がしくなってもここまで音は立たない。それは皆、フィオナに忙しいことを悟られないようにしていたためだった。


「お逃げください」


 ドアの向こうからそんな声がした。それは、フィオナに向けてかそれとも誰か他の者に向けて言われたものなのか定かではない。


 フィオナは、クスと小さく笑いソファから立ち上がった。

 衣装室に行き持っている衣装の中で一番高価なドレスに着替える。肩まで大きく開かれ胸元にはリボンがあしらわれている。腰の位置で広がる裾にはフリルが付いている。美しい金色の髪は高い位置で赤いリボンで結ぶ。蒼い宝石のついたピアスとネックラス。高さの出るヒール。全て特注で作らせたものだ。

 鏡に映ったフィオナは女王らしく威厳があり美しいが、今の状況には場違いの姿だ。

 フィオナの表情は、覚悟を決めていた。


 昔、教えてもらった部屋からつながる通路を通り向かう。

 王族でないと知らないこの通路にはさすがに誰もいない。


 フィオナが来た場所は玉座の間。ここにはまだ誰も来ていない。

 ホールの奥に置かれた玉座、そこに座る。

 次第に声が大きくなる。


 あと、もう少しよ。

 そう何度も心の中で繰り返す。


 バンッ


 来た。


 大きい音を立てて開かれたドアの方には武装された革命軍。彼らからは、フィオナに向かって殺意が放たれている。それがひと際強いのは、彼らの中心にいる騎士団団長の着ることが許される団服を身に着けた真っ赤な髪の女性。

 彼女にはその服は全くに合わない、と場違いにもフィオナは思ってしまった。

 恐らく、彼女がこの革命軍の首謀者だろう。そして、イーライ・ホランの一人娘。彼女は、フィオナに向かって矛先を向けると


「暴君フィオナを捕まえろ」


 と、高らかに言った。

 そして、戦う術を持たないフィオナは簡単に彼らの手によって捕らえられた。


「手を離しなさい、この無礼者っ!」


 今日この日で、フィオナのために作られた王国は脆く崩れていった。



















   *  *  *


















 フィオナ・ヴィントの公開処刑前夜


 暗い牢屋の中を照らすのは月明かりのみ

 そこには質素な服を着た偽りの王女。

 彼女は静かに悲しそうに、そして願いが叶ったかのような満ち足りた笑みを浮かべて月を見上げていた。


 ギィ


 少し錆びついた重いドアが開かれる。誰も来ないはずなのに誰かと思い、そちらを向く。

 彼女の前に来たのは騎士だった、ホムンクルス。

 彼は問う


         君の願いは?            

                         」

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