異世界産悪役令嬢が現代の猫(♂)に転生した話

斗貴

プロローグ

 “事実は小説よりも奇なり”――という言葉が存在する。


 時として現実は、フィクションの混ざった架空のお話なんかよりもよっぽど奇々怪々なのだという言葉だが。


「ネタを.......ネタをくれえ.......」


 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花――美人を表す代名詞だが、この言葉がよく似合う美女がこの桃野紫苑という女である。

 そして、 “ただし黙っていれば”と追記が入る、残念な部類の女である。


 普段派遣社員として働く傍ら、同人作家として活動する彼女は、常にネタを求めていた。

 そりゃあもう雨の降らない砂漠で雨を希うくらい、熱烈に求めていた。


「誰か.......何か.......ネタを恵んでくれぇ.......そのためならおら、腹切るぞお.......腹踊りでも可.......」


 一人暮らしなのをいいことに、とんでもないことを口走る紫苑。

 所謂残念な女の所以の一端である。


 ――プルルルルル.......。


 紫苑が机に突っ伏してうだうだしていると、スマホが鳴り出す。


 画面を覗き込めば、さっちゃんと相手の名前が出ている。


 さっちゃんこと、小泉さよりは、紫苑の中学時代からの親友である。


「なに、さっちゃん、なんか面白いことあった.......?」

『◎△$♪×¥●&%#?!』


 電話口の第一声は、奇声に似た悲鳴であった。

 そのあまりの音量に、紫苑は思わずスマホから耳を遠ざけた。


『しーちゃん、ねねね、ねこ、猫!』

「あーそういえばさっちゃん、念願の猫を飼い始めたって言ってたよね。なに、引っかかれたの?」

『ちが、ちがう! 猫が、猫が!』


 茶化すように紫苑がそういえば、電話の向こうでさよりが狼狽しながら必死に声を紡ぐ様子が伝わってくる。


『猫が! 猫が喋ったの!!』

「へ?」


 こいつ、さては寝ぼけて現実と夢を混合してるな? と、初見で思い訝しげにスマホを睨む紫苑。

 しかし、いや待てよ、と疑問を抱いたのはすぐだった。


(さっちゃんは朝に強い。目覚ましなんかなくともなぜか時間通りに、なおかつすっきり起きられる子だ。それに性格も生真面目であり、冗談でそんなことを言うとも考えづらい.......)


 珍しく冴えた推理をして、それらしく顎に手を添えて、スマホを再度睨んだ。


「..............面白そう」


 真偽はともかくとして――なにやら面白そうな気配を感じ、紫苑はニヤリと意地悪く笑った。

 ここまで狼狽した親友を気の毒に思ったり心配する様子は、清々しいほどない。


「そりゃてぇへんだ! 今からそっち行くから待ってて!」


 紫苑は満面の笑みで、いそいそ出かける準備をして、部屋を飛び出した。



 ――この突拍子もないこの電話が、後に“事実は小説よりも奇なり”な出会いのきっかけになろうとは、この時、紫苑はまだ知らない。

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