深緑の眼は惹かれる ⑤
テストも終わって本格的に夏が来た。水筒に麦茶をいくら入れてきても足りないくらいに喉が渇き、自動販売機に人が集まる季節だ。そんななかそろそろ夏休みに入るため宿題がある程度出される。
夏休みは嬉しいけれど宿題がなぁ、などとちょっと憂鬱な気持ちで授業を受けて放課後になるのをいまかいまかと待ち望む。そうして最後の授業が終わり帰宅時間になった。
「終わったー、奈緒一緒にかえろー」
「いいけれど、アサヒちゃん今日部活はいいの?」
「今日はコーチいないから部活休みなんだ。駅まで一緒に行こう」
そんな会話をしながら教室を出て駅までの道を歩く。テスト結果のことやいま見ているバラエティー番組の話をしていたらいつの間にか駅に着き、電車を待つ。
そして電車を待ちながら今度ある花火大会について話をしていた。そういえばアサヒちゃんは誰かと一緒に行く予定とかあるのかな?そんなことを聞こうとした瞬間、私のスマホが震えた。
「ごめんアサヒちゃん、ちょっとスマホ見るね」
「いいよー、気にしないで」
アサヒちゃんにOKをもらいスマホを見ると、そこには西野くんからメッセージが届いていた。どうしたんだろう?そう思いながらメッセージを読むと「花火大会一緒にいかない?」といった内容が書かれていた。
「何か緊急の連絡だった?」
「ううん、ちょっと花火大会のお誘いがあったんだ。ねえ、もしよかったらアサヒちゃんも一緒にどう?」
「え!?いや、えっと…、ごめん!私実は和也を誘って二人で行こうかと思っているんだ!だから…」
「そうなの?それならしょうがないね。楽しんできてね!」
まさかアサヒちゃんが和也くんと二人で行くなんて…。しかもアサヒちゃんから誘うってことはつまりそういうことだよね?それじゃあ邪魔しちゃ悪いよね。それにしても和也くんか、確かに彼兄貴肌でいい人だもんね
そこからあまり深くは追及せず、別の話で盛り上がり最寄り駅についたところで別れた。そうして家について手を洗い、着替えをした後西野くんに先ほどのメッセージを返す。
「誘ってくれて嬉しいよ、ぜひ一緒にいこう…っと」
送信!するとほとんど間をあけずにメッセージが返ってきた。なんだか普段より返信が早いような…。そうして何度かやり取りをして花火大会の待ち合わせ場所と時間が決まった。
あとは当日になるのを待つだけだ。それにしてもあの西野くんが誘ってくれるなんて、なんだか嬉しいな。なんというか、誰にもなつかない猫がなついてくれたような達成感がある。
そうして月日はたち、夏休みになり花火大会当日を迎えた。私はくすんだ水色のサマーニットに、くすんだ水色に白のチェックが入ったスカートを着て、栗色の髪の毛はいつも通りハーフアップをして水色のバレッタをつける。姿見でおかしなところがないかチェックして、玄関で白のサンダルを履いて玄関を出る。この時間なら待ち合わせ時間にも間に合うな。電車に乗ると同じく花火大会に行くのか浴衣姿の男女を見かける。
浴衣か、着ようかと思ったけれど私着付けできないし、浴衣も持っていないから私服にしちゃった。まあ別に恋人同士で行くわけでもないからいっか。そんなことを考えていると最寄り駅についた。
「駅に着いたよ…っと」
西野くんにメッセージを送り、駅の中にある大きな時計の下で待つ。それにしてもすごい人だな、ちゃんと合流できるといいけど。
「早川さん!」
後ろから声が聞こえたため振り返ると、そこには浴衣を着た西野くんがいた。あ、これ私も浴衣着てきた方がよかったかな?
「西野くん、合流できてよかった。浴衣似合ってるね」
「あ、ありがとう。そうだね、すごい人だからどうなるかと思ったよ」
西野くんは私の姿を見てなんだかちょっと残念そうな顔をした。やっぱり浴衣着てくるべきだったか。でも今更言っても仕方がない、花火大会を楽しもう!
「え、と…じゃ、じゃあ行こうか。何か食べたいものとかある?」
「うーん、そうだね。わたあめとかあったら食べたいな」
「わかった、行こう」
そう言って西野くんは花火大会の周りにある屋台まで先導してくれる。そんな彼の後をついていき、私はわたあめと飲み物を買う。西野くんはラムネと焼きそばを買っていた。食べ物と飲み物を買ったことだし、花火を見る場所確保しないと。
「早川さん、実は花火が良く見える穴場があるって話なんだけど、よかったらそこ行かない?」
「穴場?いいね、行ってみよう!」
そういって歩き出す彼の後ろをついていきながらなんとも言えないむず痒い気持ちになる。なんだか西野くん、すごく張り切っているような…?事前準備もすごいしてるみたいだし。
「ここ…ってこれは」
「あらー、これはすごいね」
西野くんに先導されてついた場所は、少し広い公園だった。しかしそこはどうやらいろんな人に知られていたらしく、たくさんの人がシートを引いて座っていた。これはもう座れるスペースはないな、なんて考えていると西野くんはしょぼんとした顔をしていた。
「だ、大丈夫だよ!立ってみる場所くらいはあるし、ここで見ようよ、ね?」
「うん…、そうだね。食べるとき荷物邪魔なら持つから言ってね」
「ありがとう!」
そうしてお互い買ってきたものを食べながら花火が上がるのを待つ。あ、手が汚れちゃった。カバンの中からティッシュを取り出そうとしていると、西野くんがあるものを差し出してきた。
「よかったらこれ使って。ウェットティッシュの方が綺麗に拭き取れるし」
「あ、ありがとう…、でもこれ、ウェットティッシュじゃなくてボディシートだよ…」
「え!?」
西野くんが慌てた顔をして確認すると、そこにはボディシートと小さく書いてあった。おそらくシンプルなパッケージに小さく文字が書かれていたから勘違いしてしまったのだろう。
ショックを受けたような顔をした彼が見ていられなくて、なんとかフォローしようとする。
「ティッシュでも拭き取れるから平気平気!気を使ってくれてありがとうね」
「う、ううん…。なんかこっちこそ気を使わせてごめん」
私の言葉にちょっと気持ちを持ち上げたようだが、やはり顔はちょっと暗い。そんな気持ちを吹き飛ばすかのように大きな花火が上がった。
「ほら、はじまった!見よう見よう」
「うん、そうだね」
そう言って花火を見ながら買ってきたものを食べておしゃべりをして過ごす。お互い目線は花火に向けながら昔の花火の思い出やこの夏の予定を話す。その話をしていたらいつの間にか2時間たっていた。
なんだかあっという間だったな…、でも楽しかった!誘ってくれた西野くんに感謝しなくちゃ、なんて思い西野くんの方を向くと、彼はどこか落ち着かないような様子で目線を泳がせていた。
「西野くん?」
「へぁ!?う、うん?な、ど、どうしたの?」
「いや、どうしたのはこっちのセリフなんだけど…。どうかした?なんだか落ち着かないみたいだけど」
その言葉を聞いた西野くんは口をパクパクさせて声をつまらせる。なんだか本当に様子がおかしいな、何か私へんなこと言ったとか?
「は、早川さん!!」
「え!?はい」
いきなり大きな声で名前を呼ばれて思わず敬語で返事をしてしまう。なんだか声も裏返っているし、本当にどうかした…
「好きです!」
「へ?」
その言葉に思わず思考が停止して私も声が裏返ってしまった。好き?すき?その言葉を理解するのに少し時間がたってしまい、頭が働いたころには周りからの目線がすごかった。
そうだ、ここ人がたくさんいる公園だった。あまりの恥ずかしさに、とにかくここから逃げ出したくなったため西野くんの手を引いて公園から出る。
「西野くんごめん、とにかくここ離れようか」
「え?あ、ご、ごめん!!とにかく必死で…そうだね、行こう」
西野くんも状況に気が付いたらしく、少し足早になりながら公園から離れようとする。二人とも人込みにもまれながら無言で駅を目指す。なんか今になってさっきの西野くんの言葉が思い出してきて恥ずかしくなってくる。さっき私告白されたんだよね?え、なんで?というかいつの間に?なんて考えていると西野くんに話しかけられた。
「さっきはごめん、びっくりしたよね」
「え、ああいや…。謝られることではないんだけど」
「でもさっきの言葉は嘘じゃない。本気だ」
そういって私の眼をまっすぐ見つめてきた。熱のこもったその目線に胸が高鳴り、顔が熱くなるのがわかる。
「俺、人見知りだしあまりこういうことに慣れてないからうまくリードできないこともあると思う。でも本気なんだ、だからまず俺のことを意識してほしい」
そして西野くんはすぐに告白の返事をしなくてもいいよといってくれた。そのままなんとも言えないむず痒い空気のまま駅につき、またねといってお互い電車に乗った。最後、目線合わせられなかったな。いつもなら目線合わせられないのは西野くんの方なのに、今回は私が恥ずかしくて眼をうろうろさせていたな。そんなことを考えながら満員電車に揺られながら最寄り駅につくのをぼんやり待つ。
「ただいまー」
家についてお風呂に入り、髪の毛を乾かしてベットに横になる。西野くん…、私は西野くんのこと弟のように思っていた。自分に似たところのある弟みたいな存在、だと思っていたのになんでこんなにドキドキしているんだろう。自分の気持ちがわからず、思わずベットの上でクッションを抱えて転がり回る。私、今日は眠れる気がしない…。そう思いながらもとりあえず部屋の電気を消して目を閉じる。
眼を閉じて頭に思い浮かぶのは、あの時の真剣な眼をした西野くんの顔だった。
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