鈍感女戦士さん、意識する。
熊倉恋太郎
初恋の人に「嫌い」と言われた
「俺はお前が嫌いだ。分かったらさっさと退がれ」
私の耳に残るその言葉は、今日の昼にダンジョンで言われた言葉だ。
「何よあいつ。私にだけそんな言葉を言って! あぁ〜〜っ! 思い出したらムカついてきた!」
酒場のテーブルで、ヤケになった私はジョッキになみなみと注がれたビールを一息に飲み干した。こうしたい気分だったからだ。
今日の昼、ダンジョンの中に突然巨大なムカデのようなモンスターが現れて、そいつに私が殺されそうになった。
その時、まるでヒーローのようにやってきたあいつは、私を背にかばってくれるのかと思いきや「帰れ」なんて言ってきた!
ギルドでは女子供には誰彼構わず優しいって聞いてたのに、実際に話してみたらこうよ。
「絶対、あいつより強いモンスターを討伐して、あいつを見返してやるんだから」
私が決意を固めていると、隣から話しかけてくる声がする。
「まあまあ、高い目標を掲げるのはいいけど、無理はしないでね。今日のあのモンスターだって、今の私たちだったら絶対に倒せないわよ」
「ううぅ、それは分かってるけどさぁ……」
私をなだめてくれるのは、私の唯一の仲間だ。私の昔のことも知っている、幼馴染のような存在。
女同士ということもあり、こうして気兼ねなく愚痴を言い合える仲にまでなっている。
「大体、あなたは突撃しすぎなのよ。モンスターを倒して、早くランクを上げたいのはわかるけど、もっと賢いやり方があるんじゃない?」
……幼馴染が正論で私を殴ってくる。
だらしなく机に突っ伏す私を見下ろして、手に持って避難させたビールを飲んでいる。あまりお酒を飲まない彼女にしては珍しく、かなり酔っているようだ。
「身のこなしはかなり良い線いってると思うけど、敵の弱点もわからない、高く売れる部位もわからない。武器だって、お金が無くて10年もののオンボロレイピアをいつまでも使って、そんなんじゃ勝てる戦いも勝てないわよ?」
「……お金が無いのはしょうがないでしょ。この仕事って意外と出費が多いんだから……」
私が独り言を言ったのも、耳のいい幼馴染は見逃してくれない。
「お金が無いお金が無いって、上手く敵を捌けない自分の問題よ。それに、お金を貯めるまでもなく使っちゃうじゃない。最近は美容に凝ってるのかしら?」
「なっ!」
「なんでバレてるのかって? そんなの誰でもわかるわよ。モンスターを倒すために洞窟にも潜ってるのに、どうしてそんなにお肌がキレイなのかしらね」
伸ばした腕の中に顔を埋める。熱くなってきた顔に、冷えた木のテーブルが心地いい。
「初恋の人なんでしょ、今日助けてくれた彼」
私は、とても小さく頷いた。
そうなのだ。彼は、私の初恋の相手。21にもなってまだ恋もしていなかったのかと言われてしまいそうだが、実際そうなのだから言い訳のしようも無い。
「あの日は私もいたからどんな経緯で好きになったのか知ってるけど、そんなに頑張らなくてもいいと思うよ」
「……私がCランクで、彼がAランクだから?」
拗ねたような口調になってしまっているのが自分でわかる。
「それもあるけど、そうじゃなくて」
「それってどういう……?」
私が聞き返そうとすると、彼女は「店員さ〜ん! ビールおかわり〜!」と叫んだ。
ベロベロに酔ってしまっている。こんな風に大声を出すことなんて滅多に無いので、私も驚いてしまう。
カラになったジョッキを片手に、私の頭を空いた手で叩いてくる。
「いたい痛い」
特に痛くはないが、そう返してしまう私。急に叩かれた私は、訳もわからすなすがままにされている。
そろそろ叩いてくる理由が知りたい。けど、酔っ払いに理由なんて求めてもしょうがないし。そんな風に考えていたら、ちょうどよく理由を教えてくれた。けれどそれは、私の予想を大きく外れてきた。
「初恋が叶う人なんて、世界に何人いると思ってるのよ……うらやましい」
「え……うらやましい?」
一体、何を言っているんだろう。私は初恋の相手に嫌われていて、それを相手からはっきり言われたのに。
「ええ、うらやましいわよ。あんなに特別扱いしてもらって……私だってあんな風に男から想われてみたいわよ!」
ぎゃーす! と大声を上げる彼女の顔を、じっと見てしまう私。
「なによ。私の恋は5年前に終わってるのよ」
「そうじゃなくて! えっと、特別扱いって、なに?」
私は、さっきの言葉で気になったことを聞いた。
すると彼女は、地の底から響いてくるほど深ぁい溜め息を吐いて私をバカにするように言ってきた。
「特別扱いって、その『嫌い』って言葉がもう既にそうじゃない。あの人って誰にでも優しいんでしょ? 実際、私も攻撃的な言葉を言われたことなんて無いし」
「だからそれは! ……私のことが、それだけ嫌いなんでしょ」
「あのねぇ、嫌いな相手に『あなたのことが嫌いです』なんて言える人が、いると思ってるの? まあ、中にはそんな人もいるかもしれないけど、少なくとも彼はそんな人じゃ無いわよ」
私は、目からウロコが落ちた。
「自己評価が低すぎるのよ、あなた。周りからどう、とは言わないけど、気になっている人からどう見られているかぐらい、気にしてみたらどう?」
そう言われて、改めて考えてみた。
確かに、今日はダンジョンの奥まったところまで行っていた。周りに私たち以外の人は全くいなかった。
出てくるタイミングも変だった。私はそのモンスターに攻撃されていない。驚いて腰を抜かしてしまい、動けなくなってしまっていたのだ。ダンジョンではよく地面からモンスターが出てくる。そんなよくある出来事の一つに、Aランクの彼が運良く駆けつけてくれるだろうか?
それ以前のことも、考えれば考えるほど偶然とは思えなくなってくる。まるで彼が私のことを待っているかのようなこともあったし、憎まれ口を言われた後に『しまった』と言いたそうな顔をしていたこともあった。
「なんか……暑くない?」
「暑くない。そう思うんだったら、冷たいビールのお代わりでももらったら?」
ちょうど近くを通りかかった店員さんに「おかわり、ください」とジョッキを渡した。
明日からは、もっとがんばろうと思った。
鈍感女戦士さん、意識する。 熊倉恋太郎 @kumakoi0606
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