(NEW)第32話 こんな罠には釣られにゃいんだからねっ!

 仮想異界域01突入から約五分ほど経過し、今は飛行できるアイのデモン。


 メアリーちゃんが索敵役として、周囲の様子を探りながら私たちを先導してくれている。


「止まるにゃっ。 あそこに何かいるのにゃ」


「どこ…? 」


「もっと上にゃ、上」


「いたっ! ほら、アイっ。 なんか雪だるまみたいなの、あそこっ」


 五メートルほど先にある廃墟ビルを模した三階建ての建物。


 その割れた二階の窓から、こちらの様子を窺ってる敵の姿が確認できた。


「ホントだ…! でも、あんなところで…何をしてるんだろう? 」


― 着信を確認 ―


「あっ」


「先輩から? 」


「うん…出るね」


 召喚デバイスに届いた先輩からの通知に気付き、マイクをオンにしアイにも話が聞こえるようにオープントークモードに切り替える。


「もしもし? 最川先輩ですか? 」


「ええ、私よ。 どうやら一つ目のチェックポイントに到達したようね」


「チェックポイント? 」


「異界域攻略において重要な事を体験しながら学ぶために用意された場所のことね。 ちなみに、チェックポイントにいる間は召喚力カウンターも一時的に停止しているから焦らず、しっかりと話を聞いてちょうだい」


「わかりました! 」


「はいっ」


「さて、突入から約六分。 こちらから貴女たちの様子をモニタリングしていたけど。 ちゃんと、高低差のある場所でも敵を事前に発見できたみたいね、流石よ」


「えっへん、あにゃしのお陰にゃっ」


「ありがとね、メアリーちゃん」


「にゃふふ~」


「一応紹介しておくと彼女は私と契約しているデモンで、ユキノメというわ」


「ユキノメちゃん…」


「最川先輩のデモン…! 」


 今は雪だるまみたいな見た目をしている彼女も、もしかするとブラウさんみたいに力をセーブしていて…本来は別の姿をしているのかもしれない。


「あっ、こっちに手を振ってくれてるよ」


「ふふっ、おーいっ」


「にゃ! 油断しちゃダメにゃ! 今は敵同士にゃよっ」


「そうよ、二人とも。 メアリーちゃんの言うとおり、今は訓練中。 なかにはああやって友好的なふりをしてくる敵もいるから気を付けてね」


「は、はいっ」


「気を付けます…! 」


「……さて、それじゃあ。 ビルの中にいる敵を発見した貴女たちに質問よ。 敵とその周囲を観察して、何か他に気付いたことはあるかしら? 」


「えっと…。 窓が割れてて…ビルの壁にも亀裂が幾つも入っています」


「うん…今にも崩れてきそうで、ちょっと怖いかも…」


「よく観察出来てるみたいね。 このチェックポイントで学ぶのはトラップの発見とその対処法よ」


「トラップ? 」


「ゲームとかでよく聞くあれですか? 」


「そうね、異界域には私たちマスターの行動を阻害する様々な仕掛け…トラップがあるわ。 敵は天使や悪魔だけじゃない、異界域そのものも時に貴女たちの敵になるのよ」


「……! 」


「あの廃墟ビルはトラップの学習用に作られたものだから、このまま貴女たちが何の対処もせずに近づいて行くとビルの崩落に巻き込まれることになるわ」


「えっ…ほ、崩落って…! 」


「そんなの、私たち死んじゃいますよ…! 」


「いいえ。 幻異武装を装備したマスターであれば耐えられるわ。 貴女たちが身に着けている防具は一見して頭など保護していないように見えるけれど、幻異武装は肉体そのものを強化するから三階建てのビルに巻き込まれるくらいじゃ死にはしないわ」


「あにゃしも、それくらいじゃやられにゃいにゃ」


「ただし、異界域であのビルの崩落と同規模のギミックに巻き込まれた場合。 今の貴女たちでは耐えられない可能性が高いわ」


「どうしてです? 」


「そうね…質問に答える前に、少し話は逸れてしまうのだけれど。 貴女たち、疑問に思ったことはない? どうして日ノ照の国土を脅かす天使や悪魔に対して軍じゃなく叢雲が対処しているのかって」


「それは…」


「考えたことは…あります」


「実をいうとね、天使や悪魔に対してアースターの兵器がまったくの無意味というわけではないの」


「それじゃあ…! 」


「ただ、効果がとても薄いのよ。 たったの数発で国一つを滅ぼせるような兵器を使ったとしても、強力な個体の天使や悪魔であれば軽傷で済むか…最悪怯む程度で無傷もあり得るわ。 もしも奴らに、この世界の兵器で対抗すればあっという間にアースターは死の星になってしまうでしょうね」


「そんな…」


「けれど、マスターのみが扱える幻異武装は違う。 アースターの兵器では効果が薄い天使や悪魔に対しても、有効打を与えられるわ。 でも…それは、逆も同じことよ。 幻異武装を身に着けたマスターは、車に撥ねられても銃で撃たれても死にはしないけど。 天使や悪魔の攻撃は致命傷になり得るし。 草木も物も大気も世界を構成する全てがアースターとは違う、異界域のトラップに巻き込まれれば死亡する恐れがある」


「……っ」


「だからこそ、トラップの種類やその対処法を知ることが重要なのよ。 それじゃあ改めて、貴方たちに質問よ。 壁に幾つもの亀裂が入り、今にも崩落しそうなビルの中に敵を発見。 どう対処する? ここが実際の異界域だと仮定して、生き延びる術を考えてみて」






「どうしよっか」


「うーん…」


「あにゃしにいい考えがあるにゃ! 」


「メアリーちゃん? 」


「どうせ崩れちゃうビルならこっちから壊してやるのにゃ! そうすれば中にいる敵も崩落に巻き込めるし一石二鳥だにゃ」


 たしかに、メアリーちゃんが思いついた作戦は有効かもしれない。


 そう思い、アイたちと作戦会議を続けながらちらりと視線をユキノメちゃんに向けると、いつの間にか彼女はふわふわと空中に浮かび上がっていた。


(えっ……! )


 地面から浮けるということは、ユキノメちゃんはメアリーちゃんと同じように空を飛ぶことができる可能性が高い。


 つまり、その気になれば何時でもあのビルから逃げ出せるのだ。


「アイ、アイっ」


「……? 」


 アイの耳元に顔を近づけ、今見たことを口にする。


「……そうなると、崩落には巻き込めそうにないね」


「うん。 それに、私の勘だとそもそもあのビルを崩落させちゃいけない気がするんだ」


「どういうことにゃ? 」


「あう? 」


「思い出して。 ここは仮想とはいえ異界域の中、敵地のど真ん中だよ。 ってことは、もしもあのビルが崩落するようなことになれば、周りにいる他の敵たちも異変に気付いて集まってきちゃうと思うんだ」


「いわれてみれば、たしかに。 トラップが起動しちゃったら、そこにわたしたちがいるってバレちゃうよね…っ」


「にゃにゃ、それはマズいのにゃっ」


「だから私は、このままこの場所を離脱して。 ビルを避けるように大きく迂回したルートを通った方がいいと思うんだ」


「そっか、うん…。 わたしも、ミサちゃんのいうとおり。 そのほうがいいと思う」


「それじゃあ決まりにゃ! ここは君子危うきには近寄らずでいくのにゃっ」


「あうあう! 」

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