背面の家

西川東

 

背面せおもての家


「2chに『背無し』っちゅう話あるやろ?あれ聞いて思い出したんやけど・・・」


 渋々とそんな顛末から話していただいたSさんの故郷の話。


 Sさんの地元には誰が管理しているのかわからない一軒家がある。

 変わった一軒家で、あらゆる窓が雨戸で締め切られており、道路に面した玄関扉が閉められた状態で放置されている。

 特筆すべきはその玄関口で、家に対して左右対称、ちょうど真ん中に位置しているのだが、庭や壁面は荒れ放題というのに、扉だけが周りの外観と比べてどこか時間の流れが違うような、なにかをみせつけているような違和感が家全体の不気味さを醸し出している。

 そして、この玄関口に、ときどき見知らぬ人物が立っていることがある。それらは必ずこちらに後ろ姿だけをみせる形で立っている。昼夜を問わず。

 なので『背面せおもての家』と呼ばれるようになった。

 『背面はいめんの家』と呼ばれないのがなんとも奇妙である。




 『背面の家』の近所の住民によると、かつてはその家に一人の男が住んでいた。

 中肉中背、20~30代、特に印象に残らない顔で、社交性のない男だったという。それを除いての情報は名字だけしかわからず、近所で顔を合わせても一礼するだけだった。


 それがいつの日にか一礼をするところもみかけなくなり、しまいには家に入っていく様子しかみなくなった。そして、ついには家から表札が消え、男の姿は家に入る背面の姿しかみられなくなった。


 ただ、この話はかつて件の家の近辺に住んでいたという人物の証言らしく、信憑性は低い。



 そして、現在では中肉中背の男どころか、老若男女あらゆる人物の後ろ姿だけがその家のまえで目撃されているのだ。

 とにかく、そんな不気味な噂ばかりが飛び交うため、その家の近辺を通る人物はほとんどいないという。




 Sさんも例外ではなく、遠くからみた家の外観の不気味さや、ご近所さんの反応を何度もみてきたため、幼い頃から『背面の家』を意識的に避けていた。


 しかし、そんなSさんでも成長するにつれて噂話に疑惑を持ち始めるようになった。

 そうして高校を出ても就職せず、悪い先輩たちと付き合うだけの日々を送っていたときのことであった。






 先輩らと深夜まで遊んだ帰り道、Sさんは疲れからぼけーっと歩みを進めていた。




 気づけば前を誰かが歩いている。暗くてその容姿はわからなかった。

 こんな真夜中に出歩く好き者が自分以外にもいるのかと関心を引かれた。すると、その人影がそのまま横に滑るかたちで一軒家に入り込んだ。


 顔をあげると、そこはあの『背面の家』だった。


 しかし、そのことに気づくまで若干の時間がかかった。

 なぜならいつもは締め切られている扉の部分に扉がなかったからだ。

 最初は真っ黒な四角いキャンバスが置いてあるのかと錯覚したという。

 そして、そこには後ろ姿の男が立っていた。


 思わず声をあげたとき、その男は先ほどと同じ、紙芝居のような動きで横にすっと消えていった。




「そこになにがあったと思う?」


 途中から震え声になっていたSさんは、貧乏揺すりを一段と激しくしながらそう聞いてきた。



「そこにはな、おかん“みたい”のがおったんや」


「おかん“みたい”っちゅうのはな、そのな」


「服装も髪型もいつものおかん・・・なんや。それがこっちみよる。あぁ、その“みよる”っちゅう表現もちょっと違うんやけど」



「そいつの顔のところ、どうみても後頭部だったんや」



 そんなモノが、表裏ぐちゃぐちゃの手で“おいでおいで”をしていたのがSさんのその日の最後の記憶だった。




 それから朝になって、自宅のドアの前で青い顔をしながらガタガタと震えて座っていたところを両親に保護された。

 それから気が変わったSさんは先輩たちとすっぱり縁を切り、地元を離れて就職をしたという。







「みんな俺のことを真面目になったっちゅうんやけど、それはちゃう。俺は逃げただけや」


 いまでもSさんは帰省できないでいる。

 いまでも時折母が催促してくるが、自分が実家の玄関の前に立ったとき、本当に母親が待っているのか自信がないからだという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

背面の家 西川東 @tosen_nishimoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ