ディートハルト5

 その日の出来事は決して忘れることはない、とディートハルトは確信している。

 師からの用事を早めに終わらせ、一ヶ月の予定より早く王宮へ戻ってレラの様子を見るために早々に彼女の部屋をノックする。


「……レラ?」


 再びノックをするも、返事一つ返ってこないことに疑問を浮かべる。

 昼寝? いや、まだ時間は昼過ぎで寝る時間ではない。そもそも、レラは昼寝などしない人間だ。

 となると、どこかへ行ったというべきだろうか。だが、異母兄から部屋で大人しく過ごすように命じられていた。自分もいないため、どこへ行ったのだというのだろう?

 そう思案していたら人の気配がした。


「あっ…リ、リゼルク様…」


 名前を呼ばれて振り返るとそこには侍女服を着た若い女が四人いた。見たことある顔でレラの侍女だと理解し、ディートハルトは声を出した。


「レラはどこか知っているか?」

「「「「……!!」」」」

「……?」


 レラの名前を出すと侍女たち全員が顔を強ばらせることにディートハルトは疑心を抱く。


「──もう一度言う。レラは、どこだ?」


 重苦しく、嘘が通用しない声音に侍女四人は顔に恐怖を浮かべ、涙を見せながら答えた。


「ひ、姫様は──」


 それを聞いたディートハルトは鈍器で頭を殴られた衝撃を受けた。




 ***




 余裕のない足音が城内に響き渡る。

 向かうは国王がいる場所。

 魔力が体から出ているからだろう、騎士や使用人たちが顔を強ばらせても知ったことではない。今の自分は到底感情をコントロールできる余裕なんてなかったからだ。


「「リ、リゼルク殿…!?」」

「国王がいるのだろう。開けろ」


 硬質な、冷気を含んだ声で騎士に命令する。


「し、少々お待ちを…!!」


 そしてすぐに部屋へ通された。

 中には国王のアイザックにその妹の第三王女のアンジェリーヌとレラとは数ヵ月違いの異母妹の第七王女のステファニーがいた。


「ディートハルト様っ!」

「お早い帰りだったのですね!」


 アンジェリーヌとステファニーが喜色を含んだ声をあげるがディートハルトは無視をしてアイザックの元へ歩く。


「ディートハルト殿。帰ってこられたのですね。お出迎えできず、申し訳ありません」

「こちらの所用だったので構わない。それより聞きたいことがある」

「はい、なんでしょう?」


 平然とした顔でこちらを待つ姿勢にディートハルトは舌打ちしそうな衝動に駆られる。

 落ち着け、と自身に暗示のように何度もかけていく。


「──レラが、亡くなっていた。…なぜ死んだんだ?」


 王女二人が顔を僅かに歪ませるのを見逃さない。

 なぜ、レラは亡くなる必要があったのか──。

 するとアイザックは目を伏せる。


「……レラは突然の心臓発作で亡くなったそうです。一人でいた時に倒れたのでしょう。侍女たちが見つけたそうです。……まだ十六歳なのに」

「────」


 平気でスラスラとを答えていくアイザックにディートハルトは吐き気を覚える。

 同時に、ディートハルトの心の中に黒い炎が宿る。

 この感情は──怒りだ。


「レラの死は残念です。ディートハルト殿、レラは亡くなりましたが、もう少しだけここにいてくれませんか? 魔導師や妹たちに魔法の指導をしてもらいたいのですが」

「──あっ?」


 ディートハルトの様子には気にも止めずにアイザックは要望を話し続ける。


「ディートハルト殿は魔法の造詣が深いため教授してほしくて。アンジェリーヌは三属性、ステファニーは二属性の使い手で、ともに弟子を望んでいます。報酬は勿論、待遇も今まで通りに致します」


 その言葉を聞いて、ディートハルトは笑いを抑えられなかった。


「──はっ。くっ…ふっ…はははっ…!!」

「デ…ディートハルト殿……?」


 おかしくなった自分を見て狼狽えるアイザックたちを見てさらに笑ってしまう。

 魔導師というも、実際はこの姉妹を見ろというのだ。

 レラを嫌い、嫌がらせをしていたこいつらを。

 随分となめられたものだ、と思う。


「断る。──俺の弟子はあとにも先にもレラだけだ。お前らごとき、教える価値もない」

「そ、そんな…」

「ディートハルト様…! わたくしは三属性の使い手ですわ! 三属性は珍しく、優秀なのです。もっと魔法の腕を伸ばしたく、それにはディートハルト様のお力が必要で…!!」


 ステファニーは狼狽えるも、アンジェリーヌはめげずにディートハルトに申し出る。


「たかが三属性くらいでよくほざけるな。レラの足元にも及ばないのに」


 アンジェリーヌの傲慢な発言に思わず冷笑してしまう。

 確かに三属性も操れるのは珍しく、優秀である。

 だがそれは世間一般で、だ。自分たち愛し子は七属性全てを操れる。三属性使える程度で自慢されてもそれがなんだ、と思ってしまう。


「国王も、そんな嘘で俺を欺けると思うなんて、随分とバカにされたものだな」

「嘘だと…? 何を言って──「毒殺したんだろう? 侍女に命じてカップの中に即効性の毒を入れてな」──!?」


 地上に釣り上げられた魚のように口をはくはく、としているアイザックを見て再び冷笑する。


「レラの私物を処分しようとするのもおかしなことだな。だが、さっさと全部処分すべきだったな? 魔法は多種多様でな、物から過去を読み取る魔法があるんだ」

「…!? ま、まさかそれを…!?」

「時間が経ちすぎたら難しいが…そうだな、一ヶ月そこらなら読み取れる」


 ぎろりっ、とディートハルトがアイザックを睨みつける。

 実際、ディートハルトはそう言うも、レラは精々数日が限界だ。

 魔法を感覚で使いこなすことができるディートハルトゆえできる技である。


「テーブルとソファーから読み取った。血を吐いて苦しんで死ぬのが心臓発作か?」


 今まで聞いたことのない、低い、冷気が吹き荒れるような声で問いかける。

 明確な怒りを込めて発し、ディートハルトはアイザックを睨みつける。


「なぜ、レラを殺した…? 修道院に行くと言っていたレラを…なぜ殺した…!!」


 小さく悲鳴をあげ、震えるステファニーを無視してディートハルトは再び問う。


 王族の籍から抜け、田舎の修道院で穏やかに過ごすはずだったレラ。

 そんなレラの人生を奪っていった。


「…ただの平民の血を引く王女ならよかったさ。それを、愛し子という厄介なモノを持って生まれたからだ」


 誤魔化せないと悟ったのか、独白のようにアイザックは語っていく。


「国所属の愛し子は契約を結べない。それは常に反逆に恐れ続けることになる。ましては王族。王族の籍から抜けてもレラが望めば簡単にそんなルールは無効になる。王宮うちにいても修道院そとにいても危険な存在だ。だから、排除した」

「…恐ろしいだけでレラを殺したのか」


 結局は異母妹の言葉を信用できなかった自身を正当化しているだけだ。


「貴方のように契約できたらレラを殺すことはなかった。だが、契約ができないのなら仕方ないだろう。それに、父上は愛し子に拘っていたが、我が国は大国だ。レラの力など必要ない。かといって他国に行かれるのは困る。なら、答えは一つだ」


 そして、レラは殺された。

 王位など望んでなかったのに。

 ただ、平穏な日々だけを楽しみにしていた。

 それなのに、アイザックこいつは。


「…レラの死により、もうこの国に留まる理由はない」


 そしてディートハルトは踵を返す。


「ディートハルト殿…! レラはやむを得なかったが、貴方には危害を加える気はない…!! 攻め入らないと契約しているからだ…!! もう少しだけここに残って妹たちに魔法を教えてくれ…!!」

「お願いしますわ、ディートハルト様っ! わたくしに教えてください!」


 アンジェリーヌの声に、ディートハルトは立ち止まる。


「──黙れ。よかったな、契約していて。契約がなければ今頃血祭りだったな」


 ディートハルトの言葉に想像したのか、アイザックとステファニーは顔を青くする。

 その瞳には明確な恐怖が浮かんでいた。

 盟約により攻め入ること、王家に手を出すことはできない。だが、それがなければ血祭りになっていただろうと考える。


「…あんな卑しい平民の血の王女の何がいいのですか!?」


 叫ぶように声を吐き出したアンジェリーヌにディートハルトは殺気を持って視線を向ける。


「ひいっ…!!?」

「──なら余計やめた方がいい。俺は貧しい農家の出でスラム育ちだ。そんな卑しい奴に指導なんてされたくないだろう?」


 嘲り笑いを向けて今度こそ、ディートハルトは立ち去った。


 こんな国、どうでもいい。滅ぼせないのがやるせないが、どうせ長くは続かない。

 レラがこの国に留まろうとしていたのは、父親の近隣諸国に対する態度を近くで見ていたからだ。

 愛し子を見せることで他国に強気な姿勢をとっていた前国王。

 国の一番の守護をなくした国がどうなるかなんて知らないし、どうでもいい。

 それは、己の行いの結果だからだ。

 レラの部屋へ向かい、生前、身に付けていたペンダントを手に取る。

 処分されたのが多い中、まだこの琥珀色のペンダントは残っていた。

 蜂蜜のような色合いは、レラの瞳のようで。

 それを手に取ってディートハルトは王宮から出たのだった。


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