ディートハルト2

「師匠、どういうことですか?」

「どういうことって?」


 王宮の賓客が泊まる建物の廊下をディートハルトたちは歩いていて、ディートハルトは不満を口にする。


「あれを俺が見ろと?」

「ディートハルト、口を慎みなさい。ここは王宮の建物の一つだよ。静かにしなさい、誰の耳があるかわからないからね」

「っ……」


 そう言われたらディートハルトは口をつぐむしかない。

 言いたいことはたくさんあるがひとまず我慢する。


「まぁ、お前がそう言うと思って既に防音魔法をしているけどね」

「……」


 騙された、と思いながらもランヴァルドの注意によってディートハルトは冷静になる。

 確かにここは王宮。不必要な発言は控えるべきだと考える。


「話はとりあえず部屋に入ってからにしなさい。僕の部屋で聞こう」


 師のランヴァルドの提案にディートハルトは返事をし、後ろを歩く。

 やがて入った客室は王家の権力の強さを表したかのごとくの豪華な客室だった。

 これが自分と師の部屋と二つあるのか、とディートハルトは他人事のように考える。


「それで? 不満かい?」


 師が先にソファーに座ったため、ディートハルトも向かい側のソファーに座って返事をする。


「不満でしかありません。子どもだなんて聞いてません」

「そりゃあそうだ。聞かれなかったからねぇ」


 不満をぶつけたらそう返答されて笑われ、思わず顔を歪めた。

 ディートハルトは数十分前に見た子どもを思い出す。


 金茶髪の長い髪に蜂蜜のような琥珀色の大きな瞳の少女。

 年齢は七歳で、まさか子どもだとは思わなかった。


「俺が子どもが嫌いだと知ってますよね?」

「知ってるよ。だが子どもはかわいいよ」

「どこがです? うるさくて我儘で、よく泣いて苦手です」

「それはディートハルト。お前の雰囲気が冷たくて怖いからだよ。子どもはそういうのに敏感だ。もっと僕みたいにニコニコしとかないと子どもたちも怖がるよ」

「師匠は乳母でも目指しているんですか?」

「十年前はかわいかったのにこうなるとは。ううん? 僕の教育方針が悪かったのかな?」


 師に毒を吐いても天然なのかどうもこの人には通じないため、ディートハルトは溜め息を吐く。


「…王女というだけでも面倒なのに、ガキだなんてやってられません」

「ガキだなんて口が悪い。素直そうで行儀もよくてかわいらしい王女じゃないか」

「かわいらしい、ですか」


 師の言葉に再び小さい同胞の少女を思い出す。


『初めまして。セーラ王国第六王女、レラ・セーラと申します。本日は、遠路はるばるお越しになってくださり誠にありがとうございます』


 ペラペラと丸暗記させられただろう言葉を噛まずに言い、こちらをじっと見上げた少女。

 無愛想に挨拶だけはしたが、物怖じせずじっと見ている子どもだった。

 

「お前は少々ひねくれているからねぇ。ああいう素直そうな子の影響を受けてくれたらいいのだが」


 余計なお世話である、とディートハルトは心の中で呟く。


「僕がお前を引き取ったのも丁度あれくらいの頃だったね。やる前から嫌がらず、まずは先生ごっこしてみなさい。話はそれからだ」

「……」


 こう言ったら師は決して引かないだろう。 

 十年以上いるディートハルトは渋々ながら了承をの言葉を出して再び溜め息を吐く。

 だから、師の言葉に気付かなかった。


「きっとお前にも、あの子にもいいだろう。……お前はあの子と違って自由なのだから」




 ***




「師匠、待ってください」

「俺は師匠じゃない」

「じゃあなんて言えばいいですか?」


 短い足でとてとて、と音を立てそうな勢いで自身の後ろを必死についてくる存在にディートハルトは内心溜め息を吐く。

 師に命じられてレラという王女の魔法の座学を渋々見るようになって二週間。

 魔法を教えるだけならいいのだが、この少女、毎日ついてくる。

 子ども特有のうるささはあるも、我儘は言わず、泣くこともないため、些か他の子どもよりかはましであるが、ついてくるのは面倒だ。


「お前も懲りないな」

「なんか、追いかけっこしてるみたいです」

「遊ぶな。俺になんの用だ?」

「師匠と仲良くなりたくて」

「俺は仲良くなる気はない。ただの教師だ」

「でも大師匠様は『お友達を連れて来たよ』って言ってくれました」

「あの師匠っ……」


 何勝手なことを言っているんだ。誰がお友達だ、と師に対して念を送る。


「……お友達、なってくれないんですか?」

「友達なら他にいるだろう。王女だからな」


 そうだ、この子どもは王女で魔力マナの愛し子。貴族たちがほっとくはずがない。権力を求めて幾人ものの貴族が自分の子どもを近づけるだろう、とディートハルトは考える。


「…私は卑しい平民の王女なのでいないんです」

「……はっ?」


 しかし、自身の予想と真逆の答えにディートハルトは声をあげる。


「…母親が平民なのか?」


 ディートハルトがそう言うとビクッ、と肩を動かしながら少女──レラは返事する。


「は…はい。…兄に姉、妹もいますが…みんな貴族で、私だけ平民の血が流れているから誰もお友達になりたくないのだと、お異母姉ねえ様たちが言ってました…」


 最後の方は小さくなっていきながらレラが話す。

 なるほど、要は妬みか、とディートハルトは考える。

 どうせ高貴な自分たちではなく、平民の血を持つ王女が愛し子であることに納得ができないのだろう、と推測する。


「……お父様も私にはお友達は必要ないと言います。……ただ、国を守るように勉強に励め、と」

「……」


 ああ、なるほど、とディートハルトは納得する。

 王女に友人を作らせて、その親が王女を唆したらどうなるだろう。

 国王はそれを警戒しているのだろう。

 だからあえて孤独になるように強いている、と。

 娘なのに、まるで道具のような扱いだと心の中で呟く。


「……」


 俯き、ドレスをぎゅっと力強く握り締めるレラをディートハルトは見つめる。

 

「……」


 そう、これは気まぐれ。そう心で言いながらディートハルトはレラの頭に手を伸ばす。


「…ひゃっ…!?」

「ほっとけ、そんな奴ら。ただの嫉妬だ」

「……しっと?」


 頭に手を置いて驚いたレラを無視して告げると、レラはきょとんとした顔でディートハルトを見つめる。

 

「要はお前の兄妹たちは特別な力を持つお前を羨んでいるんだ。相手にするだけ無駄だ。気にするな」


 髪を撫でながらディートハルトがそう言うとレラはぼぅっとした目でしばらくこちらを見ていたが、やがてふにゃりと目を細めて、口角をあげて見上げてくる。


「……ありがとう、ございます。……師匠」


 そう言ってレラは小さく、嬉しそうに微笑んだのだった。




 ***




「あの子──レラ王女は王族として生を受けた。それが不運だっただろうね」

「…それは、国が手放すはずがないからですか?」

「そうだ。僕たちはいくら魔力を使っても疲労しない。高威力の魔法なんて何時間でも打ち続けられる。そんな素晴らしい兵器、手放すはずないだろう?」


 さらりと告げる師の言葉にディートハルトは黙ってしまう。

 そうだ、手放すはずがない。愛し子がいるだけで、外交を有利にできるのだから。


「僕たちは国に所属していないから自由に外に出ることができ、制限に縛られない。だが、レラ王女は違う。外に出る自由なんてないだろうね。出るとしたらそれは血の海である戦場だけだろう」


 愛し子に生まれたから。それだけであの王女はずっと王宮から出ることができない。


「…平民の血が流れていると言ってました」

「母親は平民の侍女だったらしい。それでできたのがレラ王女らしい」

「…弟子になりたいのも、国を守るために勉強に励めと言われているそうです」

「国王がずっとそう言ってきたんだろう。ドレスやアクセサリーといった物は与えても人は与えない方針なんだろうね。反逆されるのが怖いんだろう」

「……」


 自分は師に拾われて愛し子として魔法を始めとした様々なことを学び、自由に過ごすことができた。

 あの時、師に拾われなかったら死んでいたかもしれない。もしくは、魔法に造詣が深くて国に仕える人間に見つかっていたら。

 きっとあの王女と同じように国にずっと仕える目にあっていただろう。

 そう考えると、本当に師には感謝してもしきれない。


「……」


 孤独のまま国の奴隷になる、か。

 それは不憫であるな、とディートハルトは考える。


「愛し子は寿命の問題のせいで友人も難しく、孤独を強いられる。だから彼女をかわいそうと思った知り合いが僕に依頼したんだ。彼はこの国の筆頭魔導師でね、国王に進言したらしい。僕たちはこの国と不可侵の契約を交わしているからね。それに、愛し子の僕たちには不必要に命令なんてできないだろう?」

「……そうですね」


 自分と師はセーラ王国この国の人間ではない。しかも、特殊な愛し子だ。あまり命令はできないだろう、とディートハルトは考える。

 ふと、先ほど小さく笑った幼い少女を思い出す。

 自分たちは自由だが、人生全てをずっと国に捧げる王女。

 そう考えると、確かに不幸かもしれない。


「ディートハルト。気にしているんだろう? 彼女の師にならないのかい?」

「……」


 師に指摘されて思わず睨んでしまう。

 同じ愛し子だが、相手は自分が嫌いな子ども。

 だが多少うるさいものの、我儘は言わず泣くこともないため、まだましである。

 それに少し教えたが魔法の座学は理解が早い。真面目に勉強するところは認めている。

 実技はこれから見るが愛し子なのですぐに覚えていくだろう。

 だから別に少しくらいなら時間を渡してもいい。どうせ時間は長いのだから。

 ただ一つの腹立たしいのは恐らくこの師には自身の思考が読まれていることだ。


「……師匠が命じたんでしょう。やりますよ」

「それでこそ僕の弟子だ。ありがとう、ディートハルト」


 手を叩いて喜んでいる師を無視して窓を見る。

 夜空の中に浮かんでいる満月の月の色は今日は濃く、まるで王女の瞳の蜂蜜のような琥珀色のようだと感じたのだった。



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