第3話 国外追放

「荷物をまとめて早朝に出ていけ、公爵家の恥さらしが」


 公爵家の入り口には父がいて一方的にそう宣言してきた。…恥さらし、か。ミゲルは公衆の面前で義姉を突き飛ばしてきましたよ。

 そう言いたかったけど、この二人に言っても無駄なのはわかっているので飲み込んで返事する。


「わかりました」

「ふふ、公爵家の者にきちんと見届けさせるから国内には残れないわ。ざまぁね?」


 父の隣にはブリジットと瓜二つの継母がいて笑っている。

 とりあえず、さっさと私の部屋に戻って数少ない古い形の衣服と母の形見の指輪を一つ持っていこう。

 殆どは継母たちにとられたけど、指輪だけは最後まで隠し通せたから。

 ……にしても公爵家が見届け、か。




 ***




 早朝にも関わらず、家族たちは見送りに来た。

 なるほど、ブリジットたちにも見せるためか。そしてミゲルは結界から出られたようで何より。


「ふふ! もうお義姉様の顔見なくて済むなんて嬉しい!!」

「そうねブリジット。私も幸せよ」

「ったく…せーせーします」

「公爵家に泥を塗りやがって。二度と戻ってくるな、恥さらしが」


 そういって私に吐き捨てると父は見送りの御者や騎士に指示を出す。


 ……この家には私の家族はいない。私の家族は死んだお母様だけだ。

 お母様が他国の人間だからと葬儀の後は好き勝手に私を虐げてきた。もう二度と会わずに済むと思うと幸せだ。


「おねーさま、これからも元気でね?」

「……」


 ブリジットが意地悪な笑みを向ける。

 …よく考えると家族には虐げられて、好きでもない婚約者には嫌われててそれを解放してくれたのはブリジットだ。そう思うとブリジットに感謝しないといけないかもしれない。


「ええ、ブリジット。心配してくれてありがとう。私、元気だけが取り柄だから安心してね」


 お礼の意味を込めて言ったら気に入らなかったようで、ふんっ、と顔を背けられた。

 ブリジットは私を毛嫌いして、いつも嫌がらせをしていた。

 でも私の反応がつまらなくていつも不満そうだったと思い出す。

 結局両親に大切にされているお姫様は嫌がらせも幼稚なのだ。

 かわいい分類で、私はこの子よりもっとを知っているから。


 そして私は馬車に乗った。

 ガタゴトと公爵家が持つ馬車の中で一番質の悪い馬車で進んでいく。ここまで嫌がらせするのはすごいなぁと思う。

 外の景色を見ると、森に進んでいくようだ。ふーん…。

 そう思っていると馬車が止まった。


「お嬢様、車輪に異常が起きました。一度降りてくれませんか?」

「車輪? それは大変ね。少し待ってちょうだい」

「はい」


 そして荷物を持って馬車から降りると──騎士の剣と私の結界がぶつかりあう。


「「ちぃっ…!!」」

「……」


 やっぱり、ね。

 ブリジットはああ言ったけど、私を生かすつもりはなかった。

 シナリオはこう。

 平民となり国外追放される中、意地悪だった義姉は盗賊に襲われ死亡、心優しい妹は自分のせいだと嘆き悲しみ、義姉の死を乗り越えて王子と結婚し王妃となる。

 義姉にいじめられた妹はハッピーエンド、妹をいじめた義姉は死。…バカみたいな陳腐な話。元からこうする気だったんだろう。

 だからこそ、簡単には死ぬ気はない。


「お嬢様、ここで死んでください」

「嫌ね」


 騎士の数は計八人。…まぁ、八人いたら貴族令嬢一人殺すのなんて簡単だと思うだろう。


「どうせ公爵令嬢として生きてきたお嬢様が平民として生きれるはずありません。楽にしてあげます」

「随分と上から目線ね」


 さてと、どう乗りきるか。


「いいからさっさと死ね! 公爵様の命だ!!」


 そう叫ぶと三人が走って剣を振り上げてくる。


「──火よ、集え。炎の壁で彼らを閉じ込めよ」


 そう唱えると炎の壁が発生し、三人の騎士を閉じ込める。


「うわっ!」

「げほげほっ…!」

「あ、熱いっ…!!」


 急な熱気が三人を襲う。


「「水よ! 集え! 炎の壁を消したまえ!」」


 残り五人のうち二人が水魔法を唱える。そう、火は水に弱い。だけど──。


「弱くならない…?」

「なんでだよ!」


 単純だ。私の方が威力が強いからだ。

 三属性の使い手ということで私の魔力量は多い。

 しかし、能力を見せるのは制限していた。だって素直に見せたらフランツ王子の機嫌がもっと悪くなるから。


「さてと。火よ、光よ、集え──偽りの炎よ、出でよ」


 小さくそう唱えるとフワっとぼやけた炎が出てくる。


「うわっ!」

「また炎が…!」

「「「く、来るなっ! こっちに来るなっ!」」」


 騎士たちの叫び声が静かな森に響き渡る。

 私が唱えたのは火と光の複合魔法で、光魔法で周囲の光を操って偽りの炎に閉じ込められているように見せている。

 火と光の複合魔法の秘技の一つで、炎は出ていないけど熱気で閉じ込められていると錯覚させて動揺させる。

 その間に、光魔法で私の幻影を作って二手にわかれる。


「「くっ…! 待てぇ!」」

「「熱い! 熱い!」」

「「ひぃっ…! 来るなぁ…!!」」


 待てといわれて待つはずがないけど、失敗は報告するのかな? まぁ、公爵家に忠誠を誓っているのなら素直に報告するか。

 この件はブリジットと継母だけの計画ではない。「公爵様の命」って言っていたことから当主である父も関わっているだろう。


「…それにしても、本当私って家族には恵まれないなー…」


 実母だけが味方だったなんて。

 だけどもう貴族らしく振る舞う必要はないんだ。平民になったんだから。


「さてと、どこに行こうかな」


 地図を見ながら考える。

 私が住むクリスタ王国は大陸の北西部に位置する小国で、できるだけ早く遠くに逃げたい。

 なぜならあの婚約破棄は恐らくフランツ王子の独断、さっさと逃げ出さないと連れ戻される可能性がある。

 特に私は希少な光魔法の使い手で、光魔法の使い手で優秀な人はモンスターから国を守る「結界師」に任命される。やだよ結界師なんて。ずっと国から出られないから。

 それに、王子にブリジットたちあいつらが統治している国なんか守りたくない。他の人にお願いする。

 もう私は婚約破棄されたんだから自由に動きたい。いや、動くんだ!


「う~ん、どうしようかな」


 母の故郷である隣国に行こうかな。でも一番行く可能性と思われているだろうしやめとこうかな。いつかの旅で寄ってみよう。


「それとも…」


 地図の右側に視線を向け、を指でなぞりながら思い出す。

 …でも、その国はもうない。


 …それなら母の祖国と反対側の国の方へ行こうかな。クリスタ王国から二つ三つ離れた国に。

 幸い、王妃教育のおかげで語学は堪能なのだ。


「うん、そうしよう」


 そう決意してフードを深く被り歩き出す。

 母が私に残してくれたお金は限りがある。節約しながら旅をしよう。

 この長い金髪も切って売り物にしてもいい。どうせいつかは伸びるのだし。


「たった今から、私はシルヴィア・エレインだ」


 クリスタ王国にはない風習だけど、母の故郷の隣国では子どもの名前にミドルネームをつけることがあるらしい。

 私のミドルネームはエレイン。これは私と母だけの秘密の名前だ。

 

「それにしても、また十六歳で死にかけるって…」


 どうやら自分は十六歳で死にやすいらしい。

 旅は始まったばかりで油断はできないから気を付けよう。本当──なぁって思った。


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