クラフトの2人
◆クラフトの2人
眼前の世界に息を呑んだ。
どこまでも広がる草原、遠くの山々、子供が描いたような雲が浮かぶ牧歌的な青空。
なんてふうに表現したら陳腐でチープなドット絵ゲームの世界観と同じになっちゃいそうだけど、あんな古のゲームとは比べ物にならない。美しい。現代日本ではお目にかかれない綺麗なグラフィックだった。
とにかく美しい。
雲まで枝葉を伸ばす、とんでもなく大きな樹が遠方に何本か見えた。ほのかに光っている。
頭上、果てしもない蒼穹には1羽の鳥。澄んだ声で鳴いている。
こんなのどかな世界でスローライフなんてできたら最高だなぁ。タイトルはそう。『異世界転生で大寝坊! ハズレスキルで気ままにスローライフします』みたいな感じで。
空の鳥が降下してきた。
どんな鳥だろうか。異世界だし、孔雀みたいに綺麗な、鳩的ななんかかなぁ。
遠近法の理により、近づいてきた鳥が大きくなって目に映る。大きく、大きく…………、いや、いくらなんでも大きすぎないかな?
「ギギュイェェエエエアアアア!!」
とんでもなくデカい鳥だった。
「うわぁーーーー!!」
古い香港映画の爆発シーンよろしく、ハデにダイブして回避。生存本能なのか、転がりながらもすぐさま立ち上がり、そして振り返る。砂煙がそよ風にさらわれ、姿を現したのは——、
「と、鳥? いや……どど、ドラゴンかな?」
軽く見上げるほどに大きなモンスターは、まるでヤンキーが路傍に唾を吐くように何かを口から出した。
それは人間の腕だった。
腕。左腕。薬指に指輪をしている。この世界に結婚指輪という素敵な文化があるのは分かったが、同時に人間を食らうモンスターが存在するというのも理解した、身をもって。
弱肉強食のオープンワールド。
逃げられない。
なら、倒さなきゃ。ここはファンタジーの世界だろ……?
自分のスキルを思い出す。
【怨呪】
呪うけど、自分に返ってくる。
たとえばこいつを呪い殺すとしても、その死の呪いは自分に返ってくる。
つまり死ぬ。
じゃあスキルを使わないにしても、1分もしないうちに僕はモンスターの腹の内だろう。
つまり死ぬ。
全力で走ったって空飛ぶハンターは容易く僕を捕まえる。
つまり死ぬ。
ダメもとで攻撃してみるか? いや先人はやられて左腕だけになっている。武器もない。
つまり死ぬ。
「はははっ、詰んだわ……」
恐怖で腰が抜けて動けない。開始2分でジ・エンド。
ドラゴンの牙が目の前に迫る。走馬灯に見たのは憎いクラスメイトたちの顔だった。
誰かの声がした。
「スキル【戦乙女】!」
「スキル【瞬足】!」
まばたきの直後、目の前のドラゴンがバラバラになっていた。
文字通りの、バラバラ。
各肉塊から噴き出た血潮が雨となって降り注いだ。熱く、粘り気のある赤に僕は濡れる。
「ど、ドラゴンが、一瞬でバラバラに……」
状況を把握しようと、僕はあえて声に出してみた。緊張感に満ちた僕の声とは裏腹に、次いだ言葉は能天気な響きだった。
「ドラゴンだって〜? こりゃワイバーンの迷子だろぉが」
「旅人か? 命拾いしたな。しかしどうしてこんな所に」
忘れもしない。
僕の前に立つのは1年前のクラスメイト(と言っても僕にとってはつい数十分前だけど)の顔だった。
文武両道、才色兼備、容姿端麗、秀麗眉目……、いや秀麗眉目は男に使う言葉だったかな? とにかく男装した舞台女優然とした出立ちで、倒れた僕に手を貸すのは太刀川美鶴(たちかわみつる)。剣道部の主将で、成績だって学年上位10位以内に入る秀才だ。男女共に告白する人が絶えないと聞くが、みなオブラート包みの白刃で切り伏せられているとか。
「太刀川、さん……?」
「おいコラ、てめー助けてもらったらまず礼だろうがよ。ん? いま太刀川っつったか?」
金ピカ装飾の短刀を鞘にしまいつつ、そう口にしたのは、国島勝也。サッカー部で、死ぬ直前に中庭で僕を蹴っていたやつらの1人だ。
2人は遅れてやってきた馬をそばにひかえさせる。
今更だけど、2人の髪の色は日本人由来の黒でなかった。太刀川は暗い青色、国島はくすんだ緑色になっていた。
「す、すいません。助けていただいてありがとうございます……」
「わかりゃいいんだよ」
「ところで、なぜ私の名前を?」
口ぶりからするに、2人は僕に覚えがないようだった。
普通、1年経ったってクラスメイトの顔を忘れるだろうか?
あんなに蹴っ飛ばして笑っていたクラスメイトの顔を。
「いえ、あの……、お噂はかねがね」
出まかせだった。
苦痛から逃れたいがための嘘。嘘は下手だけど進退に行き詰まるとどうしても口が動いた。
で結局、痛い目にあう。
ただし、今回は違った。
「マジかー? オレらも有名になったなァ。女神様の傑作、クラフトであるオレらも」
満更でもなさそうに国島が頭を掻いた。
「はい、みなの憧憬の的ですので」
僕のその言葉に国島は更につけ上がる。対して太刀川の方は冷静だ。
国島は僕の肩をたたいた。僕が懐からナイフを出したとしても反応できないような無警戒さだ。怨まれている自覚もないのか。
「オマエそんなにオレらが好きならさ、今夜王都で開かれるクラフトの集会に来いよ。土産でも持ってくりゃ、もしかしたら他の奴らにも会えるだろうぜ?」
「旅の方、まだ王都まではそれなりの距離だ。魔物もいる。せめて街道まで送ろう」
「いえいえ! めっそうもないです!」
「太刀川ァ? めんどくせぇこと言うなよ。さっさと王都に行こうぜ? 準備もあるしよ」
「ふむ……。ワイバーンは珍しいとはいえ、魔物には注意するように。この先の街道にぶつかったら通りすがった馬車に乗せてもらうことだ」
「お気遣いありがとうございます。僕は大丈夫ですので。ありがとうございます」
太刀川が微笑む。
「大したことではない。この事も忘れてくれてかまわない。それより、本当に一緒に行かなくていいのか?」
「はい。大丈夫です」
大丈夫。
あの地獄だった学校生活で何度も自分に言い聞かせた言葉だった。自分を騙すための、嘘。
2人は馬にまたがり、蹄の音を残して走り去っていった。
僕はそして「大丈夫」なんて言ってしまったことを深く後悔することとなる。
頼んで、すがってでもして、一緒に行くべきだった。
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