生き餌
◆生き餌
「もう一度出しなさいよ! なにお腹にうら若き女子を監禁してんのよ!」
「ニロ。あの人は誰ですか? どこで平らげたんですか?」
「ん〜〜……。わっかんないんだよなぁ」
飲み込まれていたのは長くて1年前、食糧がなかったなら2、3日ぐらい前が限度か。僕なら助かる見込みがないまま、あんな暗闇で小一時間も過ごしたら気が狂うと思う。
「食い意地はりすぎなのよ……」
「まぁまぁ。気を取り直して、あの人をどうするか考えよう。ちなみに彼女の名前は赤原クレア。クラフトだよ。ニロ、もう一度吐き出せない?」
「ちょっと奥の方行っちゃったなぁ……。そっかぁ、わたしのベロをいじめてたのはあの子だったのかぁ」
「アンタのお腹、ベロがいるの?」
「とーぜん! お口ですからねぇ」
ますます奇想天外な体だこと。
「これはもう、誰かがサルベージするしかないんじゃない?」
サティが実に言いにくそうに提案した。じゃあ言い出しっぺが、と言いたい気持ちをぐっと堪える。サティは暗闇が人一倍苦手だ。
「僕が行くよ……」
「ヤダぁ! ロロルじゃなんか恥ずかしい〜!」
「なんだよ、恥ずかしいって……わがまま言わないでよニロ」
「では私は?」
「ん〜〜…………」
ニロは思案と苦痛により、低く唸る。
「フェニは、もしかしたらやめといた方がいいかもぉ……」
「なぜです?」
「そんな感じがするぅ」
「恥ずかしいってことですか? 大丈夫です。虫歯があっても笑いませんから」
「そうじゃなくてぇ、人族の女の子は危険……としか言えない。ごめんだけどぉ……」
なんの話だろうか。赤原だって人だ。
「にゃ〜? みなさんニロ姉によってたかってなにしてるにゃ?」
悩んでいるところに猫獣人のアニスが姿を現した。
あ。
ニロはお腹の口を開けっぱなしだ。
「や……やぁアニス」
「こんにちは……」
今更だけど、僕とフェニはスッと動いてニロを隠した。ニロは僕らの間から顔を出す。
「やっほ〜アニスぅ」
「やっほーにゃ! ニロ姉、ぽんぽんが痛いって聞いたにゃ。だからボク、お薬もってきたんだにゃ」
見られてないのかな……?
「なんだかアニスいい匂いするねぇ〜。よだれが出ちゃうなぁ〜」
アニスはたしかにいい匂いがするバスケットを持っていた。それにつられて、僕らの後ろからニロが躍り出る。お腹からよだれをたらしながら。
「ひゃ……?」
開口したニロが突然目の前に現れたら、誰だって驚くだろう。
ニロ…………。
「一巻のおわりかとおもった……にゃ」
4人による必死の説明で、アニスはニロを受け入れてくれた。
さすがは異世界の住人といったところだろうか。
魔族…………という点についても、アニスは差別することはなかった。
順番がかなり後になったけど、サティが自己紹介をした。
「はじめまして……ではないけど、ちゃんと会うのは初めてね。アタシはサティ。ロロルたちの剣を打った鍛治士だって聞いてるわ」
昨日、リュックを買いにアニスの元へ行ったけど、いかんせん急いでいたから、サティはアニスとこうして言葉を交わすのは初めてだ。
「はいにゃ! ボクは『アトリエ・ハッピークラフト』のキュートな看板娘、猫獣人のアニスにゃ! 前にエリュにゃんからみんなが特訓してるって聞いて、差し入れにパイを焼いてきたにゃ!」
「パイ〜?! お薬ってそれのことなんだぁ〜!」
ニロが顔をほころばせる。だけどサティたちに睨まれてしょぼんぬ。
僕はアニスに事の経緯を説明した。
「なるほど、理解完了にゃ。そういうことなら夜目がきくアニスちゃんにおまかせあれにゃ! ロロ兄、レッツゴーにゃ! フェニ姉たちはゆっくりパイをご堪能あれにゃ!」
アニスは元気よくそう言った。
「でもアニス、向こうはこちらを攻撃してくるかもしれないんだよ!?」
異常な精神状態の相手だ。何をされるか分からない。
「舐めないでほしいにゃ! いつもフェニ姉とロロ兄によくしてもらってる恩を少しでも返したいんだにゃ! ボク、きっとみんなが思ってるより強いにゃ?」
アニスが腰に下げた猫手のグローブを叩いた。僕らの剣を打った時にはめていたものだ。
「一人で素材集めにもよく行ってるにゃ。これでもEランクのハンターにゃ!」
グローブはそのまま武器にもなるってことか。
暗い奈落でも、「猫の目」があれば探しやすいだろうか。
「そうだったんだね。分かった。それじゃあ一緒に行こう」
という事で、ニロのお腹に突入するのは僕とアニスに決まった。それぞれサティの魔物除けトーチを持つ。2人の腰をサティのマナで紡いだ光の糸で繋ぎ、また外で待機するサティたちに命綱として別の糸を握っていてもらう。
「いってくるにゃ!」やる気満々のアニス。
「ロロルぅ、わたしの中でなにがあってもちゃんと帰ってきてねぇ? ぜったいだよぉ〜?」
「また匂わすセリフを……。土足厳禁?」
「大丈夫だよぉ。きっと色々あって危ないと思うからぁ。ほんとに気をつけてねぇ?」
クラスメイトがたった1人でいる状況を逃す手はない。絶好の復讐チャンス。
ふと太刀川の顔を思い出す。あいつも1人だったけど、手も足も出なかったな。
「あぁん! 下のお口にロロルが入ってくりゅう〜! 食べちゃうよぉ〜!」
「じゃあロロル、何かあったらもしもし貝殻でね」
「分かった」
僕らは真っ暗な奈落へと足を踏み入れた。
その際ちょっと振り返ると、レジャーシートを敷いて早くもパイとお茶を愉しむサティとフェニが見えた。糸は釣り竿よろしく立てかけた棒に繋がっている。
「ニロ姉を苦しめていたワルイお魚、ボクが釣り上げてやるにゃ」
奈落の海を、僕らは生き餌として泳いでいく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます