えいっえいっおー
◆えいっえいっおー
ニロを引っ張って王都の南西の門へ。外に出る。
家畜小屋の近くにいた男性に声をかけ、事情を話した。
「ジャガン草? いいよ、その辺のとってって」
あっさりと貰えた。薬草の仕入れに重要なピクニックボックスが消えたことなど、彼には関係ないようだった。ジャガン草は小屋のわきにいくらでも生えていた。
「よかったねぇ〜」
今日までのことがすさまじい徒労であった気がしてならない。
「アンタ、お腹ホントに痛いのよね?」
「痛いよぉ? 食べてるあいだだけそれを忘れられるんだけどねぇ」
悪化の一途をたどるわけだ。
ニロの薬服用のシーンを見られたらまずいので、僕らはニロとサティが特訓に使っていた雑木林へと移動することに。
「ねぇねぇ、てゆぅかさぁ」ニロが身も蓋もないことを言う時の前置きを口にした。「クロエ君の記憶もサティの回復魔法で治しちゃえばいいんじゃないのぉ〜?」
サティは少し考え込んでから言った。
「ムリね。あくまで体の傷に対する魔法だから。もし忘れることが傷ならば、ロロルは最初に蘇生した時、今までの人生の忘れてしまったことを思い出すでしょ?」
「忘れたことは思い出してないな」
前に乗っていた自転車の鍵の番号や、必死で覚えたはずの歴史の出来事などは、どんなに頭をひねっても思い出せない。
「私は忘れることが傷でなくて良かったと思いますね。全てのことを覚えていたら、奴隷の1年間は越えられなかったでしょうから」
「不便だねぇ〜」
「回復魔法かけて昔の嫌な記憶なんて思い出したくないわよ。その代わりポンっと何か思い出したりするから不思議よね」
例の場所に着いた。
既に、これでどうか治ってくれよ……という疲れた空気が漂っている。
「治ったらすぐ魔法の特訓だからね」
「あっ、イタタタタ…………」
タイミングよく? ニロがお腹を押さえだした。サティがニロを押さえる。
「はやくこの草を食べるのよ」
「調理はぁ?」
僕はジャガン草でいっぱいの袋を手に取る。
「たくさんあるからね」
「せめてドレッシングを〜……」
フェニがニロのお腹をくすぐった。
「えへぇ、えへへへぇ〜」
ニロが腹部の口を開いた。フェニは中へジャガン草を次々と投げ入れていく。フェニはたまに容赦なくなるから…………こわい。
「ひゃあぁぁぁ〜! これじゃあある朝目覚めたら巨大な青虫になっちゃうよぉ〜!」
カフカの『変身』じゃないんだから。それなら世界中の菜食主義者はとっくに青虫だ。
全てのジャガン草を食べさせ終わった。
「鼻からスースーした空気が抜けていくぅ……」
ニロがミントタブレットを何粒も食べたみたいにヒーヒー言いながら、口元を手であおいだ。
「どうなのよ、ニロ」
「痛みは和らぎましたか?」
(ダメならもう一袋もらってこなくては)
そこは別の方法を検討しようよフェニ。
ニロは何も言わず、ゆっくりとうずくまった。
「うぅ、産まれるかもぉ……」
「ニロ! 大丈夫ッ?!」
いろいろ言うけれど、サティはニロがお腹を押さえると全力で心配した。
ジャガン草の由来を信じるなら、もう赤ちゃんは溶けているだろうが。
「ではニロ、ラマーズ呼吸をしてください。ひっひっふーですよ?」
(ダメなら帝王切開も考えなくては……)
「それはダメだよフェニ!」
あまりに恐ろしい案なので否定しておいた。
「えっと……ではやはり、えいっえいっおーで」
いやそれもちがう……。
サティが以前かけた回復魔法を施し、僕とフェニはひたすらニロの背中をさすった。
やがてニロがぽつりと言う。
「…………えい」
「えっ?」
ニロ以外の僕らは顔を見合わせた。
「…………えいっ」
悪い予感がして即座にニロから離れる。
ニロはバンザイでもするかのように体を広げた。
「おーーーーーーーー!」
その瞬間、何かがニロの腹から飛び出した。
人だ。
女の子だ。
溶けてはいない。しかし赤ん坊ではない。
血肉まみれの汚れた服装。「へへっ、へへへ……やや、やっとだ」と不気味にひきつった笑い声を漏らしている。ニロがヤバい人の産みの親になってしまった。どうしよう、子育ての相談をされてもアドバイスできない。
「やっと! 出られたァァアアアアアッ!」
長く力強い歓喜の雄叫び。
が、スイッチを切ったようにプツリと途切れ、聞こえなくなった。
ばくんっ————!
「えっ?」
ニロが腹の口で一飲み。サティが青い顔で詰め寄った。
「ちょっとちょっとニロ! なんなのよ今の人!? なんであんなん出すのよ、そしてなんでもう一度飲み込んじゃうのよ!?」
「いやぁ〜、お腹痛いのがあの人のせいだと思ったら頭にきちゃってぇ……。あいたっ! 痛ぁ、いたたたたたぁ〜。お腹にもきたぁ」
「過ちを繰り返すなっ!」
「おろかなるわたしぃ……」
今のって…………。
驚きで理解が遅れたが、間違いない。
「彼女はクラフトだ」
僕のクラスメイト。僕の復讐の対象だった。
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