第16話 そしてまた新たに

「ちょっと待て。私は通販で枕なんて注文していないぞ?」

「あら、そうなの?」


 一家団欒の夕食。テーブルの上には一般家庭にありがちな、から揚げや肉じゃが等の家庭料理が並べられ、父、母、神人、そして今日は弥美も一緒に席に着いていた。

 意識を取り戻した父に、昼間に登場したクーラについて尋ねたが、父からは意外な回答が出た。なんと、自分は注文していないとのことだ。


「そうなの? でも、クーラは神様だし、てっきり……あ~ん、もぐもぐ」

「いやいやいや。そもそも通販ということはパソコンやカタログからだろう? 私は触れてもいない道具が神様かどうかなんて判別できないぞ? あっ、私は口移しで。んちゅ、もぐもぐ」

「えっ? でも、あなた宛だったわよ? あ~ん」


 父が注文したわけではないのなら、なぜクーラは八百万家に届いたのか? 


「ねー、クーラは何か知らない?」

「しーらなーい」


 ダイニングからリビングのソファーで寝転がってテレビを見ているクーラに尋ねるも、クーラは引っくり返りながら返答があった。

 そう答えられてしまえば、疑問は深まるばかり。どういうことだと一家で首を傾げる中……


「あの、その前に一つ聞いてもいいでしょうか……あの、この食卓……どうなっているのでしょうか?」


 弥美が申し訳無さそうに手を上げて、ダイニングの状況について尋ねる。

 どうなっている? そう尋ねられても、八百万家は首を傾げる。いつもと変わらない食卓。

 だが、そこでようやく気づいた。

 自分たちの食卓が普通でないことを。


「さぁ、ぼっちゃま……ニンジンですえ。好き嫌いはアカンえ? ほな、あ~ん」

「あ、うん」

「女将様もあ~んどす」

「はいはい」

「旦那さま……口移しでよろしいか?」

「ああ、ジャガイモをくれるかな?」


 それは、ダイニングの上に乗っている二人の女。

 一人は茶色い和服を着た妙齢の女。アンファよりも年上に見えるが、中年と呼ぶにはまだ若い。

 簪でまとめた黒髪と、口元のホクロと、着崩した和服から見えるうなじが色っぽさを際立たせた。


「ぼっちゃまの婚約者はん、挨拶遅れた申し訳ありまへんな~。ウチは『お箸の神』……名は、『シィ』いいます。以後よろしゅうな」

「お……お箸の神様……」


 流石の弥美もこの状況には驚きを隠せなかった。

 好きな男の家で両親と一緒に夕食をご馳走になる。それはもはや両親公認の恋人として認められた証だと心の中でガッツポーズをしていた。

 そして並べられた食事は、裕福な家庭で育った弥美には普段はあまり馴染みのない一般家庭の料理。内心少しワクワクしていたのだが、食卓に座ると「食器」が一切無かったのである。

 まず、料理は全てこのお箸の神様を名乗るシィが料理を指で掴んで皆の口に入れていき、そして肝心の料理は全て「皿の上に乗っていない」のである。

 なら、料理は何に載っているのか? それは……


「あっ……シィお姉さま……んっ……肉じゃがのコンニャクの欠片が、わ、私のアソコに……」


 裸になって仰向けになった一人の女が、体を「大」の字にした状態で、全ての料理を体の上に載せていたのである。


「動いたらあきまへんえ、『ディッシュ』。今日はお客はんがおるんやから、料理を零したりしたら折檻やえ?」

「あんっ、ん!」


 弥美も知識としてだけなら聞いたことはあっても、実際に見るのは初めての、女体盛りである。


「神人くん……か、彼女は……」

「うん。この子は、『お皿の神様・ディッシュ』だよ」


 そう、ただの女体盛ではなく、皿の神様による盛りなのである。

 まさかの、食器類の神まで居るとは思わず、弥美は頭を抱えた。


「き、きたなくないのかしら……」

「うん、最初は驚くよね。でも、いつもピカピカで清潔だし、お皿にソースとか調味料とかをかけて食べると、味もより美味しくなるんだよ?」

「そ、そうなの……ふ、ふーん。で、でも、口移しとか……」

「あ、あれは父さんだけだよ。俺は、あーんってされるだけで……」


 思わず目を逸らす弥美。しかし、逸らした視線の先にはまた別の女がいる。

 四つん這いになって、一家の大黒柱の父がその上に座られている女。

 それもまた、椅子の神・チェア。

 この普通ではない八百万家の一家団欒に、ある程度の覚悟をしていたとはいえ、弥美も想像以上だと少しうろたえてしまった。


「にしても……世界中に散らばった八百万の神様という話だけれど……その割には随分とこの家に集まっているのね。実際のところ、現時点ではどれぐらいの神が居るの?」


 それは、弥美の素朴な疑問であった。

 世界中に散らばる神。その数はまさに八百万。

 とはいえ、この広大な世界において、出会うことが出来る確率はとても低いとも言える。

 にもかかわらず、既にここまで多様な神がこの家に集まっているという不思議と、現時点どれぐらい集まっているかの疑問。

 弥美の問いに対して、八百万家は互いを見合って……


「神人が所有している、ブラシィ、ルゥ、アンファ、そして今日新しく入ったイレットとクーラ。ここに居るディッシュとシィ、そしてチェア」

「今は戸棚に入っているけど、包丁の神様のナイも居るわよ。それと、まだ紹介していないけれど、掃除機の神様のキュームとか……」

「うん。今のところ、神様は十人だよね」


 八百万の神の中の十人。それは全体数からすれば決して多い方ではないだろうと思う反面、十人もの神が既にこの家に住み着いているというのは多いとも言える。

 そしてもう一つ、弥美にとっては重大な気がかりがあった。


「で……神人くん。君がこれまでマ●ターベーションに使った道具は……どれかしら?」

「ぶぼっ!?」


 食事中だというのに、かなり際どい質問に神人は思わず吹き出してしまった。

 父と母も苦笑してしまうが、弥美の眼光は真剣であった。

 その鋭さからは逃れられない神人だが、


「えっ、と、ブラシィとルゥとアンファで……今日……イレットとクーラ……」

「……そう。では、このお皿の神様とか、お箸の神様とか、他の神様は●スターベーションに使ってないのね?」

「つつ、使ってないよ! 使ってるのは、父さんで……」


 と、その瞬間、父も思わず吹き出してしまった。


「こここ、こら、神人! お、お前は、よそ様の娘さんになんということを!? 母さんだっているんだぞ?」

「だって、この間、キュームを使ってコソコソしてたじゃないか! 掃除機●ナニーとかって言って!」

「ち、ちが、あ、あれはだな、キュームの吸引力を確認しようと思っただけで……」


 自分で話題を振っておきながら、父のオナニーの話題になった瞬間、弥美はゴミムシを見るかのような冷たい瞳を父に向けた。

 唯一の常識人とも思えた母も、既にこの状況に慣れてしまっているのか、「あらあら」と苦笑するだけだった。

 しかし、弥美はそこまで寛大になれなかった。


「……マスターベー●ョンのおかずが五つね……」


 ボソッと呟いた弥美は、脳裏で今後のことについて考えた。

 自分が今後も神人と交際を続け、さらには結婚した後も生活するとなった場合、邪魔な神たちも付いてくると。

 神たちと行う行為は、「浮気」ではなく、「オナ●ー」という風に無理やり割り切ることもできなくもないが、それでも好きな男が自分以外の女の格好をした者たちに欲情して腰を振る姿は苦痛極まりなかった。

 さらに問題なのは、これからも神の数は増えるかもしれないということだ。

 実際、今日だけでイレットとクーラという神が二人も増えたのだ。

 イレットは父とも交わったりしたので、ひょっとしたらそっちに行くこともありえるかもしれないが、クーラに関してはアンファとの関係もあるので確実に神人についてくる。

 そうなると、結婚したとしても神人はオ●ニーばかりすることになる。自分と交わるよりも●ナニーの方が多くなる。それだけは避けたく、何とかしなければ。


「いっそのこと、変態のお父様に神たちを全員寝取らせれば……トイレのように……」


 そんな黒いことを弥美が考えていた時―――


「「「「……………」」」」


 背後に立つ四つの殺意。

 振り向くとそこには、弥美の頸動脈に剣山のような歯ブラシを突きつけ、後頭部には削り器のようなゴシゴシタオルを構え、灼熱に滾った布団でいつでも拘束できるように持ち、そして鈍器のような枕を抱えた女神たち。

 ブラシィ、ルゥ、アンファ、クーラ。

 リビングでくつろいでいたはずの四人が、弥美の背後に立って居た。

 まるで、「それ以上口にすると殺す」と言っているような、隠す気の無い明確な殺気。


「ちょ、ぶ、ブラシィたちどうしたんだよ! 歯みがき? まだ俺、ゴハン食べ終わってないよ?」

「ふふふ、なんでもないさ。私たちとしては……御子様の未来の嫁が気になって覗いていただけだ」


 神人に気付かれて、四人はニッコリと微笑んで誤魔化すが、弥美はハッキリと分かっていた。どうやらこの四人は、もう自分と徹底抗戦を構える気なのだと。

 昼間は自分が神人の婚約者であるということで、自分には嫌われない方がいいと脅したが、クーラが加わったことで、ブラシィたちはどうやら自分に対して強気に出ると決めたようだ。


「チッ……道具の分際で……」


 小さく舌打ちする弥美。だが、おかげでもう自分の答えは見つかったと

 そして、腹の底から黒く、そして熱く滾ったマグマのような感情が沸きあがり、四人に向かって心の中で叫んだ。


――二度とリサイクルできないぐらいにして捨ててあげるわ


 弥美の心の叫びを、言葉にされなくとも四人もまた手に取る様に分かった。

 そして四人もまた、自分の主君は渡さないと決意した目で睨み返したのだった。 


 だが、その時だった。



――ピンポーン♪



 夕食時だというのに、インターホンが鳴った。

 こんな時間に誰が来たのかと皆が首を傾げると……



「遅くに失礼しまーす! ジャングルの御届け物でーす!」



 またもや、宅配業者が荷物を持ってやってきたのである。


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