第14話 突然の枕

 突如、弥美の再訪問。

 風呂場で倒れた父。

 その騒ぎを聞きつけたブラシィとアンファも駆けつけて、リビングでは一触即発の空気が流れていた。



「ガルルルルルル、御子様の恋人が、御子様を道具にしに来ただと? ふざけるなよ? これまで数多くの糸ようじや電動歯ブラシたちも退けてきたこの私に対する挑戦状と取っていいんだな?」


「随分と小生意気なお嬢さんですね。坊や様とエッチなことをされるのは構いませんが、坊や様を自身の寝具にしようなどと無礼千万ですね」


「ふっ、クズ旦那様の所為でさっきは私の力を見せそこなったけど、お風呂でこの私に勝てると思わないことね。ご主人様と私が協力し合う行為は、あんたみたいな生娘の色気を遥かに超越するんだから」



 特に、神人の所有物として重宝されるブラシィ、アンファ、ルゥの敵意は凄まじかった。

 三人はソファーに座る神人を四方から囲んで抱きつくようにガードしながら、正面で涼しい顔をしながら紅茶を飲む弥美に殺気を飛ばしていた。


「にしても……冷静に考えるとやはりすごいのね……八百万の神様……。てっきり、神人くんを狙う変態女たちなのかとも一瞬思ったけど、本物なのね」


 神たちに対して、弥美はしみじみと素直な感想を漏らした。

 その様子に、同じくこの場に立ち会う母も、苦笑しながら頷いた。



「ええ、驚かせてごめんね。嘘のようだけど、現実なの。私も主人が最初にこの現象を発見したときは、夢かと思って腰を抜かしちゃったもの」


「お母様……」


「でも、あなたはすごいのね。この状況を見れば、恋人として普通は怒ってひっぱたいたりするぐらいの気持ちになるはずなのに、受け入れてくれるのだから」



 慈愛に満ちた表情で微笑む母に対し、弥美はどこか纏っていた瘴気が少し収まりだし、少し照れくさそうに頷いた。


「なら……お母様と同じです。好きな人のことなら受け入れないと……です」

「あら!」

「そして、これで私も八百万家の嫁になる資格を得たと思ってもいいのでしょうか?」

「ええ、もちろんよ! むしろ、こんな神人くんを受け入れてくれるなら、どうぞもらっていって!」

「はいっ! 必ず息子さんを幸せにします!」


 先ほどまでルゥたちを冷たい目で見下していた様子とは打って変わり、まるで猫被っているかのように母に対して誠実な様子を見せる弥美。


「そしたら、近いうちにあなたのご両親にもご挨拶しないとダメね。でも、果たして神人くんを受け入れてくれるかどうか……」

「大丈夫です。反対されたら両親は私が殺……私も一緒に頭を下げてお願いし通します。私の運命の相手は神人くんなのだと」

「運命ッ!? は~、いいわね~、若いって。私も主人のことは昔そう思ったかな? 今はもうすっかり、夜の生活も御無沙汰になって、主人ったら自分で溜まったモノは道具で処理して……あら? ちょっと下品だったかしら? ゴメンなさいね」

「いいえ、そんなことありません。参考になります。私は彼にマスターベーショ●なんて頻繁にさせません。セ●クスレスなど起こしません。どうしても彼が自慰をするのは、私が妊娠中などで行為そのものができないときだけです」

「きゃ~~~! 私ったら近い将来おばーちゃんに? や~ん、はやく孫を抱っこしたいわ~!」

「ドンと任せてください、お母様。学校を休学してでもすぐに仕込みます」


 二人のやりとりに神人は口を挟むことはできず、トントン拍子に二人の会話は進んでいく。

 そんな二人だけの世界に、イライラし続けた三人の神たちはついに我慢の限界を越え、テーブルを力強く叩いた。



「女将様! 御子様に結婚も子作りもまだ早いです! 御子様はまだ学生! オナ●ーで十分です!」


「そうです、女将様! 子供は子供らしく、母親の目を盗んで●ナニーすることこそが健全な思春期の子のあるべき姿です! そのために、私たちも居るのです!」


「大体、セック●なんて本当に気持ちいいのかしら? この間、暇だからご主人様のパソコンでネットサーフィンしてたら、男の子にとっては●ックスよりもむしろ●ナニーの方が相手に気を遣わない分気持ちいいって書いてたわよ?



 弥美との交際解消やら失恋がどうのの話題などもはや誰も頭になく、今はただ目の前で母親公認の恋人となった弥美との間で母と進められる家族計画に、三人の怒りは収まらない。

 だが、そんな三人の声に、弥美は鼻で笑った。



「ふっ、肉ブラシと肉布団と肉タオル……私にそんなに生意気でいいのかしら?」


「「「ッッ!!??」」」


「結婚したら、彼と私は引っ越そうと考えているの。ほら、この家はお母様とお父様の家だしね。そのとき、もし私が反対したら、あなたたちはそのままこの家に置いていかれるのよ?」


「「「ッッッッ!!!???」」」


「そうなったら、あなたたちは……ふふふふ、そのまま御父様におさがりで使われるのかしら?」



 将来、神人の妻になるのであれば、その権限は計り知れない。

 生涯神人に仕えると誓った三人だが、もし妻の反対があれば?

 それに、これまでの様子から神人は弥美に対してどうも逆らえる様子はなく、つまり弥美が命じれば神人は強く出れない恐れがある。

 そうなった場合、弥美に嫌われたら三人はどうなるのか?

 神人ではなく、父親に残りの生涯を道具として使われる? オナ●ーとしても使われる?

 もし、最初に出会ったのが神人でなかったら、その運命も受け入れたかもしれない。

 だが、今はもう無理だと、三人はゾッとした顔を浮かべてカタカタと震えた。


「弥美さん、かわいそうでしょ? 三人は神人君と毎日一緒だったんだから……」

「ふふふふ、冗談です♪ お母様がそう言われるのであれば、私も彼女たちと仲良くしたいです」


 母の言葉にニッコリと微笑んで「冗談だ」と口にする弥美だが、三人はハッキリと見た。

 笑顔を見せるも、一瞬鋭く冷たい瞳が三人を射抜いたのを。

 三人の神は、その瞳で全てを察した。

 この女は本気で気分を害したら、自分たちを強引に置いていくか、もしくは捨てることすらもするだろうと。


「くっ、ま、まずいぞ……どうする……」


 母と弥美には聞こえないように小声で、ブラシィが呟いた。


「ええ、このままでは坊や様が……そして私たちが……」

「こうなったら、ご主人様に生涯●ナニーしかしないぐらいの生き方をしてもらうしか……」


 もし弥美と神人が結婚したら、仮に自分たちも結婚後も引っ越し先で神人に使ってもらえることになったとしても、自分たちは生涯戦々恐々としながら過ごさねばならない。

 それを避けるには、やはり二人の結婚を断固拒否しなければならないと、三人は頷き合った。

 だが、どうすればいい?

 その妙案が思い浮かばず、三人が悔しそうに歯ぎしりしていたその時だった。


―――ピンポーン♪


 突如、家のインターホンがなった。


「あら? 今日はお客さんが多いわね。誰かしら?」


 何事かと母がインターホンのモニターを付けると、向こうから元気な声が聞こえてきた。


『通販のジャングルでーす! お届けに上がりました!』

「えっ? あ、はい、ご苦労様です」


 来訪者は客ではなく、ただの宅配だった。

 母は頷いて、リビングにある棚から印鑑を取り出して玄関に向かう。

 その母が席を外した僅か数秒……


「ふふふ、神様たち。私を奥方様と今度から呼ぶのであれば、少しはあなたたちのことを考えてあげてもいいわ」


 急に大きな態度で「ふふん」と鼻で笑う弥美に、三人は顔を真っ赤にして立ち上がる。


「「「ッ、だ、誰がッ!!」」」

「も、もう四人とも、仲良くしようよー!」


 誰がお前なんかにそう呼ぶものかと三人が怒鳴り立ち上がろうとしたとき、玄関から届け物を受け取った母親が小走りで帰ってきた。


「ふぅ、なんかジャングルから届いたわよ? これ、……お父さん宛ね……何かしら? 寝具って書いてあるけど……」


 母の手には少し大きめの段ボール。しかし軽々と母が持ち上げていることからも、それほど重くはなさそうである。

 父宛のようだが、父は気絶して部屋で寝ているため、確認のしようがない。


「お父さんったら、黙ってこんなの買ったのね。……開けちゃおうかしら?」


 別に父が通販で何かを買ったとしても、特に怪しいものではなさそうなため、別に確認しなくてもよかったのだが、逆に開けても別に構わないだろうと思い、母は何も考えずに段ボールのガムテープを剥がし、中身を覗き込んだ。

 すると中には……


「あら……枕ね……」


 そこにあったのは、新品の枕だった。


「ッッッッ!!!???」


 別に珍しいものではない。だが、その時、一人だけ目を大きく見開いて全身をガタガタと震わせた者が居た。


「うっ、うそ……こ、この感じ……ま、まさか……まさか……」


 それは、アンファだった。

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