第11話 僕のトイレ

「神人くん……キミはまさか……この、変な人たちを受け入れるというのかしら?」


 弥美の気持ちを神人は理解している。

 人から見れば、ただの変態みたいな関係性かもしれない。

 普通ならドン引きするし、それが恋人なら尚更だ。

 本来、神人のような凡人では信じられないほど高スペック美人の彼女をゲットできた以上、嫌われる可能性があるものなど排除するべきである。

 しかし、神人はそれでもと、譲らなかった。

 そして……



「人も、物も、それぞれ使い方っていうものがあるんだ。だから、正しくない使い方をしたら、かわいそうだし、すぐに壊れちゃうんだ」


「神人くん……」


「弥美さんは弥美さんなんだ。俺の恋人だけど……決して、弥美さんは俺の歯ブラシでもボディタオルでも掛け布団でも、……トイレでもないんだ」



 自分の道具はここにある。

 ここに居る神様たちこそが、自分の歯ブラシであり、ボディタオルであり、そして掛け布団であると、神人は主張した。

 そして……


「壊れた便座は、流石に修理できないし交換が一番なんだけど……でも、今だけは……まず、割れた破片を瞬間接着剤で着けて……あっ、これ、後でお金払います!」


 神人は腰を下ろして、床に散らばる便座の破片を拾い、瞬間接着剤で修繕していく。


「でも、これだけじゃ強度は出ないし、柔軟性も出ないから、プラスチックのシートを……ここはホームセンターで色々揃ってるから、……うん、これで良し!」


 砕かれた便座を応急処置。それは、体重をかければ直ぐに割れるし、割れたヒビに尻の皮膚がくい込んだら悶絶ものの絶叫を上げてしまうもの。

 ゆえに、この便座はもう使えないだろう。

 しかし……


「壊れた便座は使えないけど……それでも……俺は……君を使うよ……こうして出会えたんだから……」

「お坊ちゃま……」

「ごめん、弥美さん……俺、すごい変なこと言ってるって分かってるよ……変態だって言われてもいいよ……嫌われたくないけど……でも、ウソもつけないんだ……俺、やっぱり、この人たちを捨てられないよ」


 弥美の愛は素直に嬉しい。しかし、神々の自分に対する気持ち、八百万家に対する想い、そして奇跡のような出会いを神人は知っている。

 だから、神人は決心する。

 応急処置した便座を、まるで結婚指輪を渡すかのように肩膝ついて、イレットに渡す。



「毎日大切に使います。だから、今日から俺専用のトイレになってください」



 気持ちを込めて、想いを伝えた。

 すると……


「ぼっちゃ……ま、ぼっ……ちゃ……」


 あれほど淫らに乱れまくっていたイレットが途端に迷子だった子供のように……


「い、あ、あ、……あっ、ううっ、ぐすっ、ひっぐ、ぼ、ぼっちゃま……」


 トイレの水を逆流させたかのように大粒の涙を流したのだった。


「神人くん!」

「ゴメン、弥美さん……今日……キャンプに行けないや……新しいトイレを家に設置しないといけないから……」


 神人のありえぬ発言に思わず叫ぶ弥美。だが、もう神人は決めていた。

 泣きじゃくるイレットを起こし、そして、床に倒れている三人の大切な存在も起こす。


「御主人様……」


 ブラシィたちが縋るような目で神人を見上げると、神人も笑顔で頷いた。


「これからも、大切に使うよ。だから……一緒に家に帰ろう」


 その瞬間、感極まった歯ブラシとハンドタオルと掛け布団が、涙を流しながら神人に抱きついた。



「御子様アッ! あ、あ、当たり前だ、わ、私は生涯御御子様の歯を磨くのだ! 歯だけでなく頭のてっぺんから足の爪先からお尻だって、全部ゴシゴシする!」


「ふ、ふん、な、なによ、そそそ、そんなに私がいいわけ? 仕方ないわね。すごくいやだけど、そ、そこまで言うなら、ずっと一緒に居てあげるんだから、だ、だから感謝しなさいよね! 子供だって産んじゃうんだから! 母娘でゴシゴシしてあげるんだから!」


「この身をずっとあなた様と共に! 誓いは出会ったあの日から微塵も色あせていません! これからも、どうぞ私をお使い下さい、坊や様ッ!」



 四人の神が、神人にしがみ付いて離れようとせず、かなり歩きづらそうにしながらも、神人はホームセンターを後にしようとする。



「神人くん……君は……私では道具になれないと言いながらも、そんな私よりも道具を選ぶの?」


「ごめんなさい……弥美さん……」


「……キャンプに行きましょう。そして、思い出を作り、今日は私が君に純潔を捧げるの。二人の記念日となり、これから先も何度も愛を重ね合う。そうでしょ? ねえ、神人くん……ねえ?」



 後ろから、重たい口調で訪ねてくる弥美の声。

 もう、神人は、振り返ることは出来なかった。


「俺……こんなやつで……ごめんなさい……」


 これでもう嫌われてフラレてしまうだろうと神人は確信していた。

 そもそも、物を大事にできても、人を大切出来ないような男には不釣り合いなんだと自分に言い聞かせた。

 そんな自分を一時でも好きだと言ってくれた弥美に感謝しつつも、神人は謝罪した。


「そう………………分かったわ…………」


 弥美はそれ以上追及しなかった。

 そして、この瞬間、自分たちは終わったのだと、神人は悲しくなるも、自業自得と思い、もう一度弥美に謝りながら店を出た。


 父親を置き去りにしていることを忘れるぐらい、神人は弥美に対する罪悪感でいっぱいだった。


 しかしその時、店を出た神人には聞こえなかったが、弥美は確かに呟いた。


















「……じゃあ、……君を私の道具にするわ……」


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