第10話 覚醒彼女
愛全が、恋人の道具になる宣言は、神々の怒りを買った。
それは敬愛する主の大切な想い人とはいえ、決して許すことの出来ない発言だった。
「御子様の歯ブラシになるだと? ふざけるな! 貴様に歯磨きの何が分かる! 何気ない作法の中にも真髄あり! タイミングや道具の使い方、力加減やフォーム全てで歯を大事にできるかどうかが決まる。更には、歯磨きとは歯の洗浄や虫歯予防などのみのためと考えているのであれば笑止千万! 歯を磨くことにより唾液を清潔にし、その唾液は肉体の代謝や肌の代謝にも効果がある。更には脳細胞のリフレッシュ化、集中力増加等肉体に及ぼす影響がどれほどあるものか!」
「ねえ、あんた。人はどうして体を洗うのかを考えたことがある? 体臭のため? 汗を洗い流すため? 軽く考えないことね。体から出される汗や脂、さらには空気中に漂う塵や埃など、肉体を汚すものを放置することにより、皮膚を痛め、菌や空気などにより汚れが変異して人体に悪影響を及ぼすのよ? あんたはそれをできるというの?」
「人間の三大欲求の一つとも呼ぶべき睡眠。そう、寝るという行為は生きている人間にとっては、誰であろうと必要不可欠なもの。脳や体の休息、そして癒し回復させるという行為を疎かにすることは、その人間の活動、肉体、すべてに大きな影響を及ぼし、中には睡眠により十分な休息をとれずに過労で倒れてしまう人間も居ます。だからこそ、寝具とは誰よりも坊や様のお体を考え、この上ない極上の安眠を提供して差し上げることが使命。それを今度から自分がされるなど、軽はずみに言わないで戴きたいです」
「排泄とは―――――――」
神々が自分の使命とプライドを延々と語ろうとするも、イレットの件になると……
「ストーーーーーーップ! ダメだよ、トイレの神様はあああ!」
「あんっ! 坊ちゃまあん、どういうことですうん! なんで、私だけえん!」
「トイレの神様の話は凄く生々しくなりそうだから多分言っちゃダメえ!」
流石に子供も居るようなこの場でアピールされるのはまずいと慌てて止めた。
イレットは物凄い不満気な顔を浮かべるが、しかし表情は真剣だった。
「でも、トイレもまた人間の生活に密接になり、特に下水道のインフラが整った世界において、トイレというものはどの建物においても絶対に必要不可欠な存在ですわあん。よく、地上の人間は『汚いもの』や蔑む意味として、トイレを語りますがあん。『便所虫野郎』、『便所に顔を突っ込ませる』、『便所舐めさすぞ』、『便所メシ』、『肉便器』など、マイナスなイメージばかりよん」
「いや、待って、トイレの神様! なんか今あげた例の中に言っちゃダメなの混ざってた! 混ざってたから!」
「でもん、トイレがあるのにトイレを使わない人間はこの世にいないわん。歯ブラシがあっても歯を磨かない、お風呂があっても体を洗わない、暑いから布団を被らない、そんな人間はこの世に沢山居るわん。でもね、目の前にトイレがあるのにトイレに行かない人間なんて一人もいないわん! そう、トイレこそが人間社会におけるもっとも密接な存在であり、パートナーであり、そして癒しの空間なのよん!」
トイレこそが至高であり、その神たる自分こそが最上である。まるでそう言わんばかりにイレットは熱弁した。
この状況、その言葉、色々とメチャクチャなことではあるものの、何となくだが聞いている者たちは思わず納得しそうになった。
だが……
「足りない機能は……愛で補うわ!」
「「「「あ……あいっ!」」」」
愛。それこそが自分の最大の武器だとばかりに、弥美は返した。
だが、それこそブラシイたちは黙っていない。
自分たちの奉仕精神と主を想う気持ちが、「愛」に劣る? いや、そもそもこの想いを「愛」と呼ばずに何と呼ぶ?
もはや、四人の神たちは敵同士だったことも忘れて激昂した。
しかし、弥美は退かない。
「どちらにせよ、あなたたちが神人くんに想いを抱くことは自由よ。でもね、神だとか主だとか運命だとかを大義名分として、嫌がる神人くんにそれを強要しないでもらえるかしら? 彼は私の恋人なのだから!」
むしろ、退くどころか、自分から前へ出た。
「どんなにクオリティが高くても所詮は消耗品! 使い込めば買い替えは必須!」
「ッ、な、貴様ァッ!」
弥美がブラシィの間合いの中に入り込む。
ブラシィが巨大歯ブラシで弥美を叩こうとするも、その手首を掴んで間接を捻って、床に倒した。
「そして、ボディタオルもまた、繊維が崩れて泡立ちが悪くなれば使い物にならないわ」
「ちょっ、なにすんのよこのっ! ッ、こいつっ、は、はやいっ!」
ルゥが弥美を拘束しようとするも、タオルの攻撃を華麗に回避し、足払いでルゥに尻餅つかせる。
「ブラシィちゃん! ルゥちゃん!」
「そして……掛け布団もどれだけ洗おうとも月日によって劣化やダニや塵の発生、更には湿気を吸収することによる弾力性や保温性を失われるもの……」
「いた、っ、は、離してくださいッ!」
布団防壁を張る間も無く、弥美はアンファの背後に回りこんで両腕を拘束。
身動きが取れずに暴れようとするも抜け出せないアンファ。
すると、
「もう怒ったわあん! いくら坊ちゃまの女とはいえ、あなたは綺麗に流してあげるわあん!」
「あら、それが神様とまで言っている人のトイレの使い方? ますます、私の彼氏はあなたたちに委ねられないわ!」
「あなたに何が分かるのん! この奇跡の出会いを理解できないあなたに言われたくないわあん!」
ただただ、イレットは叫んだ。
「私は何年? もう、何年このホームセンターで一人で出会いを待ち続けたか! 動くことも探しに行くことも合図を送ることもできずに、主でもないものたちのモノを受け入れて、身も心も穢される日々! 清い体でご主人様に出会うということも叶わず、中古品として汚れ続けた日々の中、ようやく出会えた! ようやく出会えた! それなのに、それなのいいい!」
痛い。イレットの叫びがただただ心に響いて、神人の心は痛かった。
「イレット……そんなに……俺たちのことを……待って……苦しい日々を耐えて……」
そのとき、イレットが発生させようとした渦の威力が弱々しくなった。
弥美は反撃しようとしていた手を止め、呆れたように笑った。
「あらあら、短時間に流しすぎた所為で、威力が弱まったのかしら?」
「なっ、んですって……」
力を使いすぎたことに驚きを隠せないイレット。
そんなイレットに弥美はゆっくりと歩み寄り……
「愛全流柔術……」
「ッ!」
「虎爪拳!」
指に力を込め、まるで獣の爪のように鋭く、振り下ろした。
その爪は、イレットの目の前で振り下ろされた。
もしイレットに叩き込まれていたら、その美しい顔をズタズタに裂かれていただろう。
だが、イレットの顔は無傷。
しかし代わりに、その腰元に巻いていた便座の形をしたスカートが砕かれていた。
「なっ……ッ……なん……」
強い。
神すらも思わず恐れを抱くほどの弥美の力。
弥美はどこまでも非情で冷たい目をして、目の前で腰を抜かしてしまったイレットを見下ろした。
「でも、人間は永遠の愛を遂げられる生き物。確かに中には、浮気や感情のすれ違い等で愛が冷めるという人も居るけど、私はそうはさせないわ。彼を幸せにしてあげるから」
このねーちゃん、スゲーし、美人だけど、なんか恐い……
そんな空気が場を包んでいた。
そして弥美は無慈悲な表情を浮かべて……
「それでも彼に道具として使ってもらうということを強要するのであれば、今ここで使い物にならないように―――」
使い物にならないように破壊してやろうか?
そんな脅しにも似た言葉が弥美から告げられようとした、その時だった!
「ダメだよ、弥美さんっ!」
弥美の手を、神人は掴んで止めた。
「……神人くん……」
「突然のことで、色々隠してたし、弥美さんには悪かったと思ってるし、怒らせて本当にゴメンって思ってるよ! でも、御願いだから、この人たちを……物を粗末にするようなことをしないで!」
全ては自分が原因でこの騒ぎが起こったと自覚しながらも、神人は懇願した。
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