とある女の告白と、とある男達の事情

ネイさん

第一話 山の上のルサンチマン


はい、どうも。

本日もお話を一つ。

世に悪が栄えた試しは無しと申しますが、その逆も然りで御座いますな。

あれやこれやと手を変え、品を変え。

本当にもう、逆に感心をしてしまいますな。

楽をして儲けようとして逆に苦労しているのではなかろうか、と。

そんなこともないのでしょうがね。

どちらにせよ、苦楽の話で言えば、騙された方が苦しいのが当然の話。

そんな苦境に落とされた女の話で御座います。

名を天野(あまの)涼(りょう)と申します。

年の頃はそうですな、21、2といった辺りで。

ああ、しかし、それはお話を聞いた歳が、ですな。この物語の中では高校生程度の年齢だったのでしょう。

昔の姿は兎も角、お話をお聞きした際は、凜とした立ち姿の美しい方でしてな。

それでいて、もう雰囲気が、薄幸。

聞けば伴侶も無く、親とも生き別れ。

そんな御方からお話を頂き、本日は語らせて頂こうと思います。


語る噺は浮世の欠片。

氷川の隠居が国是を憂い、人の情けは泥塗れ。

次から次へと呆れるほどに、浮かんで消えるは悪の華。


毒か薬か飲むのは彼ら。


雪に白鷺、闇夜に鴉。

月に叢雲、花に風。

四者の織りなす勧善懲悪夢物語。

夜長の暇にお聞きませ。



1 『山の上のルサンチマン』

 始まりの舞台はとある山の上にあります、公園の端でした。

その公園と言いますのは、展望が売りのところで御座いまして、その街を一望できる展望スペースに、叢(むら)雲(くも)真一(しんいち)は居りました。

彼はこの公園の管理人でして、住居もこの公園内にあります。

住居兼管理事務所なのですな。

今の時分は22時頃、曜日は週末で御座います。

こんな山の中の公園でも、こういう日のこういう時間では、愛を誓い合う若者や無頼気取りの連中で賑わいまして。

管理人としては気の重い日なのですな。

しかし、今日に限っては誰も居ない。

さて珍しいなと思い、外に出てみたところどうも街の方が異様に明るいのですな。

よくよく見てみれば火事のようで。

なるほど、その火事に街の視線が集まっているのですな。

1人頷き、踵を返したところ、管理事務所の脇にある石段に人影を見つけました。

この石段といいますのは、山頂に続いておりまして、天辺には仏舎利塔が御座います。

一応はこの公園の売りなのですが、夜間に行くものでは御座いません。

何せ外灯なんてものも御座いませんので、夕方辺りから石段の入り口は封鎖しております。しかし、封鎖と言ってもチェーンを引いたような簡素なものですので、きっと人影の主はそれを乗り越えたのでしょう。

ままあることです。

しかしながら職務上見逃す事も出来ません。

どうやら石段に座り込んでいるらしい。

真一と同じように火事を眺めているのかもしれませんな。

「真ちゃん、どうしたの?」

人影に視線を注いでいると、そう声をかけられました。

声の主は同居人の華風八雲と申します。

杖をついた、赤みがかった長髪の、月明かりの似合う女です。

どうもこうも、と真一は石段を指さします。

あらぁと八雲は花のような笑みを浮かべました。

「なあに、幻覚?あらあら、とうとう気が触れたのかしら。大変ね。この辺りには藪と評判の精神科しかないのだけれど仕方ないかしら。山のような処方箋を貰って帰ってくればいいわ。大丈夫、ちゃんと飲み残しや飲み忘れが無いように管理してあげる」

実に嬉しそうに言う八雲嬢に真一は視線を向けます。

「仮にそうだとして、妥協するなよ。仕方ないで済ますな」

仕方ないのは貴方だったわね、と八雲嬢。

右手に持つ杖に体重をかけ、真一に視線を真っ直ぐに注ぎます。

「見なかった事にするっていうのもありよ?私には見えていないし。夜目が利かないのよね」

「真顔で何を言う」

「本音よ」

正直な御仁なのですな。

それはともかく、と真一は視線を石段に戻しました。

どうも女の子のようで。

年の頃は高校生くらいでしょうか。

はたと、こちらの視線に気がついたのか、人影は立ち上がり、石段を登り始めました。

「あちゃあ…」

それを眺めながら八雲嬢はそう言います。

「見えてんじゃねぇか」

真一の発言を、八雲嬢は鼻で笑いました。

「当たり前じゃない。アンタに出来て私に出来ないのは種を撒くくらいよ」

「品が無いな!?」

五月蠅いわねぇ、と呟き、八雲嬢はゆっくりと歩を進め始めます。

そして杖を石段に向けました。

「ほら、追いかけなさいな」

「俺は犬か」

「うまく出来たら撫でてあげるわよ?」

カラカラと嗤い、八雲嬢は石段の横にある管理事務所へ。

「全く…」

ぼやく真一は石段へと向かいました。


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