第1章 第2話【ママ…】

〜一週間後〜



「メイドカフェ成功させるぞ!」

学級委員の一人が指揮を高めたと同時に、一年三組のメイドカフェが開店した。

男も女もメイド服を着て接客を行うと言ういかにもな出し物だけど、定番が故に客もわんさか入ってくる。

「彰人、メイドゆあちゃんはどう?かわいい?」

休憩時間となり、一言も話さずにずっと俺の後ろを着いて来ていた優愛がやっと口を開いた。

「そんな事より、ちゃんと仕事をしろ。」

「……はい。でも、彰人のメイド姿がキモすぎてっ」

堪えきれなかったのか、優愛はプハハッと吹き出すように笑った。

話を聞くと、俺のメイド姿が似合わなさすぎて急に笑わないために俺の後ろを着いて来ていたらしい。

「彰人ってかっこよくもかわいくもなくて、やっぱりなんか面白いね!」

俺には嘲笑にしか聞こえないけど、優愛は休憩室に来てからずっと笑ってる。

悪い気を起こしてないならまあなんだっていいか。

「あんまりしつのいと、今から校内放送で優愛のだらしなさをある事ない事言いまくるぞ。」

「突然全校生徒と来校者に、証拠もなしにあんな事やこんな事を言うなんて、退学で済むといいけどねえー」

こいつの変なところで頭の回転が早いところが、本当に気に食わない。

「あ、そう言えば生徒選挙でキングとクイーン取ると好きな人に告白しなきゃいけないらしいけど、好きな人いんの?」

俺は、そもそも興味がなかったから今まで優愛の恋愛事情を知らずに生きてきたけど、どんな人がタイプなのかは割と気になる。

「彰人から恋バナ振られるなんて…お姉ちゃん泣いていい?」

「どっちかと言うと優愛は妹だろ。と言うか、どこに泣く要素があんの?」

「だって、彰人ってラブコメばっか読んでるのに恋愛に興味なかったじゃん?」

高校生にもなって好きと言う気持ちを知らないのは、かなりの致命傷らしい。とはよく聞くけど、本当だったらしい。

「で、好きな人はいんの?」

今も恋愛に興味はないけど、優愛の好きな人にはなんとなく興味がある。

「いるよ!誰だと思う?」

急に真面目な表情で話した優愛だけど、こう聞いてくるって事は教える気はないんだと思う。

「検討がついてたらわざわざ聞かないでしょ。」

「まっ!クイーン取って告白するから、答え合わせはその時にー!」

結愛が立ち上がると同時に、生徒選挙立候補者招集のアナウンスが流れた。

「じゃあ行ってくるから!絶対私に投票してね!」

そう言って、メイド姿のまま体育館へと向かって行った。

里帆からも似たような事を言われたけど、俺はどっちにも投票する気はない。と言うより、そもそも見に行かない。

校内にある各クラスの出し物だけど、それを全て快適に巡れるのが、ほぼ全員が体育館へと向かったこの時間だけ。





そして、生徒選挙の入場開始アナウンスが流れて廊下が通勤電車並に混んだ後、静かな時間が流れ始めた。


────────────────────


「それでは始まりました!白咲学園祭恒例!付き合ってみたい生徒選挙!!!まずは自己紹介からして頂きましょう!」

体育館のステージに立つのはこれが初めて。しかも、何万人といそうなほど密集してる…

緊張してる時ってどうしたらいいんだっけ、手のひらにカボチャって書いて投げるんだっけ……

「身長153センチメートルで体重42kg!そのかわいらしいルックスから繰り出される満面の笑みは誰の心でも掴んで離さない!エントリーナンバー1、一ノ瀬優愛!」

手のひらにカボチャを書く暇なんてないまま自己紹介のフリが来ちゃった…しかも体重までバラされるの!?えぇ……

「い、一年三組の一ノ瀬優愛!です…特技は沢山コミュニケーションを取って人を元気にする事です!」

ちゃんと台本書いて覚えてきたのに、全部すっ飛ばしちゃったし、特技なんて全然ないのに…

「身長166センチメートル体重50kg!その銀髪ショートから見え隠れする温かくも鋭くもある眼は見る者全てを魅了する!エントリーナンバー2、水瀬里帆!」

背高いし細いし透明感やばいし、おっぱいでかいし、里帆ちゃんは危ういかもな…

「一年三組の水瀬里帆です。特技は特にありませんが、家事は一通りできるし好きな人相手だとなんでもしちゃいます。どうぞよろしくお願いします。」

里帆ちゃんが綺麗なお辞儀を見せると、あまりのどよめきから体育館が大きく揺れた。

ファーストインプレッションは負けちゃったなぁ…しかも家事できるんだ。どうしよう……

その後は先輩の女子生徒が紹介されて行き、三年男子の紹介まで終わった。

「それでは予選試験の初デート用の服でファッションショースタート!」

ファッションショーってどうやって歩くのが正解なの?しかも一番前だし。取り敢えず手を振ってみ──

『うおぉぉぉぉぉおおおおお!!!』

何?私の後ろで何をやってるの?分かんないよ……

何も分からないまま、ただ行って戻って終わってしまった。

予選試験の集計が終わり、結果発表に移った。ここで上位二人に絞られて最終試験になるらしい。

「女子生徒一位は水瀬里帆!二位は一ノ瀬優愛!」

えっ!?なんで私が二位なの?私何もしてなかったのに…ま、まぁ私がかわいいから?て事でいいのかな……

「続く最終試験は、出来る彼氏彼女力を見せつけろ!家庭力対決ーーーーー!試験内容は簡単、シミ落としやちょっとした料理、洗濯たたみを行い、家庭科教師の先生にレポートしていただきます!手際や綺麗さにご注目ください!それでは、スタート!」

終わった…………………………


────────────────────


「かわいい幼馴染が体育館で頑張ってるのに見に行ってあげないの?」

一人で快適な廊下をゆっくり歩いてると、通り過ぎようとした教室の中から優しさに包まれすぎた声が飛んできた。

「なんだ、聖那か。」

一年二組の七草聖那は中学生の時に学級委員として一緒に活動してからの仲だけど、高校に入ってからはたまにメッセージのやり取りをするくらいになっている。

ちなみに、中学生の時にクラス全員からママと呼ばれてたくらいには見た目も性格も母性が強い。

特に、メガネのフレームによって見え隠れするホクロが大人気だった。

「そんな反応されると悲しくなるな〜久しぶりに二人きりで話すのに……」

聖那が横にある椅子を右手でトントンと叩き、こっち来てと無言の圧力を加えてくる。

怒らせるとやばいのは知ってるから、とりあえず従うしかない。

「確かに、最近声聞いてなかったから、話しかけられた時ママって言いそうになったよ。」

もちろんそんな事はないけど、まあ挨拶みたいなものだ。

「そう言えば、真木君だけはママって呼ばなかったよね。」

聖那は相変わらず、脳で溶けるような柔らかい声で話す。

「聖那の方が呼びやすくない?あと、同級生をママって呼ぶのはなんか恥ずかしい。」

母親をママと呼んでるからって言うのを上手く隠して本音を伝える。

「真木君だけ名前を呼び捨てで呼んでくるから、真木君と話す時はちょっとドキドキしちゃうんだよ?」

机に突っ伏してから、顔だけをこちらに向けるようにしてじーっと見つめてくる。

「えっと、二組は何やってるんだっけ?」

二組の出し物は見ての通りにも程があるジェットコースター。

聖那の声や仕草の全てが脳で溶けるから、自然と脳も溶けて何が何だか分からなくなってくる。

「乗ってみよっか。」

「う、うん……」

腕に口が当たってるせいで少し篭った声ですら……いや、口が当たってるせいで少し篭った声だから、布団の中で話してるかのような錯覚に陥ってしまう。

階段を登る時も後ろにいて、「いつちに、いだちに」と掛け声を言いながら両手で俺の腰を支えながらだから、階段一段に両足を付けてからじゃないと登れなくなった。

「怖いなら私も一緒に乗ろっか?」

ああ…ママだ、ママすぎる。

「一人で乗れるも…乗れるよ。」

聖那と話すのはまじで危なすぎる……

「でもさ。せっかくだし一緒に乗らない?青春ってやつ!」

唐突聖那からママみが消えて、優愛みたいな事を言うようになった。

「でも、二人入るには狭くない?」

横幅は余裕があるけど、縦は一人専用みたいな長さ。

「これね。縦を人一人分よりちょっとだけ大きくしてるから、カップルが密着できて嬉しい設計になってるの!」

「なるほど……」

青春っぽいからやりたいって気持ちも分かるけど、聖那の説明を聞いて余計にやりにくくなった。

「真木君が嫌だったらいいんだけど……」

苦笑いでそう言われては、断りづらい。

「や、やろう。」

普段の俺なら間違いなくやらないし、そもそも挨拶だけして一人になる。

だけど、聖那に関しては声が心地よすぎるのに加えて、学級委員の時に色々と迷惑をかけたから本当に特別すぎる。

「ハグするみたいになるとあれだから、向かい合わせにしよっか!」

最も危惧していた点が、聖那の提案によって解消された。

「うん、そうしよう。」

元々ジェットコースターが苦手なのに加えて、スピードも安全性も分からないこの学園祭特有のジェットコースター。

いざとなると怖すぎて漏らしそうになる。

ジェットコースターに向かい合って座り、足同士だけが触れ合う形になった。

「じゃあいくよー?三!二!一!スタート!」

そこから一気に記憶が飛んで、気付いた時にはダンボールの上にいた。

ある程度の状況確認が済んで立ち上がろうとした時に気が付いた。

聖那の顔がゼロ距離にあって目が合い、唇には柔らかく温かい感触があり、身体も密着していた。

「えっと……」

「あっ……」

処理が追い付かず、しばらくは唇を離しただけの状態で見つめ合うだけだった。

何秒か何分か、何時間か経過した時間が分からなくなるくらい、一瞬が長くなっていた。

「私、ずっと真木君の事が好きだった。真面目でユーモアがあって、優しくて色んなところを見てる真木君が大好き。」

「え……?」

「真木君、私と付き合ってほしい。」

ジェットコースターに乗り、気が付いたらキスをしていて、更に告白された。

何がどうなってるのか分からない……

「あ、頭ぶつけた…とか?」

「違うよ。私がここに残ってたのは真木君ならこの時間に来るって思ったからなの。」

「でも──」

俺が言葉を発しようとした瞬間に再び柔らかく温かい物で閉ざされ、今度は口の中に何かが入ってきた。

口の中で何かが俺の舌を絡めとるように動き、頭がボーッとしてくる。

何も考えられなくなって、いつの間にか口が解放されていた。

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