第41話 身に覚えのない再会

少し待っていると、空に大穴が開く。

今回は、白い箱ではなく、数人の人間が物資と共に降りてきた。

俺もイレギュラーが無ければ、本来はこのようにこの街で迎えられるはずだったのだろう。それが何故か古城で目覚めて、あとは…。ヒナミを見ると、ニコリと微笑みで返されてしまった。

穴はすぐに閉じ、元の何もない空に戻る。紐が繋がっていないと本当にすぐ穴は閉じるようだ。


「外国人か」


今回降りてきた人間は日本人ではないようだ。機関の訓練所では外国人も少なくなかったので、珍しいことではない。何度か俺も外国人と組み手などをしたことがある。そのときはなにやら暴言らしき言葉を吐かれ続けたが。


「ヘーイ、ベイビー!ようこそ異世界へ!」


おお、出迎えているのはボブではないか。この世界に来たばかりの時に樋口さんに引き合わされた黒人のボブだ。

ボブの元へ集まった新しい転移者たちは皆キョロキョロと辺りを見回している。やはり珍しいのだろう。気持ちは分かる。

なんて、微笑ましく見ていたら、そのうちの1人と目があった。

軽く会釈をすると、その外国人の顔が真っ赤に染まっていく。


「貴様ァ!ここであったが百年目!!」


「へ?」


反応する間もなく、その外国人は俺に飛びかかってきた。

まあ俺もこの世界に来てから幾度となく死線をくぐり抜けている。いまさらこの程度で慌てる男ではない。

華麗に避けようとしたが、その前に両脇の人たちが素早く動いた。


「何?貴方。無礼極まりないわね。まさかそれが母国流の挨拶だとか言わないわよね?」


圧倒的な膂力をもって男を掴みあげるレイア。

そして、ナイフを振り上げるヒナミ。


「ってヒナミそれはマズいって!」


「あんっ」


咄嗟にヒナミの腰に抱きついて目の前で行われようとしていた凶行を阻止する。

なんとか止まってくれたようで、ヒナミはナイフを取り落とした。

その音で、自分が殺される寸前だったことに気がついた男は、青ざめていた。


「ふん」


「痛い痛い痛い!!」


急にレイアに力を込められたのだろうか。男は捕まれている左腕を押さえて悶絶し始めた。


「お前もそこまではしなくていいだろ!」


ヒナミを離して、今度はレイアに詰め寄る。


「ごめんなさい、つい力が入ってしまって」


まるで今にも口笛を吹き出しそうな白々しい顔だった。


「ふ、ふん…女に守られて情けない男だだだだ」


「この状況で悪態をつくことが出来るのは勇気ありすぎだろ…てか、誰だアンタ」


「俺はコルベリア・ジョンソンだ!忘れたとは言わせないぞ!離せこのビッチでででで」


知らないな…忘れたどころか、まず知らない。

今度は俺も助ける気にならず、レイアに痛めつけられる男を見ていた。


「ヘイヘイそこまでだ!なーにをしてるんだお前らは!」


ボブがレイアとコルベリアと名乗った男の間に割り込む。

レイアは不機嫌そうな顔で、コルベリアを解放した。


「お前も、どうしたんだ急に。親の敵でも見つけたってのか!?」


ボブは男の方にも詰め寄る。

コルベリアは、痛むのであろう左腕をさすりながら、こちらを睨んで言う。


「この男は俺の宿敵なんだ!いつも俺を虚仮にして!」


「あら虚仮にしたの?」


「いや全く記憶にない」


「そういう態度が気にくわないんだ!」


「落ち着けヒヨッコ!事情を話せ!」


ボブに一喝されたコルベリアは、少ししゅんとしたように事情を話し始める。


「出会いは機関の訓練施設だった。そこでは、多くの調査団入団希望者が日夜訓練を行っていた」


まず最初から俺の認識と違う。

俺の認識だと、拉致られた可哀想な人間が、監禁され、無理矢理訓練を施された挙げ句、異世界に放り込まれる場所だったと思うが。もしかして外国では希望者を募っていたのだろうか。なんとホワイト。


「母国でも最強のソルジャーと期待されていた俺だ。当然機関でも一番だと思っていた。だが違った。どの種目においても、そこの男が一番だった!」


「流石ですね」


抱きついてくるヒナミを拒みながら、記憶を探る。確かにどのようなことでもがむしゃらに、死ぬ気で取り組んでいたが、まさかそんなに好成績だったとは。というか、成績なんて訊いたこと無かったんだが、もしかして拉致組と志願組ってそんなに待遇違うのか?

だとしたら復讐者たちの殆どは日本人だろう。


「俺は悔しさを感じつつも、ライバルの出現に感謝した…だが、コイツはそんな俺を無視し続けた!どんなに話しかけても、どんなに絡んでも無視だった!」


そこまで言われて、思い出す。そういえば、すごい暴言っぽい英語で絡んできたやつがいたが、確かこの人だったような気もする。

とりあえず、謝罪しておくことにする。


「いや、ごめん。あの頃は異世界に行くことしか考えていなかったし、そもそも何言ってたか分からなかったし…ごめん」


「ううんむ…分かれば良いんだが…」


素直に謝られるとは思っていなかったのだろう。勢いを削がれたように、コルベリアは引き下がった。


「よし、過去のことは水に流す。だが、これからはライバルだ!」


と、思ったらまた勝手に盛り上がった。

やはり、外国の方は情熱的だ。


「あ、はい…よろしく…」


そして、こういう適当に会わせた返事をしてしまう俺は日本人だった。


「話は付いたか?もう行くぞヒヨッコども」


一段落したことを見計らって、ボブが手を叩いて場を仕切る。

コルベリアは、ボブに敬礼し、元の集団の中に戻っていった。


「では、これから新人研修を行う。着いてこいヒヨッコども!」


「はい!」


駆け足で本部の方角へ向かうボブに、新人たちがついていく。

俺はため息をつきながら見送った。


「広場で騒ぎを起こすのが趣味かぁ~?」


後ろから、恨みがましい声が聞こえ、振り向くと疲れた顔の相良先輩がいた。


「あ、先輩。こんにちは」


「こんにちは。じゃねえよ!たまの休みだってのに、広場で騒ぎが起こっているから見に行けとかいう命令を受けて、嫌だなあと思いながら見に来たらお前かよ!俺の休日返せ!」


「い、いやあ…」


休日出勤は可哀想だが、この件に関しては俺も被害者だと思う。


「あ、せっかくなんで訊きたいんですけど、相良先輩って、訓練施設でどんな生活してました?」


「あ?俺は初期組だから訓練施設なんてなかったよ。でも言いたいことは分かってる。機関での待遇の話だろ?」


流石相良先輩。悪人面しているが話は早い。


「安心しな。さっきの坊っちゃんの話を聞いて、殆どの調査団員が首をかしげたはずだ。訓練施設ってそんなに自由な場所だったっけ?ってな」


「あ、ですよね、他者との接触はタブー。訓練の時以外は監禁みたいな感じですよね?」


「と、俺は聞いている。そんなことしてるから復讐者たちみたいなのが出てきて、俺が忙しくなるんだが…ってのは今は関係無いか」


復讐者対策部門の人間としては、その辺はかなり頭が痛いところだろう。そもそも機関が強制的に異世界転移なんてさせなければ、不満は持たない。


「で、そんな場所で楽しく過ごせていたっていうんなら、アイツは軍の人間だ。世界各国から派遣された軍隊では、希望者を募って、機関に人員派遣していたという話もある。きっと、そういう人間だろあれは」


「なるほど…」


そういうことであれば、納得はできる。

となると、彼は軍隊所属で、自信満々だったところで俺に負けて、さらに相手にされなかったから怒っていたと。


「逆恨みじゃん」


「ま、気にしなくていいだろ。調査団もそこそこいるし、もう会うこともないかもしれないぜ。じゃあ、俺帰るから。休みだから!休みだから!」


伸び伸びとしながら,広場を後にする相良先輩の背中を見送る。

少し見学するだけつもりが、大騒ぎになってしまった。

正直疲れたが、今日のメインはこれじゃない。


「待たせてごめん。お出かけの続きと行くか」


話の邪魔をしないように気を遣ってくれていたのであろう二人に声をかける。

するとすぐにまた両脇を固められ、両手に華状態に戻ってしまった。


「普通に歩かない?」


「いやです♡」「駄目よ」


「そっすか…」

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