第39話 団員のつながり
端末の地図を見ることが出来た俺は、なんの問題もなく、病院に来ていた。ここへ来るのは2度目となる。
入ってすぐの受付に用件を伝える。
「ここに運ばれてきた、ピンク髪の女の子はどこですか?」
「失礼ですが、貴方は?」
普通に怪しまれてしまった。そりゃそうだ、元の世界でも患者の情報は個人情報だから安易に教えることはできない。
「彼女の…幼馴染です。一応、調査団の端末も持ってます」
俺は端末を見せながら、受付の看護師に言う。
看護師は、端末を受け取って、奥に消えていった。
少し待つと、端末を持って看護師が戻ってくる。
「確認できましたので、どうぞ。レイアさんはまだ処置中ですので、待合室でお待ち下さい」
「ありがとうございます」
そっか、まだそんなに時間は経ってないし、まだ処置中なのか。
俺は言われたとおりに待合室で待つことにした。
それから10分ちょっと待っただろうか。表札のない部屋から、レイアが松葉杖を付きながら出てくるのが見えた。
包帯が至るところに巻かれ、まるでミイラだ。
「レイア、大丈夫か?」
「はぇっ!?」
病院なので大声を出すのは良くないと思い、小声で声をかけた。
すると、驚いたのか、松葉杖を落としてしまい、杖が床に倒れる大きな音が院内に響いた。
周りの目をひしひしと感じながら、俺は松葉杖を拾ってレイアに握らせた。
「にしても、すごい声で驚いたな。珍しい。ん?レイア?」
「ぁ…なんでもッ…ないわ…」
明らかに何でも無いような声を絞り出して、ヨタヨタとあるき始めるレイアを支えながら、俺は待合室の席まで戻る。
レイアはなんとか座り、一呼吸ついていた。
「なぁレイア、大丈夫か?」
「大丈夫よ。だから心配しないで帰りなさい」
「本当に大丈夫か?」
「ええ、大丈夫。大丈夫だから、帰りなさい」
やたら帰そうとするな。
なにか理由があるに違いない。さっきも少し様子がおかしかったし。
どこかおかしいところがないか、レイアを見つめる。
見つめられたレイアは照れたように、頭の包帯を外す。
包帯に抑えられていた髪の毛がハラリと落ちた。
「あ!!いた!!いました先生!!」
慌ただしい声とともに、レイアが出てきた部屋から、看護師が出てくる。
レイアは、顔を背けて、立ち上がろうとした。
とりあえず俺は、レイアの肩に両手を乗せて、逃げられないようにした。
「駄目ですよ!絶対安静って言ったじゃないですか!背骨折れてるんですから、普通の人間なら歩けないどころか障害が残るんですからね!」
病院であるにも関わらず、大きな声で怒られるレイア。
見れば、レイアは震えながら何かを言っている。
「なにか言ったか?」
「か、……た…かた…」
カタカタ言っている。
「お連れの方ですか。今のレイアさんには触らないほうが良いですよ。全身の骨が折れているもしくはヒビが入っていますから。きっと触られたら激痛です」
あぁ!俺に触られた肩が痛いのか!!
慌てて手を離すと、レイアは汗だくの顔を、俺に見られないように背けた。
「これから全身ギブスで固定しようとしてたんですから、逃げちゃ駄目です。さぁ、戻りますよ」
看護師が車椅子を持ってくる。
あまりに痛かったのか、レイアは大人しく指示に従って座った。
「治る…すぐ治るわ…。だからそんな大げさな処置なんていらないの…」
だが、素直に従った割に、口では文句を言っている。往生際が悪い。
「大人しくしとけって。なにをそんなに嫌がるんだよ。別に病院嫌いでもあるまいに」
俺がそう言うと、ギロリとこちらを睨む。
普段なら怖いが今の彼女はそのへんの虫とかにも負けそうな状態だ。全く怖くない。
だが、何かパクパク言っているようなので、口元に耳を寄せる。
「なになに…?貴方が、あの女に、会いに行くなんて約束をするから?あぁ、ヒナミに?大丈夫だよ、お前が落ち着いてから行くから。ほんとほんと。勝手に行ったりなんかしないから大人しく入院しとけって」
それでも納得行かなそうだったが、今の状態では何もできないと観念したのだろう。黙って看護師に運ばれて元の部屋へ帰っていった。
さて、あれだけ元気なら命に関わることはなさそうだ。
それさえ確認できれば、安心だ。
俺は、案内してくれた受付の看護師に会釈をして、そのまま病院を後にした。
§
その日の夜。
なんとなく、拉致されたことが忘れられず、部屋に戻る気にもなれなかった俺は寮の談話室でボーッとしていた。
何人かの団員が楽しそうに話したり、遊んだりしている。
俺はその輪に加わるわけでもなく、ただ端末を弄っていた。
なるほど掲示板が盛んになる理由も分かる。なぜなら娯楽がこれしかない。
「ハルキに感謝だな…」
パコーンと俺の後頭部に軽い衝撃が走った。
「なーにがハルキに感謝だな、だ。もうちょい司令官さまを敬えい!」
振り向くと、そこには空のペットボトルを持った相良先輩がいた。
「あ、お疲れさまです」
「おうお疲れ。って俺には敬語使うのね…」
「先輩ですから」
「あ、そう…」
それにハルキには初対面のときに、敬語はやめろと言われている。てっきり皆に言っているのだと思っていたが、どうも周りの態度を見るにそうでもないらしい。
やはりレイアと親密だからだろうか。少し特別扱いを感じてしまい、申し訳ない。
「相良先輩、奴らの聴取は終わったんですか?」
確か復讐者たちの尋問をしていたはずだ。
「いや、部下に引き継いで来たぜ。元々俺らに反感を持ってた連中だ。中々口を割らねぇ」
俺の目の前のソファに相良先輩が腰掛ける。ギシリとソファが深く沈み込んだ。
「そう言うお前は、1人寂しく何してんだ?後ろから見てると中々目立ってたぜ。もしかして、友達いねえ?」
「ほっといてください。良いんです、俺にはレイアがいますから」
ニヤリと意地悪な笑みを浮かべる相良先輩に、俺はジトリとした視線を返す。
すると彼は、視線から逃れるように、ソファの背もたれに深く寄りかかり、仰け反った。
そのまま後ろで、ゲームで盛り上がっている団員を見る。
「ま、あそこまで仲良く遊べって言うわけじゃねえが、一応俺たちは同じ団の仲間だ。仲良くしとかないと調査のときに困るぞ…っといえば、お前あれか、単独行動か」
「そうなんですよ。ハルキが配慮してくれてて」
「…そーいう特別扱いが、また孤立させるんだけどなぁ…。分かってんのかね、ウチのリーダー達は…」
ボソリと呟いた相良先輩は、体を起こす。
そのまま、頭をガリガリと搔いて、俺の隣に席を移した。
「なぁ兄弟。これから俺たち、友達ってことで良いよな?」
「はぇ?なんですか急に」
話の流れが読めない。
「おめーが寂しそうだから、俺が友達になるって言ってんだよ」
「いえ別に…寂しくないですし」
「いーんだよ、遠慮すんなって。おし、今日は飲むか!」
言うが早い、相良先輩はピューと消えて行って、そのすぐ後に手に瓶を持って帰ってきた。
「相良さん、酒盛りですか!?」
「うるせぇ、お前らは大人しくポコモンやってろ!」
道中で何度も団員に絡まれながら、俺の隣に戻ってくる。
随分と信頼されているようだ。
「今日はお前とサシ飲みだ。色々話聞かせてもらうぜぇ」
「もう酔ってます?」
相良先輩は俺の問には答えずに、酒を注ぎ始める。
俺は観念して、差し出されたコップを1つ受け取った。
「じゃあ、乾杯!」
「かんぱーい」
お互いコップに口を付ける。
俺は、そういえばこれが初の飲酒だななんてことを思っていた。
「どう?うまくね?」
「そうですね…初めて飲みましたけど、結構おいしいです」
「初めて!?お前いくつよ!」
「22です」
「飲めるようになって4年も経つのに、飲まなかったのか…」
「相良先輩って、見た目の通り不良なんですね。飲酒は20歳からですよ」
「うぇい」
誤魔化すように、酒を煽る相良先輩。
「ま、そーいうお前の話が聞きたいんだ俺は。せっかく知り合ったのもなにかの縁だしよ」
「大丈夫ですよ、復讐者たちにはなりませんから」
「職務上の話じゃねえよ。個人的な話だ。もちろん気が進まないなら強制じゃないがな」
「そうですか…まぁ、別に良いですけど」
俺はこの世界に来た経緯を話す。
まぁ、主にレイアのことにはなるが。
30分ほど喋っただろうか。
相良先輩は相槌を打ちながら真面目に聞いてくれていた。
「あの戮腕様も人間だったんだよなぁ…」
そんな感想が飛び出す。
「そりゃあ人間ですよ。今だって変わりませんって」
そう、身体が強くなったからといって性格や心の強さが変わるわけではない。今回の1件で、それをよく思い知った。
「いや、俺達からすると、街を現地人から守ってくれた英雄だからさ。一時期は調査団の協力もかなりしてくれてたんだぜ」
「そうなんですか?」
逆に、俺の知らない5年間のことを相良先輩は知っている。
俺はその話が聞いてみたくなった。
「おう、司令官さまと協力してな。この街が出来たのは、誇張とか抜きで、間違いなくあの2人のおかげだな」
しみじみと語る相良先輩。
俺はある程度調査団の運営が落ち着いた頃にやってきたから分からないが、もちろんここまでになるまで様々な苦労があったのだろう。
なぜだか、それをレイアが手伝っていたと聞くと、なおさら調査団に愛着が湧いてしまう。
「だからこそ、復讐者たちなんて連中、出したくはないし、ホントは戦いたくもない」
「まぁ、そうですよね」
「元は仲間だった奴らだ。しかも、アイツらの言い分もよく分かる。正直正義がどっちにあるかは分かんねえ」
相良先輩は、グイッと一気に残っていた酒を煽る。
「でも、俺はどうせなら、壊す側ではなくて、広げる側にいたい。だから調査団にいるんだ」
割と熱血漢?
そんな感想を抱いてしまった。
しかも、わざわざ孤立していると思って、俺に進んで関わってくれている。本当に面倒見の良い先輩だ。
「今日はありがとうございました」
話が途切れたのを見計らって、俺は感謝を述べる。
実際、話していたおかげで復讐者たちへの不安は薄れてきたように思える。
「いいんだよ。可愛い後輩のためだからよ」
食堂で会ったときにも同じようなことを言われた気がする。
「頼りになる先輩で、助かります」
俺が言うと、彼はニッコリと笑った。
なるほど、悪そうな見た目なのに、笑うと爽やかなんだな、なんて感想を持ってしまうほどの満面の笑みだった。
「人のつながりを1番大事にしていきてえ。俺はこの世界に来て、本当にそう思った」
相良先輩は空になった酒瓶を片付けながら話を続ける。
「だから、あんま肩肘張らずにもっとここの奴らとも仲良くしてみてくれ。な」
「分かりました、ありがとうございます」
元の世界でもそうだったが、ぶっちゃけてしまうと、俺は礼亜がいればそれで良いと思っていたところがある。
ただ、それは間違いで、この世界に来てから色々な人が俺を助けてくれた。
相良先輩の言う人のつながりも、今なら理解できる気がした。
「じゃあ、俺は寝る。今日は疲れた。後はアイツラに任せるよ」
そう言って相良先輩が見た方向では、俺たちの話を聞いていたのか、妙に目を輝かせた団員たちがいた。さっきまでゲームをしていた団員たちだ。
「君…紳弥くんだっけ…俺らと遊ばない…?」
やたら恐る恐る話しかけられている。
あんな話もされたことだし、折角のお誘いだ。素直に混ぜてもらうことにしよう。
「ぜひおねがいします」
俺がそう言うと、誘ってきた2人の団員は喜んでくれたようだ。
「おぉ、いいね!てか、敬語やめよ?お互いヒラ団員でしょ?」
「いやお前、この方は司令官にタメ口を許され、あの戮椀と対等に肩を並べるお方だぞ。たった2人で平伏の黄原を踏破したとかなんとか…俺らが敬語使わなきゃないべ」
「あっそうだった。紳弥さん…何して遊びます…?」
勝手に崇められている。
もしかして、今まで微妙に避けられていたのも、そんな噂が独り歩きしていたからなのだろうか。
「いや敬語はやめよう…お互いタメ口で話そう」
俺が言うと、2人は立ち上がって俺の肩に手を回す。
「そっか!んじゃよろしくな!俺は鈴木な」
「だべだべ。俺は千田だ」
急に馴れ馴れしいぞこの人達…。
まぁ、悪い人たちではなさそうだ。
「スマシスでいい?スマッシュシスターズ」
「それなら元の世界でやったことあるから、それで遊ぼう」
「よっしゃー!んじゃ、ワンプレイ100円な」
「金とんのかよ!」
元の世界でも友達がいなかった俺だ。こんな風に同年代と騒ぐのは小学生以来だと言える。
これからも仲良くしていけたらいいなと思った。
そうして夜は更けていく。
いつの間にか、俺の中の不安はどこかへ行ってしまっていた。
転生者を狙う天使。
機関や調査団への復讐を目論む復讐者たち。
戦う相手は増えたが、何も不安がる必要はない。
俺には信頼する幼馴染がいるし、新しい仲間も増えた。
きっと、なんとかなると、そう思えた。
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