第34話 変身
食べられたときとは逆の感覚、落ちていくのではなく昇っていく不思議な感覚をしばし味わった後、無事に俺たちは外に出ることができた。
周りを見ると、顔を隠した数人の男たちと、苦しみのたうち回るサイのような動物が見えた。
顔を隠した男たちの中に、仮面の男はいない。仮面の男に連れて行かれた2人も見当たらなかった。
「どうやって出てきた!」
男たちは、俺たちが脱出するとは夢にも思わなかったのだろう。かなり混乱した様子で騒いでいた。
「チャーンス」
俺は1番初めに騒ぎ立てた男に飛びかかり、顔面に膝を入れて気絶させる。
残りの敵は4人。
今の一撃でさらに混乱が広がったことを確認した俺は、イカソードを抜いて、さらに2人の足を斬りつける。
もんどり打った2人の腹を踏みつけて、動かなくなったことを確認した。
あと2人。
流石にここまで来れば敵も戦う覚悟を決める。
あちらも剣を抜いてきたので、俺は改めて剣を構えた。
「ただの一般人になら、負けねえ!」
先手必勝、一気に1人に斬りかかる。
大ぶりの一撃は流石に避けられるが、狙いは俺の後方から襲いかかろうとする男の方だ。振り下ろした剣を一気に引き、剣の柄を鳩尾に差し込んだ。
「あと一人!」
俺が剣を向けると、男は咄嗟にヒナミを掴み、盾にする。
「動くとこの子を切るぞ!」
ヒナミの首元に剣を当て、男は叫んだ。
「卑怯だが…うーん…」
「助けてはくれないんですか?」
「必要なのか?」
「いいえ」
そう言った彼女は、何事もなかったかのように歩き出す。
首元に当てられた剣はそのまま肌に食い込んでいき、破れた皮膚から血が流れた。
「お、おい!」
その光景を見た男は拘束を緩める。だがヒナミはそれを許さなかった。
自ら刃を掴み、固定し、そのまま前進する。
首に食い込んだ刃はどんどん深くなり、骨くらいまで達しているように見えた。
「ひ、ひぃ!」
男は剣を離して尻もちをつく。
ぶっちゃけ俺もドン引きだ。
「人質は、殺さないから価値があるんですよ。殺せないものを人質にはできません」
口の端からゴポリと血を吐きながら笑った彼女は、一気に首に刺さっていた剣を抜き、倒れていた男に突き刺した。
「おい、殺さなくても!」
「私に無遠慮に触るからです」
首元の血を男の服で拭いながら、彼女は言った。首の傷は塞がっていた。
俺はため息をつきながら、気絶していた男たちを縛り始める。
苦しんでいるハウストマックは…とりあえず放置だ。
「全員、胃袋に入れてしまえばいいんじゃないですか?」
「俺の胃袋は借り物だから、素材や調査に必要なもの以外は極力いれないようにしてる」
俺は縛りながらヒナミの質問に答えた。
「へぇ、律儀なんですね」
彼女はそう言って、ハウストマックの頭を撫でていた。
胃痛はもう大丈夫なのだろうか。可哀想に、今度は怯えている。
「あ、じゃあこの子に入れましょうか」
撫でていたハウストマックの口をこじ開けるヒナミ。
「やめておこう、もう可哀想だよソイツ…」
俺はよく見ると涙目に見えなくもないゴツゴツした四足獣を見て、同情した。
すると、ハウストマックが自ら口を開けて、キィキィと鳴き出す。
「ほら、入れていいよって言ってます」
「別に役に立たないからって殺したりはしないが…まぁ、お言葉に甘えるか…。コイツらを樋口さんに突き出す必要はあるしな」
俺は縛った4人と、少し迷って死んでいる1人もハウストマックに食わせた。
そして、ハウストマックの頭を撫でる。
このまま街まで彼に運んでもらおう。
「さて、ここは一体どこなんだろうな」
改めて、周りを見渡す。
木々が生えているのは分かるが、それ以外の特徴がない。
森というほど生えているわけでもないし、高い建物が見えたりもしない。
「ここは街の東側ですね。帰るのであれば、あっちです」
ヒナミがある方向を指さした。
なんだか、嫌に協力的すぎるような気もする。
信じて良いのか怪しくなってきた。
「よし、こっちだな」
あえて逆方向に歩いてみた。
恐る恐る振り返ってみると、ヒナミは普通についてきている。
「おい、俺逆方向に歩いてるんだぞ」
「別に構いませんよ。一緒にいられるなら私はどこへでも行きますので」
「わかった、わかったよ。俺が悪かった」
俺はもと来た道を戻り、ヒナミが最初に示した方向へ歩き出した。
「子供みたいですね」
「子供には言われたくないな」
話からして、高校生だろう。
「それから5年経っているんですよ。もう大人です」
あ、確かに。そもそも飛行機事故のときに高校生ということは…ちょっと待てよ。
「享年何歳?」
「えと…17ですかね…?」
「同い年じゃねえか!このコスプレ女!」
「しょうがないじゃないですか、これしか服無いんですから。それとも今度、一緒に買いに行ってくれますか?」
「それがさっき協力してくれたことへの報酬でいいなら」
「んー、その権利はまだ取っておきたいんですよねー」
こちらとしてはいつまでもお願い権を持っていられると不安なので、早く消費してもらいたい。
結果として、ヒナミのおかげでハウストマックの胃袋から出ることは出来たものの、やはり早まった取引だったかもしれない。
そんな雑談をしながらしばらく2人と1匹で歩いていた。
すると、目の前に虎のような獣が2体ほど寝ているのが見えた。
俺たちは息を潜め、対応を考える。
「回り道して避けるか?」
「私が餌になっている間に進むとかでも良いですよ」
「そういうのは却下だ」
「私、攻撃力は全然ないので、そういうのは期待しないでくださいね」
反発する能力とかならまだしも、吸い寄せる能力だからなおさ戦闘向きではない。
むしろ、相手を離さず、自分は死なないという囮にしては最高の能力を持つ。
だが、出会った当初ならまだしも、ここまで一緒に過ごしていると、流石に情が湧いてくる。
「正面突破でもいいが、もっと数が増えたら確実に食われる」
脳裏にふと、朝に見た前線組のスレッドが思い浮かぶ。確か、森を抜けた平原には虎のような獣が多数生息しており、かなりの被害が出たということだった。
もしその平原のように、群れが大量にいるのであれば、今の俺達は戦闘を避けるべきだろう。
「よし、回り道だ」
「はぁい」
「キィキィ」
俺たちは、虎に見つからないようにゆっくりと進んだ。
結果として、その選択は大正解だった。
見晴らしの良いところを避けて、木々が生えるところをゆっくりと歩いていたが、その林の中にも複数匹獣がいた。
今まではまっすぐ進めていたが、虎たちが防衛戦のように居座っているため、一定のラインから進むことができない。
「困ったな、これじゃあ帰れない」
「ですから、囮作戦でいいですって。私ならどれだけ食べられても死にませんし、お腹が一杯になればここから動くんじゃないですか?」
「それは…駄目だって」
一瞬迷ってしまったが、やはりそれは駄目だ。
「そもそも、合流するときにお前が獣を引き連れてくることになるかもしれない」
「そんなヘマはしませんよ」
なんだか、彼女自身が囮になることを積極的に望んでいるように感じる。これ以上に俺に恩を売ったところで何も出せはしない。
「それに、次の約束の順番は俺だろ。ヒナミが俺と合流することになると、2回連続でヒナミから会いに来てもらうことになってしまう」
なんとか納得させようと、絞り出した理由は、彼女の言う約束だった。しかし、それは失敗だった。
「あらあらあらあら!記憶が戻ったんですか!?」
一気に頬を紅潮させ、俺に詰め寄るヒナミ。
しまった、これではまるで俺が彼女の幼馴染だと認めてしまったようなものだ!
「違う!そういうわけじゃない!」
「違いません!少なくとも、この世界に来たばかりの貴方はそんなことを言うような人ではありませんでした!」
「待ってくれ、違うんだ!俺は上島紳弥で、入院したことなんて人生で一度もない!」
「ええ、生まれ変わってからはそうなのでしょう」
「生まれ変わってもない、年齢が合わないだろう」
「私はこの世界で転生した瞬間からこの姿でしたから」
「くっ…」
そう言われてしまうと反論のしようが…!
と、苦し紛れにヒナミから視線を外したところで、別の存在と目があった。
それは、騒ぐ俺たちに気づかれないように、ゆっくりと忍び寄る獣たちだった。
「や、やばい…騒ぎ過ぎた…!」
「気づいてなかったんですか?だいぶ前から狙われてましたよ、私達」
俺と目があった獣は、見つからないように低くしていた姿勢を辞め、牙を剥きながら全力で走り出す。
「気づいてたなら教えてくれー!!」
飛びかかってくる獣を屈んで避けつつ、俺は叫んだ。
攻撃を外したことを理解した獣は、俺に背を向けたまま尻尾を振り上げる。
そして、振り下ろした瞬間に嫌な予感がした俺は、屈んでいた状態から前に飛び、茂みに頭から突っ込む。
遅れて、スパァン!という空気を裂く音がして、俺が元いた場所には綺麗な切れ込みが入っていた。
「これが本当のサーベルタイガーってか」
「惜しい、その獣はサーベルタイガーではなく、エアサーベルテイルだ」
「ハルキ!」
俺の独り言に、反応があった。
そういえば、端末のプライベートモードは解除していたのだった。
あれ、そしたらハウストマックの胃袋から脱出した時点で通信は回復していたのでは…。
「君が戮腕以外の女の子と仲良く調査に出かけているようだったから黙ってたけど、獣に襲われているとなれば話は別だ」
「ハルキ、助けてくれ!俺たちは攫われて、今どこに…っておい!!」
いつの間にか俺のポーチから端末を奪ったヒナミが、端末を遠くへ放り投げる。
餌だと思ったのか、エアサーベルテイルがそれを咥え、走りさってしまった。
「何してるんだお前!」
「好きな人が自分以外の人とお話していて、不機嫌にならない女の子がいるでしょうか?」
俺は本気で怒っていたが、ヒナミは全く悪びれる様子はない。
「安心してください。貴方はちゃんと、私が助けますから」
彼女は俺に襲いかかってきた獣を吸い寄せながら、そう言った。かなり噛まれたりしているが、気に留める様子もない。
しかし、どんどんエアサーベルテイルがこちらに集まってきているのが平原の向こうに見える。
やはり群れで狩りをする獣らしい。
「囮作戦は無しだと言ったはずだ!」
俺はヒナミに噛み付いている獣にイカソードを突き刺し、絶命させた。
やっと獣から開放された彼女は、自ら群れの方へと歩みを進める。
「大丈夫です、私だって真面目に戦うことだってできるんですから」
そう言って彼女はスカートのジッパーを下ろす。
パサリという軽い音とともにスカートは地面に落ちた。
そしてすぐに、下着も下ろす。
俺は咄嗟に目を逸らすが、一瞬視界に入った真っ白な臀部が頭から離れない。
「約束のこと、守ってくれるって聞いて、嬉しかったです。だから、貴方に私の本当の姿を見せます」
更に衣擦れの音がする。
全裸にでもなっているのだろうか。
「何をしてるんだ!?」
「恥ずかしがり屋さんですね。あと5秒したらこちらを見てもいいですよ」
ボコボコと水のような音が彼女の方からする。
見ないようにしているので何が起こっているかは分からない。
「貴方が死ににくくなったのは、私の肉を食べたからです。知ってますか?人魚の肉を食べた人間は、不老不死になるんです」
5秒経っただろうか、俺は恐る恐るヒナミの方を見る。
すると、そこにいたのは先程までの黒髪女子校生とは程遠い見た目をした生き物だった。
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