第9話 再会
ハルキから貰った地図を頼りに、街を歩いていく。
調査団がある中心から、街の外に向かっていく形だ。
話に聞いていたとおり徐々に人間を見ることは少なくなっていき、建築物も見慣れないものが増えてきた。
こころなしか、周りの人たちからジロジロと見られている気がする。
「いや、気の所為かな。きっと気にしすぎだ」
とは言いつつも、腰に下げた剣を触り、護身の手段を確認していた。
などと警戒しながら歩いて30分ほど歩いた。結果として襲われることはなかったが、緊張感もあってかなり長く感じた。
そしてようやくマッピングされた建物が見えてくる。
「すごいボロボロだけど、人住んでるのか…?」
壁や屋根は穴が開いており、空き家よりも酷い、廃墟のように見える。
礼亜は綺麗好きで、こまめに俺の部屋を掃除していたが、そんな彼女がここに住んでいるとは、にわかに信じがたい。
「ま、こんなところで見てても仕方ない。入ってみよう」
俺は入り口を探すためには家の周りをグルっと回ってみる。なかなか入り口が見つからない。
入る場所を見つけることに苦労していると、俺の他にも誰かが礼亜の家に近づいてくるのが見えた。
「おいおい、かなり物騒だな…」
その一団は、色々な種族で構成されていたが、皆一同にその手には武器が握られていた。
咄嗟に身を隠したおかげで見つかってはいないようだが、ここに本当に礼亜が住んでいるとすれば、黙って見ているわけにはいかない。
俺は腰に下げた武器に手をかけながら、一団の前に飛び出した。
「何者だ!!」
代表格らしい狼男が叫ぶ。
「そちらこそ、そんないかにも襲撃ですみたいな恰好して、何をするつもりだ」
「決まっている、戮腕のレイアに復讐しに来た。ここに来る者は皆そうだ!」
なるほど、ここは礼亜の家で合っていて、彼女が頻繁に襲撃されているのも本当と言うわけか。
「だとしたら、ここを通すわけにはいかない」
俺は剣を抜く。
白く半透明な刀身は陽の光を反射して輝いていた。
「人間1人で俺たちに歯向かうってのか?」
狼男は腕を鳴らしながら馬鹿にしたように笑い、後ろにいる5人ほどの男たちも笑っていた。
「侮るなよ。こう見えても訓練の組み手では良い成績だった!」
俺は姿勢を低くしながら一気に狼男に切りかかった。
リーダーを倒してしまえば、集団の勢いはかなり落ちるはずだ。
男は俺の攻撃に反応できておらず、防御体勢を取っていない。
切り上げられた刃は狼男の腕に当たり…弾かれた。
「嘘だろ!?」
「なんだぁ?なまくらか?」
体勢を崩していた俺を狼男は上から殴りつける。
体重が乗った一撃は、痛覚増加も相まってかなりのダメージを俺に与えた。
「とんだ雑魚じゃねえか、よ!!」
続けざまに放たれた蹴りで俺は数メートルほど地面を転がることになった。
「異種族ってこんなに性能違うのかよ…!」
ダメージから回復できていない俺は地面に倒れながら彼らを睨む。
「準備運動にもならなかったが、景気づけにはなったか?行くぞお前ら」
狼男たちは俺には目もくれず、礼亜の家の壁を破って侵入していった。
「クッソ…!」
俺はなんとか痛みに耐えながら立ち上がり、男たちが入っていった穴から建物の中を覗き込んだ。
「なッ!?」
見えた光景は異常だった。
外からはあんなにボロ屋に見えたというのに、家の中は何もない真っ白な空間が広がっている。
そしてさらに、先ほど入っていった男たちが、皆血まみれで床に倒れ伏していた。
空間も不思議ではあるが、それよりも男たちが中に入ってから5秒も経っていないというのに全滅していることに驚く。
血溜まりは徐々に消えていき、次第に倒れていた現地人たちも地面に溶けるように消えていった。
「あぁ、また来たのね」
声がして見上げる。
死体にばかり気を取られ、上に視線を向けることがなかったため、気づかなかったが、そこには人が浮いていた。
阿修羅のような6本の腕、腰まで伸びた束ねられた桃色の髪、そして………見覚えのある顔。
「礼亜!!礼亜!!!」
俺は体に負ったダメージも忘れて、礼亜に駆け寄った。
「やっと会えた!!少し見た目は変わっているが…礼亜だよな!?」
高いところに浮いているため、触れることは適わないが、精一杯手を伸ばして俺は語りかけた。
すると彼女は徐々に高度を下げ、俺の目の前までやってきた。
彼女は喜んでくれるだろうか。それとも追いかけてきたことを怒るだろうか。
どちらにしても、5年ぶりに会えた最愛の幼馴染だった。
そんな礼亜が口を開く。
どんな言葉でも受け入れるはずだった。
しかしその綺麗な唇から紡がれた言葉は俺が予想したどんな言葉とも違うものだった。
「また貴方…」
「え?」
「貴方の姿をした敵も今まで何人かいたわ」
淡々と語る礼亜からは感情が読み取れない。
元々クールではあったはずだが、少なくとも俺には彼女の感情を察することは容易だった。
しかし今は、それが全く分からない。いや、分からないというより、感情がないように見える。
「彼らは皆、私の知り合いだと言い、そして最後には襲ってきた。だから殺した」
彼女は淡々と続ける。
どういうことだろうか。
俺に擬態して襲いかかってきた敵がいたのだろうか。それとも、彼女には敵が俺に見えているだけなのか。
どちらにせよ、彼女の感情が読めない今、真偽は分からない。
「礼亜、俺は紳弥だよ。お前の幼馴染で、お前に会いに来た。俺が分かるか?」
「紳弥は私の幼馴染…大切な人…」
「そうだ。俺もお前が一番大事なんだ」
俺はしっかりと礼亜の目を見て、語りかける。
彼女は、黙ったまま何かを考えるように沈黙し、再び上昇していった。
「私は誰かを待っていた。きっとそれは貴方なのかもしれない。そうであれば、私はそれを確かめなければならない」
彼女の身体が徐々に発光していく。
「私の能力は全能。私に出来ないことはない。だから私に、貴方を見せてもらう」
光は強くなっていき、元々白い部屋は更に白く塗りつぶされて何も見えなくなっていく。
「貴方はここに来た100人目の紳弥。私が確かめる最後の1人となるでしょう」
礼亜の言葉を聞きながら、俺は黙って光に包まれていく。
「紳弥…あぁ、紳弥。その名前が私を心を唯一温かくする…」
部屋が完全に真っ白になったとき、俺の意識は途切れた。
「私が私でいることができる最後の希望。願わくば…」
最後にそんな言葉が聞こえてきた気がした。
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