第8話 初めての装備
今度は独りで街を歩く。
所持金は2万円で、装備を買いに行く。
とはいえ、この2万円って、現代の2万円くらいの価値なんだろうか。昼飯1食1万円!とかもありえなくはない。
というか、もし通貨の価値が現代と一緒だったら、2万円で武器が買えるかも怪しい気がする。
俺はもらった地図をあてにしながら、街を見て歩くことにした。
先程本部で、礼亜の存在を聞いたときには焦ってしまったが、冷静に考えれば別にそこまで急ぐ必要はない。
少なくとも礼亜は5年もこの世界で暮らしているし、戮腕などという二つ名で恐れられている。復讐として頻繁に襲われているのは心配だが、今すぐ駆けつけようが状況はあまり変わらないだろう。
ということで、一旦落ち着いた俺は、改めて街中を見渡す。
人通りは、やや多く、相変わらず色々な姿をした現地人がいる。
言葉は翻訳されるらしいが、文字は残念ながらそうではないらしい。看板に描かれている絵を頼りに、俺は色々な店を覗き込んだ。
「さっきのラーメン屋…ラーメン屋1杯千円…まぁこんなもんか…」
「謎の果物500円…お、バナナ300円」
「服…随分露出多いな…服はピンキリか…」
「素材屋!なになに、火蜥蜴の革3000円、怒り鳥…ってなんですか?なるほど、ダチョウみたいな感じか。の、クチバシ5000円…高いのか安いのか分からん」
「本屋はいいや、読めないし…って、え!?日本の漫画とかも置いてるのか!って、1冊1万超え…高い」
と、色々な店を見てみたが、結局値段の相場は分からなかった。あんまり現代と変わらないような気もするが、異世界人の好みとかの関係で需要も変わってたりするのであれば、値段も変わるだろう。
「そろそろ武器屋に行ってみるか…」
街の区画はある程度似たような種類の店で固まっているらしく、今俺がいた日用品や雑貨のエリアから少し歩いて、工業的なゾーンに向かう。
武器屋、防具屋、鍛冶屋…などなど、ホントに似たような店が並ぶ通りを俺は歩いていく。
「参ったな、ここまで色々な武器屋があるとどこで買えばいいかわからないぞ」
どの店も職人気質らしく、呼び込みなんかをしている店はない。
店内を覗いて話を聞いてみても、我らの種族に伝わりし伝統の製法による…みたいな話を全員にされる。まぁ自分の里から出稼ぎに来ているのであれば、そりゃ当然自分の故郷の特産品を推すに決まっている。
だが俺には、デビクス族のヴァスードは最高だぜなんて言われてもさっぱり分からない。
しかし、よくよく周りの店を見てみると、なんだかんだお客は入っているように見える。しかも人間もかなりいる。
「うーーむ…」
しばらく唸りながら歩いていると、食事処の絵が描かれた店が見えた。
「ここで武器屋ゾーンは終わりか……ん?そうでもないか?」
店のカテゴリごとに並んでいるはずなので、俺はそう思ったのだが、武器屋、武器屋、食事処ときて、また武器屋だった。
この食事処はポツンとこの場違いなエリアにあると言える。
「あ、なるほど、鍛冶屋兼食堂なのか」
よくよくその建物を見てみると、食堂と鍛冶屋が隣接しているのではなく、同じ建物だった。
流石に少し気になったので、中を覗いてみる。
入り口は1つで、入ったところで分岐していた。
男湯、女湯、みたいな分かれ方といえば分かりやすいだろうか。
「さて、ここはどんなものを置いている店なんだろうか」
ハンマーのマークが描かれた方に進むと、武器や防具が沢山飾られた部屋に出た。
陳列されている品物は、見覚えがあるような武器が多く、他の店よりはかなり用途がイメージしやすい武器ばかりだ。
「いらっしゃい!ウチは最新鋭の装備を揃えてるよ〜!」
客が来たことに気づいたのだろう。カウンターの奥からそんな声が聞こえて、店員らしき女性が出てきた。
赤毛に黒い肌、頭には角が生えていて、後頭部には…なんだあれ、顔が付いてるのか?
しかも後頭部の顔は、ムンクの叫びのような、なかなかおどろおどろしい見た目をしており、落ち窪んだ目の奥には脳みそが見えるはずだが、そうではなく紅く鈍く発光している。
あまりジロジロ見るのも良くないだろうと思い、俺は意識を店員の話に戻す。
「他店のように先祖代々の手法による代物ではないけど、異世界の武器とかもあるよ〜!お兄さん人間でしょ?馴染み深いものが多いんじゃない?」
「確かに、見覚えがあるものが多くて助かるなぁ。人間にはかなりありがたいお店だ」
まぁ、外国における日本食屋のような微妙なズレはあるが、他と比べれば全然良い。
「これなら調査団の人間もちょくちょく来るんじゃないか?」
「そうでもないわね、人間には私達の種族の見た目は衝撃的みたいで、人間のお客さんは結構少ないの。別の種族が、お土産みたいな感じで買ってくことが多いかな」
「なるほど」
つまり店員の見た目で嫌厭されているのか。
特徴的な部分はあるにせよ、顔の造形的にはかなり可愛いように見える。
後頭部は確かにホラー気味だが、異世界ならこんなもんだろうという感じで気になるほどでもない。
ともかく、個人的には商品が良ければそれでいいという思いもある。
「おすすめの武器はあるか?」
日本では武器を使う機会はなく、訓練では主に銃の訓練とたまにナイフくらいだったので、本格的な武器は扱うことはなかった。
「そうね、これとかは?オカッピキのゴヨーダという異世界の武器よ」
「いやそんな犯人捕縛に特化したようなものではなく、もっと普通の物がいいな」
「そうなの…これそういう用途なのね…」
十手を見ながら呟く彼女を尻目に、俺は店内をさらに見る。
「うーん…やっぱり無難に剣とかのほうがいいのかもな」
剣にも色々な種類があるが、やはりブロードソードが一般的なんじゃないだろうか。
「武器初心者なら、槍っていう選択肢もあるよ。筋力は必要だけど、リーチがあるから獣狩りなんかのときには怪我しにくいかも」
「確かにそうだなぁ」
とは言っても、正直まだこの世界に来てから獣っていうものを一度も見ていないので、いまいちイメージが湧かない。
とりあえず、普通の剣にして、それから物足りなかったりしたら変えていく方向で良いのではないだろうか。
「よし、でもやっぱり剣にする。オススメのものはあるか?」
俺が言うと、店員の彼女は俺を連れて剣が陳列されている棚まで行く。
そしてそのうちの一つ一つを指さしながら特徴を説明してくれた。
その中でも、俺が心を惹かれたのは、刀身が少し透けているような、綺麗な白い剣だった。
「この剣は?」
「この剣は、ケンサキイカの甲骨を使った剣よ。刀身が比較的柔らかいから折れにくいし、軽いから初心者にはオススメかも。それほど危険じゃない獣から作られるから値段も安いし」
ケンサキイカって…きっと俺の知ってるイカではないんだろうな。
そして、値段を見ると、ちょうど2万円となっている。
買うとなると全財産使い果たしてしまうが、ピッタリというのも運命を感じてしまう。
「よし、これにするよ、店員さん」
「まいどありー」
俺はそのケンサキイカの剣を指して、声をかけると、店員は陳列棚から取り出してレジに向かった。
「そういえばお兄さん、調査団の人間じゃないの?」
「調査団の新入りだよ。なんでそう思った?」
「いや、普通調査団の人って、武器支給されるはずだから、ウチに来る人間は調査団じゃないか、支給品で満足できない人だったからさ」
「俺は…支給されなかったな…」
「あはは、きっと特別なのよ」
「特別ねぇ」
調査団にとって俺は、多少死ににくくて、転生者と面識があるくらいの認識なんじゃなかろうか。
「少なくとも、ウチの店にとっては特別なお客さんだよ。アタシと普通に接してくれる人間なんて滅多にいないから」
彼女はそう言って、首を横に向ける。
すると例の顔が目の前に現れた。
確かにグロテスクだとは思うが、個人的にはうっすら光っててキレイだとも思う。
「ね、お名前教えてもらってもいい?」
俺が特に反応しないのを確認すると、彼女は笑顔でそう言った。
「上島紳弥だ。そちらは?」
「アタシはブーギーって名乗ってる。よろしくね、紳弥」
「お、おう」
いきなり距離感が近くて、少しびっくりしたが、どうもこちらの世界の住人は敬語も滅多に使わないし、名字もないことが多いから名前呼びも普通だと感じた。
「はい、これお品物!これからもご贔屓にね」
話に夢中で気づかなかったが、彼女は俺が選んだイカの剣を手早く包装してくれたらしい。
布で巻かれて、持ち運ぶときに怪我しないようにしてくれている。
「あー、申し訳ないんだけど、包装はいらないんだ。今すぐ使うかもしれなくて」
「そなの?」
「よくわからないけど、丸腰じゃ危ないって言われた」
「どこいくの?」
「幼馴染に会いに、街の外れの方に行くんだ」
俺が言うと、ブーギーは、得心がいったように手を叩く。
「なるほど、外れに行くんだったら確かに使うことになるかもね」
そう言いながら、今度は手早く包装を剥がしていく。
「外れの方は、あとから街に住むようになった人達の居住区だから人間少ないからねー。ただでさえ人間は力とか弱いし、丸腰じゃ危ないよね」
「なるほど、そういうことで武器が必要って言われたのか」
「そーそー。もともと調査団の拠点しかなかったところに、その噂を聞きつけたアタシらみたいな職人とか、あとは旅人とか、変わり者たちが移住してきて出来た街だからね。外側に行けば行くほど人間の管理からは外れていくのよ」
「なんだか、人間を恨んでる人たちも多いんだって?」
「そうね、調査団が初めてやって来たときに、ウチらは侵略者だと思って襲いかかっちゃったからね。戦争みたいな感じ?今では和解したはずだけど…」
「そう簡単には憎しみは消えないか」
「そゆことだね。はい、これでいい?鞘はおまけ!」
カウンターの上に剣が置かれ、俺は今度こそ商品を受け取る。
「ありがとう、助かったよ」
俺は調査団からもらった2万円を袋ごとブーギーに渡した。
「まいどあり」
ブーギーは念の為、その袋の中身を出して硬貨の数を数えている。
「ところでさ、幼馴染って、街の外れに住んでるの?危なくない?」
数えながら俺に雑談を振ってくる。
「あー、転生者なんだ、その子」
「え、もしかしてその子に会いにこの世界に来たとか!?」
「そうだな」
「きゃー!ロマンチック!はい、2万円ちょうどいただきました、と」
「んじゃ、俺はそろそろ行くよ」
「はーい、ぜひまた来てね」
俺は手を振る彼女に軽く頷きながら、店を後にする。
帰るのにも、例の分かれ道を通るわけだが、今度来たときは食堂にも寄ってみようと思った。
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