第21話 結構長い終わりへのカウントダウン
翌日の放課後。
「――琥珀君? どうしたんですか?」
不思議そうにモナカが尋ねた。
今まで楽しそうにお喋りしていた琥珀が、下駄箱を開けた途端に黙り込んだからである。
「……えっと、その……」
困った顔の琥珀を見て、モナカが下駄箱を覗き込む。
外履きの上には可愛らしい、いかにもな便箋がのっていた。
「あーららー。天吹君にラブレターとは、命知らずな奴もいたもんすね」
「グラップラー! 屈んでくれ! ボクも見たい!」
そばには真姫とアリエッティもいた。
例によって勝手についてきたのである。
ちなみに、柱の影からは法子が「なに? ここからじゃよく見えませんわ!?」とオペラグラスを手に覗いている。
「…………」
それについて色々思う所がないではないが、ともかくモナカはムスッとして、ラブレターに手を伸ばした。
「だ、だめだよ!」
サッと琥珀が手を伸ばし、ラブレターを胸に抱えた。
「……どうしてですか? 琥珀君には私という彼女がいます。ラブレターなんて不要じゃないですか」
モナカがジト目になる。
真姫達は「修羅場だ!」と盛り上がり、二人そろって拳骨を貰った。
見慣れてしまったので、琥珀は気にしなかった。
「そ、そうだけど。でも、僕宛ての手紙だし。彼女でも、勝手に見たらよくないよ」
「……そうですけど」
琥珀の言葉にモナカはキュッと唇を噛んだ。
クールな目元にじわっと涙が滲む。
「あ、姐御!? 泣いてるんすか!? ――おごっ!?」
「ふっ。魔王の目にも涙だな――ギャン!?」
流れるように腹パンからの拳骨だ。
「泣いてません。こんな事で、この私が泣くわけないじゃないですか!」
モナカの声は震えていた。
そして、泣いてしまった自分に戸惑うように乱暴に目元を拭う。
そんな仕草に琥珀は興奮した。
琥珀は色んな意味で女の子の涙に弱かった。
特に強い女の涙に弱い。
特殊性癖である。
「泣かないでモナカちゃん。責めてるわけじゃないんだ。モナカちゃんは大事な彼女だから、僕の事ならなんだって教えてあげるよ。でも、これはそうじゃないから、勝手に見せたらその人に悪いでしょ?」
琥珀はさり気なくモナカの手を握った。
初日にあれだけぐいぐい迫って来たくせに、モナカは手さえ握ってこない。
名前を呼び合い、見つめ合うだけでうっとり幸せという様子だ。
それは琥珀も同じだが、そうは言っても高校二年生の男子である。
スキンシップがしたいのだ。
お尻だけでなく、モナカは手もモチモチスベスベだ。
頬擦りしたいくらいである。
真面目な顔で、握った手を揉み揉みしている。
はぁ、たまらん。
一方モナカは「えっ、ちょ、手っ」みたいに目を泳がせつつ、琥珀に手をフニフニされて、ぞぞぞっと気持ちよさそうに背筋を震わせている。
「そ、そうですけど……」
頬を赤らめたモナカが視線を伏せる。
手なんか握られても誤魔化されませんからね!
と、精一杯拗ねた感じが可愛らしい。
「心配しないで。僕はちゃんと断るから。当たり前でしょ? 僕にはこんなに可愛い彼女がいるんだから。でも、ラブレターをくれた人も傷つけたくないから、無視しないでちゃんと会って断りたいんだ……ぷふっ」
モナカの後ろで真姫とアリエッティが変顔をするものだから、琥珀はうっかり吹き出してしまった。
モナカは頭突きと裏拳でお邪魔虫を黙らせた。
良い雰囲気が台無しである。
「わかりました。琥珀君の漢気に免じてラブレターは見逃します。その代わり、私も現場に同行させて下さい」
「それは……」
どうなのだろうと琥珀は思った。
一応告白なのだし、一人で行くのが筋じゃないだろうか。
「琥珀君の考えは分かります。イケメンのくせにあり得ないくらい優しい人なので。でも、考えてみてください。そもそも琥珀君にはもう彼女がいて、その事を知らない人はいないはずです。それなのにラブレターを送るなんて、ルール違反じゃないですか」
「た、確かに」
その通りだと琥珀も思った。
イケメンの呪いのせいで、こういう時は自分が悪いという方向に考えがちな琥珀である。別の見方を示して罪悪感を軽くしてくれるモナカは頼もしい。そんな所も好きな理由だ。僕達、結構お似合いなのかなと、我ながら思ってしまう。
「てか、普通に刺されるかもしれないし、姐御と一緒に行った方がいいっすよ」
「そうとも! 暴走した女子の集団が待ち構えていて、天吹君を拉致ってレ〇プするかもしれない! この状況では、十分あり得る話だ!」
「……ヒェッ」
その通りだと思ってしまい、琥珀は情けない声が出た。
これまで数え切れない程の女の子達を振ってきた琥珀である。中には恨んでいる女子もいるだろう。それでも、独りでいるうちはまだいい。誰とも付き合わない事で、琥珀なりに誠意を示したつもりだ。
それが、急に現れた転校生とあっさり付き合ってしまったのだ。中には裏切られたと感じる女子もいるだろう。私のものにならないならいっそこの手で……そうなっても文句は言えない。いや言うよ。流石にそれはおかしいでしょ!? でもあり得る話だ。
「琥珀君は死にません。私が守りますから」
怯える琥珀を乱暴に抱き寄せて、きっぱりとモナカが宣言した。
琥珀はうっとり夢心地だ。
完全にこれにハマってしまった。
人の目がなければ、そのまますりすりしたいくらいである。
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて……」
お姫様になった気分で琥珀は言った。一方で、ちょっと情けない気持ちもあった。大事にされるのは好きだけど、彼女の前で格好つけたい気持ちもある。
やっぱり真姫に頼んで護身術を教えてもらうべきだろうか。いや、そもそもモナカに教えて貰えばいいのでは? だってモナカの方が強いし! それなら合法的に彼女とスキンシップが出来る! モナカだってその方がいいだろう! うむ、後で相談してみよう!
なんて事を考えながら、琥珀はラブレターを開いた。
『放課後、伝説の木の下で待っています。
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