第17話 地獄と極楽とメイドインヘブン

「さて、なんでもと言われると逆に悩みますね。やりたい事は山ほどありますけど、あっさり叶えてしまってはもったいないですし」

「女装だ! 女装に一票! ボクは天吹君の女装が見たい!」

「黙れ二号。あなたには聞いていません。……でも、悪くない考えですね」


 想像したのだろう。

 こちらを向いたモナカがニヒっと笑った。


「ひっ」


 琥珀は涙目になってたじろいだ。


「……冗談ですよ。そんな趣味、私にはありませんので」


 ハッとして弁解するモナカに、琥珀はううんと首を横に振る。


「モナカちゃんのお願いなら僕はやるよ。なんでもやるって言ったのは僕なんだから!」


 中性的な顔立ちをしているが、琥珀は立派な男の子である。だから当然、女装にも抵抗がある。だからこそ、琥珀はやる意味があると思った。モナカに無理を言ったのだから、それくらいしないとフェアじゃない。


「琥珀君……。で、では、検討しておきます」


 モナカはトゥンクと胸を押さえると、頬を赤らめて言った。

 そういうわけで放課後、三人で帰り道を歩いている。


 真姫は部活である。真面目な同好会ではないのでサボってもいいのだが、モナカに気を使ったらしい。今後も琥珀のそばにいる為に、接触は程々にしておこうという事のようだ。


「素晴らしい! その時は是非ボクも呼んでくれたまえ! 衣装案を考えるのにも協力しよう。下着は当然女物だ。ブラを付けるかは好みの別れる所だが。なんならボクの私服を提供してもいい! 勿論後で返してもらうよ。ブルマ、水着、メイド服、女児服に制服、まったく、夢のある話じゃないか! ――ギャン!? なぜ殴る!」

「下僕の癖に私を差し置いて琥珀君でエロい妄想をするからです」

「いいじゃないか妄想くらい! それにモナカ君だって、ボクの考えには共感できる所があるはずだ!」

「そ、それは否定できませんが……。って、違うんです琥珀君! 私は別に、自前の下着を履かせたいなんて思ってませんから!」

「も、モナカちゃんのお願いなら、僕はナンデモヤルヨ……」


 琥珀の声が上擦った。琥珀は男だ。女装は嫌だが、可愛い彼女の使用済みとなれば話は違う。新しい扉を開く事もやぶさかではない。そんな事は、変態みたいだから言えないが。


「ふっ。モナカ君の下着では琥珀君には大きかろう――ギャン!? ――ギャン!? ――ギャン!? ちょ、まってくれ、流石に三連は壊れる!? バカになってしまう!」

「もうバカでしょう? こう見えて、私はちょっとだけ人よりお尻が大きい事を気にしているんです」

「ちょっとだけかね? ――ギャン!?」

「ぼ、僕はモナカちゃんのお尻、好きだけど……」


 アリエッティの胸倉を掴んで鉄拳制裁を加えていたモナカがピタリと止まる。

 こちらを振り向き、赤くなって目を潤ませている。


「……バカ」

「えぇ!?」

「濡れたかね? 濡れたんだろう? 濡れ濡れだ! あぁ羨ましい! ――ギャン!」

「黙りなさい!」


 大騒ぎだが、これまで一人寂しく帰っていた琥珀には夢のような時間だった。

 そこに急に、黒塗りのベンツを引き連れたリムジンがやってきて、三人の周りを囲んだ。


「な、なに……?」

「新手のバカでしょう。今日一日、変な女が話しかける機会を伺っていましたから」

「淑女協定により詳細は伏せるが、彼女は目立ちたがりの癖に恥ずかしがり屋という難儀な性格の持ち主なのだよ」


 アリエッティが補足する。

 真姫の言っていた仲間の一人がやってきたのだろう。


 リムジンの扉が開くと、丸太みたいな赤絨毯が転がり出して、琥珀の前まで道を作った。

 先に出てきたのはおっとりした顔つきの若いメイドさんだ。

 黒髪褐色でエキゾチックな美人である。

 大人っぽい雰囲気だが、琥珀の記憶によれば二年二組の冥土院めいどいんヘブンである。


 それで誰が来たのか琥珀にも見当がついた。


「へ、ヘブン……わたくし、やっぱりやめにしますわ……」

「法子お嬢様。ここまで来てなにビビってるんですか。女は度胸、当たって砕けましょう」

「く、砕けてどうするんですの!?」

「ここで引いたら泥棒猫に天吹君と取られてしまいますよ。それでもいいんですか?」

「……よくない!」


 ヘブンの手を借りて降り立ったのは、同じく二年二組の極楽院法子ごくらくいん のりこだった。


 金髪縦ロールの絵に描いたようなお嬢様である。ちなみにこちらは制服だが、改造されてちょっとゴージャスな感じになっている。

 そしてやっぱり法子にも告白された事がある。


『あ、あまままま、あみゃむひひゅん!?」

『ごめんなさい!』


 はたしてあれが告白だったのかは疑問だが。

 その後も暫くつけ回され、物陰から切なそうな目で見つめられた。

 そして何度か告白され、ちゃんと話し合って諦めて貰ったはずである。

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