第6話 あの時助けて頂いた壁尻です

 始業式の日はどこもクラス替えの結果で騒がしい。


 その中でも、琥珀のいる二年一組は特にだ。


 女子は学校一の美少年と同じクラスになれた幸運で黄色い悲鳴をあげ、男子は舌打ちを鳴らして不貞腐れている。


 結果的に、彼らは琥珀という共通の話題を手に入れて、他のクラスよりも一足先に関係性を構築していた。


 ただ一人、話題の中心である琥珀だけが、教室の端っこで一人ぽつんと黄昏ている。


 琥珀に話しかけようとする者は一人もいない。女子はキャーキャー言うので忙しいし、ヘタに声をかけると悪目立ちして目をつけられる。男子はみんな、琥珀を目の敵にしている。


 当の琥珀も、この教室には自分一人しかいないみたいな澄まし顔で窓の外を眺めていた。本当は、誰も話しかけて来ませんように! と祈りながら、緊張と気まずさで吐きそうになっている。


 心は陰キャの琥珀である。

 注目されたり目立ったりは大の苦手だった。


 早くみんなが自分という異物に慣れてくれる事を祈るばかりだ。


 そうこうしている内にジャージ姿の女教師がやってきて、だるそうに朝のホームルームを始めた。


「……あー。まずはお前らに転校生を紹介する」


 転校生? そんな話、聞いてないけど。

 そりゃそうだ。琥珀には友達がいないのだから。

 そういうのを教えてくれる相手もいない。


 どうやらクラスのみんなは既に知っていたらしい。

 騒がしさの理由はそれもあったのだ。

 先生に促され、転校生が入ってきた。


「どもどもー。転校生でーす」


 見覚えのある顔をした転校生が、仏頂面のダブルピースで入ってきた。

 忘れもしない、壁尻の主である。


「嘘でしょ!?」


 思わず叫んでしまい、琥珀は慌てて口を押さえた。

 そんな事をしても後の祭りで、教室中の注目が集まる。


「……なんだ天吹。転校生とどっかで会ったか?」

「……イエ、ゼンゼン、ハジメテミマシタ」


 全力で声色を変えた。仕方のない事とはいえ、クラスメイトの女子の生尻を揉んだり頬擦りしたのだ。バレたら気まずすぎる。そうでなくとも、琥珀は色々悪い噂をたてられているのだ。


 それに、そんな事が周りに知られたら、罪のない転校生が嫌がらせを受ける事になるかもしれない。見た目も地味子ちゃんだし、十分あり得る話だ。


 彼女を不幸にしない為にも、全力で他人の振りをしなければ。


「……天吹。声、どうした?」

「エート、コ、コエガワリカモデス」


 冗談だと思ったのだろう。女子が可愛い~と騒ぎ出し、男子は舌打ちだ。問題の地味子ちゃんは、はて? どこかで会った気がしないでもないような? という感じで目を細めている。


「……なんでもいいが。転校生、自己紹介」

「うぃっしゅ!」


 元気よく返事をして謎の構えを取ると、転校生はカッカカカカカッ! と達人のような勢いで黒板に名前を書いた。別に達人ではなかったようで、何本もチョークを折った。書き上がった文字も全く読めなかった。


 転校生は全く気にせず、バンと黒板を叩いた。


「という訳で、謎の転校生ことこの私は、喪腐野慈美子もぶの じみこどぇす! ヨロシクゥ!」


 あの時は見えなかった巨大な胸を前に突き出し、こめかみの横で二本の指をピッと振る。


 教室は騒然としていた。


 おいおいなんだこいつヤベーだろ、という雰囲気で息苦しい。

 慈美子の自己紹介は完全に滑っていた。


「よし。掴みはばっちりですね」


 満足そうにガッツポーズをとる慈美子を見て、琥珀は、だめだよ!? 全然ばっちりじゃないから! こういうのはもっと普通な感じでいいんだって! と教えてあげたくなった。


「……んあ? お前、そんな名前だったか?」


 先生が訝しそうに出席簿に目を落とす。


「いえ。地獄谷じごくだにモナカですけど」

「……なんで嘘ついた?」

「そりゃ転校生ですから。キャラ付けは大事かなと――あてっ」


 先生が出席簿で叩いた。


「……たく。変な奴が入ってきやがった。そーいうわけだから、お前ら仲良くしろよ。席は……あぁ。ラッキーだな。学校一の美少年の隣だぞ。天吹、面倒見てやれ」


 う、嘘でしょ……。

 言われて隣を見ると空席だ。

 自分の事でいっぱいいっぱいで気づかなかった。


「うひょー! 超イケメン! ラッキッキー」


 ウキウキでモナカが隣に座る。


 だからダメだって!? 女子のみんながすごい顔で見てるから!?


 やっぱり教えてあげたいが、みんなにバレないように事情を説明する方法がない。


 このままじゃ絶対にこの子イジメられちゃうよ!?


「天吹君っていうんですよね? 下の名前なんていうんですか? あ、私の事はモナカでいいですよ? 地獄谷さんじゃ厳つすぎるので」


 勝手に机をくっつけて、ベラベラとモナカが喋る。

 それを見て、いよいよクラスの女子が色めき立つ。

 あっちこっちでバキバキと鉛筆やシャーペンのへし折れる音が鳴った。


 仕方ない。琥珀は心を鬼にして、強硬策をとった。


「……ボ、ボクニ、キヤスクハナシカケナイデモラエル?」


 ここで彼女に冷たくしておけば、クラスの女子のヘイトも少しはマシになるだろう。


 モナカはじっと琥珀を見つめると、ニッコリ笑って拳を掲げた。


「生意気言ってると殴りますよ?」

「ごめんなさい! 天吹琥珀です!」


 凄まじいプレッシャーを感じて、思わず琥珀は謝った。


 あぁ、終わった。

 また他人を不幸にしてしまった……。


 ごめんなさいモナカさん。

 でも、半分くらいは君にも原因があるんだよ……。


 そんな気持ちでげっそりしていると。


「……その声はもしや。この前私のお尻に突っ込んでくれたイケメンさんですか?」


 ヒュゥッ。


 あまりの出来事に、琥珀の喉が掠れた笛のように鳴った。

 周りを見るまでもなく、全員が凄まじい形相でこちらを見ている。


「……イエ、チガイマス」


 そう答える以外にどうしろと?


「……あー、お前ら。後で職員室な」


 先生の声が無情に響いた。

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