第5話 あの日見た壁尻の名前を僕はまだ知らない

 壁尻だ! ものすごく大きな! しかもクマさん!


 琥珀はショックで立ち尽くした。


 そんなのは、エッチな漫画の中だけの事だと思っていた。


 ちなみに、そういうのを教えてくれたのも文ちゃんだ。

 おかげさまで琥珀はどこに出しても恥ずかしい立派なムッツリに育っている。


 天吹琥珀の名誉の為に言っておくが、これは仕方のない事なのだ。


 琥珀だって男の子だ。人並みにそういう事には興味があるし、男の子の日になってしまう事だってある。


 むしろ、色んな女子に言い寄られる分、誘惑は大きい。けれど、現実の女の子と関わったら不幸にしてしまう。二次元の女の子ならそんな心配もない。そういうわけだ。


 ともかく、琥珀は突然目の前に現れた巨大な壁尻に、ゴクリと喉を鳴らした。


 そして、慌てて首を振って視線を背けた。


 勝手に女の人の壁尻をガン見するなんていけない事だ。

 そんなの、痴漢と同じである。


 大体僕は、この人を助けに来たんじゃないか!

 ……でも、凄い光景だなぁ。


 そう思うくらいは仕方がない。

 どれだけ顔が良くても、中身は普通の高校一年生なのである。


「あ、あのぉ、大丈夫ですか?」


 とりあえず琥珀は壁尻に話しかけてみた。


「ほわ!」


 壁尻が驚いて、大きなお尻が左右に揺れる。ちなみに丸見えなのは、スカートの端が生い茂った雑草に引っかかっているからである。


 直した方がいいのかなぁと思う反面、女の人のスカートに触れるのはどうなのかなと思ってしまう。琥珀は今も引っ込み思案な性格なのだ。


「全然大丈夫じゃないです! 助けてください! 膀胱が70パーセントぐらいなんです!」


 恥ずかしいからそんな事は言わないで欲しいのだが、言わないともっと大変な事になるのかもしれない。


 ていうか、70パーセントってどのくらいのヤバさなんだろう。


「あ、やっぱり80パーセントで」

「ど、どうしたらいいですか!?」


 琥珀は慌てた。

 こんなの、誰だって慌てる。


「お尻を押してください!」

「で、でも僕、男ですよ?」

「イケメンですか?」

「えっと、多分……」


 勢いで、つい答えてしまった。


「じゃあ大丈夫です!」

「あの、僕が大丈夫じゃないんですけど……。そっち側に回って引っ張るんじゃだめですか?」

「85パーセントです! これからの事を考えるともう余裕がありません!」

「今すぐ押します!!!」


 なんでこんな事に!? でも、乙女の一大事なら仕方がない。それに、琥珀だって男の子だ。合法的に女の子のお尻を触れるのなら、やぶさかではない。むしろ、喜んでという感じである。男の子なら誰だってそうだ。異論は認めない。そんな奴は嘘つきだ。


「い、行きますよ!」

「どんとこいです!」

「せーの!」


 巨大な桃のようなお尻を両手でがっちり掴んで、琥珀は力いっぱいプッシュした。色々思う事はあるのだが、それについて描写すると一万文字ぐらいいってしまうので割愛する。


 結果から言うと、壁尻はビクともしなかった。パンツが伸びて尻に食い込んだだけである。やばい。これ以上は刺激が強すぎる。


「90パーセント……無念です……」


「諦めないで! 今度は体当たりしてみます! だからその……出ちゃわないように頑張ってください!」

「努力はします! でも約束は出来ません!」


 それは嫌だなぁと思いつつ、琥珀は助走をつけて思いきり壁尻に突っ込んだ。


 もにゅ。


 横っ面に思いきり壁尻が触れる。

 でもダメだ。壁尻は動かない。


 まだだ! 文ちゃんなら、こんな所で諦めない!


「いっけえええええ!」

「おほぉ!?」


 ついに不動の壁尻が穴を抜け、女の子の身体が向こう側に落ちた。


「はぁ……はぁ……はぁ……。やったよ文ちゃん! 僕、やったんだ……」


 なにがどうやったのか分からないが、琥珀の胸には謎の達成感が満ちていた。


「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!」

「うわぁ!?」


 穴の向こうから壁尻の主が顔を出した。


 ジャンルで言えば地味子系とでも言うのだろうか。

 大きなメガネに今時珍しい前髪ぱっつんの三つ編みだ。


 琥珀は面食いではないので、普通に可愛いなと思ってドキドキした。

 たった今猛プッシュした尻の主だと思えば猶更である。


 なんだか歳が近そうだし、高校生なのかもしれない。


 まったく見覚えのない顔なので、琥珀の通う鷹峰高校の生徒ではないと思うのだが。全ての女子の顔を把握しているわけではないので、確かな事は言えない。


「とりあえず、名前だけでも教えてください! 絶対探し出してお礼をしに行きますから!」


 95パーセントなのだろう。

 地味子ちゃんがソワソワしながらそんな事言う。


「い、いえ! 名乗る程の者ではないので!」


 人助けが終わったら用はない。


 お礼なら、立派なお尻を触らせて貰っただけで十分である。


 生身の女の子なんか一生無縁だと思っていた琥珀だ。

 この思い出は、心の宝石箱に大事にしまっておこう。


「あ~! 待ってください! イケメンさん! せめてお顔だけでも! 本当にイケメンか気になるじゃないですか!」

「さようなら! 僕の事は忘れてください!」


 穴の向こうから手を伸ばす地味子ちゃんに別れを告げて、琥珀は一目散に駆けだした。

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