第3話 友情の終わり

 そんな事が次々起こり、買い出しが終わるころには夕方になってしまっていた。


 心労で、琥珀はヘロヘロだ。

 次があったら絶対に断ろうと心に決めた。


「そうだ。最後にアイス食べてかない? 琥珀君、甘い物好きでしょう?」

「い、いいよ。僕、早く帰りたいし……」

「いいからいいから。付き合って貰ったお礼。この先にね、美味しいお店があるんだ」


 そう言うと、苺ちゃんは突然琥珀の手を握り、繁華街の方へ引っ張っていく。


「い、苺ちゃん!? ま、待ってよ! こ、こういうの、良くないよ!?」


 罪悪感で琥珀の心臓は破裂寸前だ。


 初めて繋いだ女の子の手は、びっくりする程小さくて温かい。


 柔らかな掌から、ドキドキの素がじんわりしみ出し、琥珀の身体を熱くさせた。


 苺ちゃんは喋らなかった。


 琥珀の声など聞こえていないように、ちょっと乱暴なくらいに強く手を引っ張っている。


「い、苺ちゃん? どうしたの? なんか、変だよ……」


 琥珀はだんだん怖くなってきた。


 街並みも、賑やかな駅前からギラギラした大人の街へと変わっている。

 こんな所にアイス屋さんがあるとは思えない。


 というかこれは、噂に聞くホテル街という奴ではないか?


「苺ちゃんってば!?」


 恐怖が限界に達して、琥珀は苺ちゃんの手を振り払った。


 振り返った苺ちゃんが、突然身を翻して琥珀の唇を奪う。


「――っ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」


 琥珀はパニックになり、苺の身体を突き飛ばした。


「どうして……なんでこんな事を……」


 他人の体液で濡れた唇が気持ち悪い。


 琥珀は穢された気分だった。


 それ以上に、文ちゃんを裏切ってしまった事実で胸が張り裂けそうだ。


「どうしてって、まだわからない? 私は、琥珀君の事が好きなんだよ?」


 そう告げる苺は、別人のように暗い目をしていた。

 血に飢えた狩人の目だと琥珀は思った。


「好きって……君は、文ちゃんの彼女だろ!?」


 琥珀の言葉を苺は鼻で笑った。


「あんな冴えない根暗のオタクを私が好きになるって? 冗談でしょ。琥珀君と仲良くなる為に彼女のふりをしてただけ。安心して。私の身体には指一本触らせてないから」


 パン!


 その瞬間、琥珀を世界が弾ける音を聞いた。


 気が付くと、苺は頬を押さえてその場に尻餅を着いていた。


 じんじんと、右の掌が熱を持っている。


 遅れて琥珀は、自分がこの悪魔をぶった事に気づいた。


「ふざけるなよ! 文ちゃんは、文ちゃんはなぁ! お前の事を、本当に大好きだったんだぞ! やっと俺にも彼女が出来たって……ものすごく喜んでて、琥珀も早く彼女作って二人でダブルデートしようぜとか言ってくれて……それなのに……こんなのってないじゃないか!」


 おしまいだ。


 もう、なにもかもおしまいだ。


 こんなの、文ちゃんになんて言ったらいいんだよ!?


 とにかく、こんな女とはこれ以上、一秒だって一緒にいたくない。


 琥珀が振り返ると、そこには抜け殻のようになった文ちゃんが立ち尽くしていた。


「……文ちゃん……なんで……」

「……遊びに出かけてた妹から聞いたんだ。お前と苺が、二人でデートしてるって。そんなわけないって思ったのに……結局来ちまった……」

「違う、違うんだよ文ちゃん! 僕はこいつに嵌められただけで――」

「分かってる……全部見てた。でも、もう無理だよ。俺達は……おしまいだ」


 虚ろな表情で言うと、文ちゃんの目が悪魔に向いた。

 そしてギュッと拳を握ると、深々と溜息をつく。


「死ねよ。死んじまえ。お前なんか、殴る価値もねぇ!」


 クソ女が引き攣るような悲鳴をあげて逃げていく。


「……文ちゃん」

「やめろ。二度と俺に話しかけるな。俺達は……もう他人だ」


 血を吐くよう呟くと、文明はふらつきながら立ち去った。


 琥珀は泣かなかった。


 自分には、被害者ぶる権利なんかない。


 †


 翌日には、学校中に琥珀が親友の彼女を寝取ったという噂が広まった。


 琥珀は否定しなかった。


 そんな事をする気力はなかったし、否定できるような相手もいなかった。


 親友を失って、琥珀は完全に孤立していた。


 もしいたとしても、言い逃れをするつもりはなかった。


 どう言い繕った所で、自分の存在が大事な親友を傷つけたのは事実なのだ。


 だからこれは報いだ。

 これくらいでは全然足りないくらいだ。


 そして琥珀は、もう他人とは関わらない事にしようと心に決めた。


 相手が男であれ女であれ、不幸にするだけだから。


 そして琥珀は高校生になり、黒い噂を引きずりながら、相変わらずモテまくった。

 その全てをキッパリ断って、誰とも関わらず孤独な一年を過ごした。


 文明と苺がどうなったのかは分からない。


 二人とは、別の高校に進学した。


 なんにせよ、二度と関わることはないだろう。


 僕は孤独に生きて孤独に死ぬ。


 恋人なんて冗談じゃない。


 この呪いは、僕と一緒に消えるべきだ。

 

 ――そんな風に心に決めても、思い通りにいかないのが人生なのだが。

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