【周りの尊敬する人についての作文を書こう!】

枯れ尾花

【周りの尊敬する人についての作文を書こう!】

 小学校5年にして私こと宮野 月乃みやのつきのは、終業式の日に出された夏休みの宿題に驚いていた。別に勉強は苦手じゃないし、なんなら得意の方だ。今まで、夏休みの宿題はいつも7月中には終わらせてきた。だから、こんなに何を書けば良いか分からない宿題は初めてだった。


【周りの尊敬する人についての作文を書こう!】


 私は、教室宿題を配られてから15分ほど考えたが、思い当たる人が全く居なかった。お父さんもお母さんも優しいし、好きだけど、尊敬してるとはまた違うと思う。


 駄目だ。思いつかない。帰りながら考えることにしよう。

 幸い、考える時間はたくさんある。

 

 歩きながらヒントを得ようとして、とっくに誰もいなくなった廊下に貼られている学級新聞や掲示板を見ながら帰ったが、強いて役に立つ情報といえば、【近くの公園で不審者出没】ぐらいだった。


 学校を出てから私はいつも帰りに立ち寄る公園へと向かった。


 おじさんは、いつも通りベンチに座わり、いつも通りもジャージを着て、そしていつも通り本を読んでいた。


 私は、おじさんの隣に座る。


「おじさん、不審者として学校で有名になってたよ。」


「まじかよ勘弁してくれ。」


おじさんは、本から目を離さず応える。


「お前、児童会長なんだろ。なんとか言っといてくれよ。」


「無理だよ。明日から夏休みだよ。」


「それって、ほんとにここの公園なのか?」


「学校から近くの公園ってここでしょ?」

 

「こんな狭い公園に来るガキなんてお前くらいだよ。多分、その不審者が出たのは反対方向のあの大きい公園だと思うけどな。」


「だといいけど。」


私のお父さんとお母さんは共働きだ。家の鍵は持っているけど、帰ってもどうせ1人だし、外で時間を潰せる場所を探そうと見つけたのが、この公園だった。


なぜか見つけた時からとても気に入っている場所だ。


その時からこのおじさんは、この公園のベンチに座っていた。

最初は警戒して離れた場所に座っていたけど、1年半の月日が経った今では隣に座って会話出来るくらいにはなった。


おじさんには言わなかったが、私はおじさんが世間で言われているニートというものだと思っている。だって、普通の大人は、こんな時間に公園で本は読まない。


だけど、1年前に1か月だけ公園に来なかった時期がある。

その時は、もしかしたら仕事をしていたのかもしれない。


公園では、いつもおじさんと同じように本を読んだりしているが、今日はあの宿題のことで頭がいっぱいで本を読む所の話では無かった。


私はもう一度、宿題を取り出し考え始めることにした。


「今日は、本じゃないんだな。」


珍しくおじさんから声を掛けてきた。


「おじさんってさ尊敬している人とかいる?」


「そりゃあ俺だな。」


「言うと思った。じゃあ、自分の尊敬できるところってどこなの?」


「全部だな。」


「言うと思った。」


駄目だ。このおじさんは、話にならない。


唐突な質問で気になったのか、おじさんが私の手元の紙に視線を移した。


「へぇー、尊敬する人か。じゃあ俺で書けばいいじゃないか。」


「書くわけないじゃん。」


「俺ぐらい書きやすい男なんていないと思うけどな。」


そこから、また各々の時間を過ごした。


「明日からもここに来る予定か?」


おじさんが唐突に聞いてきた。


「うん。おじさんは?」


「明日からメンドイけど仕事なんだよ。1か月くらいは来れねんだ。」


「分かった。じゃあ夏休み明けね。」


「おう。」


その言葉通り、おじさんは本当に公園に来なくなった。


私は、作文以外の夏休みの宿題を1週間で終わらせると、

この公園に来て本を読むのが習慣になっていた。


お父さんに一度遊びに連れていってと頼んだが、とあるボクサーが防衛戦に挑むニュースをまじまじと見ていて、それどころでは無かった。


そして、夏休みが終わる2週間前になってもおじさんは来ないし、

作文が完成することは無かった。


もういっそ、嘘を書くしかないのか。

そう思った時、誰かが公園に入ってくる気配を感じた。


おじさんだ!

「もう、全然来ないから生き倒れたのかと思ったじゃん。」


少しにやけた顔を隠し顔を上げると、


そこには、全く知らない男が立っていて。


「えっへ。お、お嬢ちゃんしか居ないよね?」


一瞬にして近づいてはいけない人だと感じた。


「だ、だめだよ。こんな公園に居たら"襲って"と言ってる事と同じだよ。」


私は、恐怖で声も出なかった。


不審者は、気色悪い笑顔を張り付け、じりじり近づいてくる。


「それじゃあ、いただきま-ー--す。」


だれか、助けて。


「おい、そのガキから離れろよ。」


「えっ」


私も驚いたが、誰も来ないと思っていた不審者が、一番驚いていた。


「だ、誰だ、お、おめぇ?」


「俺か、そうだな。そのガキのダチってところかな。」


「ん?お、おめぇどこかで?」


「気のせいじゃねーか?それより変態さん。サツのとこに一緒に行こうぜ。」


「そんなことするわけねぇだろ。」


すると、不審者はおじさんに殴り掛かった。


危ない。私は、目をつぶった。


そして、大きな音が聞こえ人が倒れる音がした。


おそるおそる目を開けると、不審者が地面に倒れていた。


気絶しているようだった。


「大丈夫か?」


おじさんは、110番に電話した後、聞いてきた。


「…うん。」


「遅くなって、悪かったな。」


おじさんは、少し笑った。


そして、私の頭をなでた。


「どうして、今日ここに来たの?」


私は、尋ねた。


「あ、そうだった。これ渡しに来たんだ。」


おじさんは、とあるチケットを2枚くれた。


”ボクシング世界タイトルマッチ”そう書かれてあった。


「俺、出るから暇だったら見に来てくれよ。」


「おじさん…ボクサーだったんだ。」


「あぁ、まあな。」


「ごめん。私、ニートだと思ってた。」


「ふざけんなよ。」


「だって、いっつも公園にいるから。」


「それは、ジムさぼってるだけだ。」


「なんか、おじさんらしいね。」


「だろ。」


「ねえ、この試合どっちが勝つと思う?」


分かりきった質問を聞いてみる。


おじさんは、得意げに言う。


「そりゃ、俺だろ。」


「言うと思った!」


~~~


目が覚めた。夏休みが明けて、今日からまた学校だ。


リビングに行くと、両親はもう居なかった。


用意されたご飯を食べながらテレビを付けるとおじさんが映っていた。


「防衛戦から一週間。防衛を成功させたチャンピオンに来てもらいました。」


私は、真面目にインタビューを受けるおじさんを見て吹き出してしまった。


「あ、そろそろ行かないと。」


じゃあ、行ってきますおじさん。


テレビを消す前のおじさんは、笑っていた気がした。


「それは次、宮野さんお願いします。」


「はい。」


みんなの前に立つと、私は原稿用紙に書いた作文を読み始めた。


「今日は、私の行きつけの公園にいるおじさんについて話したいと思います。」










































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